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嫌いになりますよ
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皇帝の向かいのソファには、ライオットとシーラが並んで座っている。
ライオットはそのままの姿でいいと言ったらしいのだが、シーラは着替えの提案に頷きセプテアのドレスを着ていた。
同じ幼馴染みでもシーラは王女で、旅着のまま一国の皇帝と相まみえるのも、淑女として宜しくないと判断したのだろう。
「身軽なライ一人ならともかく、絶世の美女を連れてお忍びなんて目立つに決まっている。羨ましい」
本音を隠そうとしないルドガーに、思わず二人も笑顔になった。
シーラからすれば、あの生ける幽鬼のようなルドガーの姿が嘘のようだ。
「…………っ」
ふと目頭が熱くなり、シーラはほっそりとした指で涙を拭う。
「どうかしたか? シーラ」
だがその僅かな動作を、向かいに座っているルドガーは見逃さなかった。
「いいえ、少し目にゴミが入ったようで……」
誤魔化すが、涙ぐんだ目元や薄ら朱の走った顔は隠せていない。
だがルドガーも女性が涙ぐむ原因を、無理に追求しようとする無粋者でもなかった。
「セプテアは今の季節、少し霞がかっているからかな」
穏やかに微笑み紅茶のカップに手を伸ばす彼に、シーラは感謝した。
「海が近いですからね。春霞もセプテアの季節を彩るものだと思います」
「俺、春って眠くなるんだよなぁ」
緊張感なくソファにもたれかかるライオットの言葉に、シーラとルドガーは「らしい」と笑い出す。
「……で? どうして『すぐに目立つお忍び』なんて馬鹿な事をしつつも、うちに来たんだ? 祭りに来たければそう言えば良かっただろう。私とて執務の間に対応できる時間はある。仲間外れにしないでくれ」
最後はいじけたように言い、ルドガーは長い脚を組む。
「あなたに会いに来たのです」
だがシーラからそう告げられ、彼ははたと金色の目を見開いた。
「私に……?」
「ずっと会っていなかったではないですか。体調など崩していないか心配になったのです。公式に訪問をすれば、滞在日を気にさせあなたの執務にも影響を及ぼしてしまうかもしれません。なので、まず民草にあなたや国の調子はどうなのかを訊くために、お忍びという選択をとりました」
シーラは上手に様々な事を混ぜ、ぼかした。
その上でルドガーに問う。
「顔色が少し悪いようですが、最近何かありましたか?」
ジッと薄い蒼色の目に見つめられ、ルドガーは少し考え込む。
何かを言うのを躊躇っている様子の彼に、さらにライオットが畳みかけた。
「頼む! もしかしたら重大な事に繋がるかもしれないんだ」
「…………」
思い詰めた親友の目を見て、ルドガーはもう一度シーラの目を見る。
二人とも、この上なく真剣な眼差しでルドガーを見つめていた。
やがて彼は息をつくと、「参った」というように苦笑いする。
「……そんなに私が心配か? 好きなのか?」
茶化す言い方にライオットは眉を上げたが、シーラは真っ直ぐに切り込んだ。
「好きです。とても大事です。ですから話してください」
上体を前のめりにさせてまで言うシーラは、真剣そのものだ。
だがルドガーとて、大事な二人を自分の身の回りのゴタゴタに巻き込みたくないという気持ちがあるようだ。
「気持ちは嬉しいが、これは私の問題だ」
サラリと受け流され、シーラとライオットは黙り込む。
ルドガーは一見優しげに見えて、とんでもなく頑固だ。
一度話さないと決めれば、その唇から真実が聞ける日はほぼないと思っていい。
「ルド……。だからそういう事を言っている場合ではなくて……」
期限だって一か月もない。期日になれば、時を渡ってきたシーラがどうなるかも分からない。
ライオットが困り切った声を出した時、シーラがハッキリとした声で告げた。
「嫌いになりますよ」
「……え?」
ポカンとしたルドガーに、シーラは最低な事を言っていると自覚しつつも言葉を続ける。
「ルドガーの事を、嫌いになると言っているのです。あなたの気持ちもなかった事にし、私たち三人の思い出からもあなたを抹消します。私は今後、ライオットとだけお付き合いをします。それでも話しませんか?」
――我ながら、悪女のような事を言っている。
内心自嘲しつつ、シーラはルドガーが自分を好いてくれている気持ちに賭けた。
幼い日の思い出で、集まった三か国の王家がそれぞれの国に帰る時、三人は大声で泣くほど互いを好き合っていた。
まだ一人で出歩けない子供時代、たまに合える幼馴染みは特別な存在だった。
