未来の夫が破滅するので、ハッピーエンドのために運命を変えます~竜姫は竜王子と魔導皇帝に溺愛される~

臣桜

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竜樹の呪い

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 思っていたよりずっと窮地に立たされていたルドガーに、二人とも掛ける言葉がない。

「二十五歳になった今でも、状況はほとんど変わらない。私は飾りの皇帝と言っても良く、宰相が是非を決めた書類にサインをするのみ。国内外の視察や会談に向かっても、決められた言動、行動をとるのみ」

 押し殺した表情の中に、やるせなさが滲み出ている。

「あいつが死んでも、後継者が意志を継ぐかもしれない。父上の国だったこの地は、今や息子である私の手にない。私は……父上の遺志を殺してしまったのだ」

 暗い目をして語るルドガーは、少年期の無邪気な輝きを失っていた。

「だから……。両親が亡くなった経緯がつまびらかにされていない現状、私はどうしても事の真相を知りたい。使えるつてをすべて使っても誰もが沈黙し、ダルメアなら知っているのではと見当をつけた。奴の言う『約束』のために、私はこの愚かな刻印を身に宿した。……笑いたいのなら笑ってもいい。これが私にできる両親への餞だ」

 視線を落としたまま語りきってから、ルドガーは諦念の眼差しを二人に向ける。

 かつて『同じ』だった三人は、成長すると共に性差や環境で心情が変わった。

 いつまでも仲良しのはずだった親友は、シーラを巡り恋慕を募らせる二人の男となる。
 そして思春期を迎える頃には、それぞれ各国の内情を抱える『責任ある人』になっていた。

 美しい子供時代はとうに過ぎ去り、綺麗事では済まない大人の世界が口を開いて待っている。

 最初に『それ』に呑み込まれたのは、ルドガーだったのだ。

(でも……。どうしてこの呪いが、元の世界ではライオットを殺す引き金になったのかしら。命の危機を感じて、なり振り構わなくなったと言われればそれまでだけれど。ルドガーがそんな愚行を犯す人に思えない。彼は呪いに苛まれても、根本のところは思慮深い彼のままだった)

 シーラが思案している間、ライオットは親友に掛けるべき言葉を探しているようだった。
 だがそれよりも先に、シーラがキッパリとした声で告げた。

「ならば一刻も早く、その刻印を破棄してしまいましょう」

「な……何を言っているんだ?」

 面食らうルドガーに、シーラは強い瞳で言い返す。

「そのままでは、あなたは死んでしまいます。正常な判断すらできなくなるほど意識も侵され、生きながら地獄を見るでしょう」

「……まるで見てきたかのように言うな」

 シーラが自分を心配してくれての事だと分かっていても、ルドガーにだって譲れないものはある。
 だがルドガーの言葉に、シーラは揺るぎない瞳で答えた。

「見てきました。私はあなたがもっと呪いに侵された未来からやって来ました」

「……え?」

 困惑するルドガーを前に、ライオットはシーラに「言ってもいいのか?」と彼女の横顔を盗み見する。
 その二人だけが秘密を有しているという雰囲気に、ルドガーもやや刺激されたようだ。

「その話をちゃんと聞かせてくれ。どうやら私が関わっているようなのに、当事者だけが知らないのは我慢ならない」

 少し沈黙して覚悟を決めたあと、シーラはすべてを打ち明けた。

 自分が見た凄惨な世界。ライオットは殺され、ルドガーは見るも無惨な姿になり果てた。
 ガズァルとセプテアに戦争が起こりかけ――自分はすべてを救うために皇竜に跨がった事。

「竜樹の……呪い」

 まだ半信半疑のようだったが、ルドガーが呟いた言葉からして身に覚えがあるようだ。

「セプテアの騎士団は、竜樹を傷付けたのですか?」

「…………」

 それにルドガーは気まずそうな顔をして答えない。
 だがシーラは沈黙を肯定と見なした。

「お分かりかと思いますが、竜樹は創世の頃より竜たちの生と死を見つめてきた存在です。竜樹自体は個としての生命や思考を持たずとも、創世より数多くの竜があそこから生まれ、死んでいます。それほどの膨大な念と魔力を秘めたものを傷付ければ、ただでは済みません」

「……分かって……いる」

 やや青ざめた表情で、ルドガーは自分の左胸に触れていた。

「もし竜樹を傷付けてしまった後だとしたら、あなたはこれから徐々に呪いに蝕まれてゆきます。そうなる前に刻印を破棄し、竜樹の怒りを静めるのです」

「しかしどうするんだ? 君だってもとの世界で方法が見つからず、皇竜に頼ったんだろう?」

 ライオットの声に、シーラは顎に手をやり考え込む。

「……まずはその呪い師に話を聞いてみるのがいいと思います」

 もうシーラに迷い、逃げ惑う弱さはない。あるのはただ二人を救いたいという強い願いのみ。

 ライオットを失いセプテアに軟禁されていた時間、膨大な数の「たられば」の世界を考えていた。

 その中で自分が掴めなかった未来を、今度こそ掴み取るのだ。
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