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呪い
しおりを挟むそれにしても異様に疲れた……、自分でも神経がすり減っているのを感じる。会場を出てからも、妙に頭の中が騒がしくて、こんな時は強めの酒で、記憶を消し去りたい気分になる。
「どうする? 須藤の車置いてく?」
「あー、そうだな、うちまで行くか」
先に誠人の家へ寄り、車を駐車場へ止めると長谷部の車へ乗り込んだ。
「それにしても、この辺りいいよね」と周辺に空きの土地は無いのかと尋ねて来るのを聞き。
「やめてくれ、俺の店を潰す気か」
「この辺りならケーキショップもいいかなと思ってさ」
「ま、悪くはないな」
確かに、この辺りは美容院やネイルサロンなど、女性を中心としたショップが多いので、長谷部の言うように、ケーキショップなどあれば流行るだろう。
目の付け所は悪くないな、と感心していると、ふと笑みを零して、長谷部は誠人の方へ頭を少し傾けた。
「それに、昔は喧嘩ばかりだったけど、今なら上手く付き合っていけると思わない?」
そんな風に言われて、確かに、今ならお互いの距離を上手く量れるだろうし、妙な勘繰りや下手な駆け引きもしないだろう。きっと、それは恋愛とは呼べないが仕事仲間の延長として、やっていける気がした。
「お前なら、いくらでも良い男捕まえられるだろ、何も中古品に手を出さなくても」
「ンー、中古の方が価値があって高いの知らないの?」
「人をヴィンテージ扱いするなよ」
くつくつと誠人は微笑した。それに釣られることなく、長谷部は真剣な表情と口調で「失わないと価値に気が付かないもんなんだよな……」と呟く。
「俺さ、須……、誠人と別れてすぐ、違う男と付き合って、あー、こいつじゃない、って、すぐに別れて、それの繰り返しだったよ」
昔のように、『誠人』と下の名を呼ぶ長谷部に、別れを切り出したのは長谷部からだったことを思い出して、少しだけ胸がざわつく。
承諾したのはお互いのためだったし、今更、思い出して後悔するような出来事には感じなかったが、二度と同じ思いはしたくないと思う。
「過去は過去だろ、今はその日が楽しければいい」
「……そう思ってたけど、なんかなぁ……、あの子を見て取られたくないって思った」
「いやいや、取る取らないじゃなくて、そもそも海翔の方だって、その日限りを楽しむタイプなんだよ」
「あ、知らないフリするんだ? あんなのどう見たって俺を見て嫉妬してたのにな」
長谷部の言っていることを認めたら、自分の中のブレーキが壊れそうで嫌だった。それをズバズバ言われて、誠人は一気に面白くない気分になる。
軽く舌打ちして「他の男の話するなんて余裕だな?」と長谷部の太腿に手を置いた。びくっと一瞬、筋肉が硬直するのが分かり、そのまま上へと手を這わせ腰骨を撫で上げた。
「ちょ、運転中! 事故る」
「余計な話しするからだろ、ほら、しっかり前見てろ」
「あの子の代わりに抱こうとするから、ちょっと意地悪したくなったんだよ」
「……代わりなんて扱いするわけないだろ」
長谷部の拗ねた様な言葉を聞いて、海翔の代わりなんているわけがない、と思わず本音を零しそうになる。
少し間が空き、その間に誠人はホテルに予約を入れた。今日は休日で、しかも長谷部が相手なら、泊りがけになることを想定して、慣れ親しんだシティホテルへ予約を入れた。
「あそこのホテルなら、あとでカツサンド食べたい」
「あー、あれな」
昔からルームサービスで、よく頼んでいた食べ物の話題に、ほっこりしながら、目的の場所に辿り着くと、長谷部を駐車場に残して誠人が先にフロントへ向かう。
金子の所で働いていた頃は、よくここのホテルロビーで待ち合わせをしていたので、少し懐かしい気分になった。
まだ駆け出しの料理人で、貧相な家に住んでいたから、声も出せず不完全燃焼なセックスになりがちだったことから、結果、ホテルを使うようになった。
取った部屋はダブルベッドの中層階の部屋で、先に部屋に入ると、長谷部に部屋番号のメッセージを送った。ほどなくしてインターホンが鳴る。
「先にシャワー浴びていいぞ」
「……部屋開けるなり、それ?」
「ヤリに来たんだから当然だろ」
「違いない」
長谷部は「じゃ、お先に」と言ってバスルームへ移動した。少々不満な様子だったのを察して誠人は、ルームサービスでシャンパンを頼んだ。
長年の付き合いから分かる僅かな表情の変化を見て、ご機嫌を取る方法を実行した。シャワーを終えて長谷部がバスルームから出て来る。
シャンパンが乗ったワゴンが見えた瞬間、満面の笑みを浮かべてグラスを手に取ると「やった」と子供のように喜ぶ。
「それ飲んで待ってろ」
「うん」
素直な返事を聞き、誠人もシャワーを浴びることにした。慣れないスーツを着たせいか、首当りに汗がこびり付いてる気がして、何度も首を擦る。
シャワーを終えて部屋へ戻れば、浮かない顔した長谷部に「電話鳴ってた」と言われ、着信を確認する。
「あー……、徹か、珍しい……」
「なに、なに、何処かの子猫?」
「違う、そっちじゃない方……」
誠人は確認だけするとポンと携帯をテーブルの上に置いた。
「いいの?」
「どうせ大した用事じゃない、そんなことより、美味いか?」
「美味しいよ、誠人も飲めば?」
「ああ――」
渡されたグラスを取ろうとしたが、誠人の携帯が鳴り画面を確認すると徹だった。
「は……、しつこいな……」
「出てあげたら? って言うか、そんなに頻繁に連絡取る仲?」
「いや、滅多に取らないな」
それなら、急用なんじゃないの? と指摘されて、それもそうだなと誠人も思う。それでも、長谷部の潤んだ瞳を見れば、既に昂り始めているのは明らかで、身体を満たしてからで良いのでは? と欲望を先行させようと、頬に手を伸ばした。
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