ライオットもルドガーも、シーラや互いを大事に思った。
誰かが怪我をすれば自分の事のように悲しみ、病気になれば死にそうなほど心配する。
ライオットはそのままの姿でいいと言ったらしいのだが、シーラは着替えの提案に頷きセプテアのドレスを着ていた。
同じ幼馴染みでもシーラは王女で、旅着のまま一国の皇帝と相まみえるのも、淑女として宜しくないと判断したのだろう。
「身軽なライ一人ならともかく、絶世の美女を連れてお忍びなんて目立つに決まっている。羨ましい」
本音を隠そうとしないルドガーに、思わず二人も笑顔になった。
シーラからすれば、あの生ける幽鬼のようなルドガーの姿が嘘のようだ。
「…………っ」
ふと目頭が熱くなり、シーラはほっそりとした指で涙を拭う。
「どうかしたか? シーラ」
だがその僅かな動作を、向かいに座っているルドガーは見逃さなかった。
「いいえ、少し目にゴミが入ったようで……」
誤魔化すが、涙ぐんだ目元や薄ら朱の走った顔は隠せていない。
だがルドガーも女性が涙ぐむ原因を、無理に追求しようとする無粋者でもなかった。
「セプテアは今の季節、少し霞がかっているからかな」
穏やかに微笑み紅茶のカップに手を伸ばす彼に、シーラは感謝した。
「海が近いですからね。春霞もセプテアの季節を彩るものだと思います」
「俺、春って眠くなるんだよなぁ」
緊張感なくソファにもたれかかるライオットの言葉に、シーラとルドガーは「らしい」と笑い出す。
「……で? どうして『すぐに目立つお忍び』なんて馬鹿な事をしつつも、うちに来たんだ? 祭りに来たければそう言えば良かっただろう。私とて執務の間に対応できる時間はある。仲間外れにしないでくれ」
最後はいじけたように言い、ルドガーは長い脚を組む。
「あなたに会いに来たのです」
だがシーラからそう告げられ、彼ははたと金色の目を見開いた。
「私に……?」
「ずっと会っていなかったではないですか。体調など崩していないか心配になったのです。公式に訪問をすれば、滞在日を気にさせあなたの執務にも影響を及ぼしてしまうかもしれません。なので、まず民草にあなたや国の調子はどうなのかを訊くために、お忍びという選択をとりました」
シーラは上手に様々な事を混ぜ、ぼかした。
その上でルドガーに問う。
「顔色が少し悪いようですが、最近何かありましたか?」
ジッと薄い蒼色の目に見つめられ、ルドガーは少し考え込む。
何かを言うのを躊躇っている様子の彼に、さらにライオットが畳みかけた。
「頼む! もしかしたら重大な事に繋がるかもしれないんだ」
「…………」
思い詰めた親友の目を見て、ルドガーはもう一度シーラの目を見る。
二人とも、この上なく真剣な眼差しでルドガーを見つめていた。
やがて彼は息をつくと、「参った」というように苦笑いする。
「……そんなに私が心配か? 好きなのか?」
茶化す言い方にライオットは眉を上げたが、シーラは真っ直ぐに切り込んだ。
「好きです。とても大事です。ですから話してください」
上体を前のめりにさせてまで言うシーラは、真剣そのものだ。
だがルドガーとて、大事な二人を自分の身の回りのゴタゴタに巻き込みたくないという気持ちがあるようだ。
「気持ちは嬉しいが、これは私の問題だ」
サラリと受け流され、シーラとライオットは黙り込む。
ルドガーは一見優しげに見えて、とんでもなく頑固だ。
一度話さないと決めれば、その唇から真実が聞ける日はほぼないと思っていい。
「ルド……。だからそういう事を言っている場合ではなくて……」
期限だって一か月もない。期日になれば、時を渡ってきたシーラがどうなるかも分からない。
ライオットが困り切った声を出した時、シーラがハッキリとした声で告げた。
「嫌いになりますよ」
「……え?」
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「ルドガーの事を、嫌いになると言っているのです。あなたの気持ちもなかった事にし、私たち三人の思い出からもあなたを抹消します。私は今後、ライオットとだけお付き合いをします。それでも話しませんか?」
――我ながら、悪女のような事を言っている。
内心自嘲しつつ、シーラはルドガーが自分を好いてくれている気持ちに賭けた。
幼い日の思い出で、集まった三か国の王家がそれぞれの国に帰る時、三人は大声で泣くほど互いを好き合っていた。
まだ一人で出歩けない子供時代、たまに合える幼馴染みは特別な存在だった。
ライオットもルドガーも、シーラや互いを大事に思った。
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