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騒ぎ、そして宮殿へ
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「ちょっ……」
往来の前でそんな強硬手段に出ると思っていなかったライオットは、一瞬男の勢いに押された。
その隙に男の指がシーラのフードにかかり、パッと取り払ってしまった。
「……っ」
今まさに新しい揚げ芋を口に入れようとしていたシーラは、小さな口を開いたまま驚いて固まる。
フワリとプラチナブロンドが広がり、夜を照らす明かりに空色の瞳が輝いた。
「ほらー! 見ろよ! 絶対このお姉ちゃん竜姫だって! ずっと前の祭りの時に、白い竜の背に乗っていたの見た事あるんだって!」
男は得意げな表情になり、周囲の者たちに向かって大きな声を上げる。
「……姫様、参りましょう」
シーラの脇に座っていた護衛が素早く彼女のフードを被せ直し、立ち上がるよう促した。
ライオットともう一人の護衛も同様に席を立つが、それよりも男の大声に立ち止まった人の方が多かった。
「竜姫だって?」
「どれ? どの人?」
「ほら、あれじゃないか? やけに顔のいい黒ずくめの男と、いかにも護衛っぽい男二人と一緒にいる……」
周囲に人々が集まりだし、桜まつりの会場警備にいた騎士団もその騒ぎに気づきだした。
「まずいな」
ライオットがシーラを人々の視線から隠す。護衛も同様に立つが、すべての視線を遮ることはできない。
「静かにここを離れましょう。私もゆっくりお芋を食べ過ぎました」
「そうしよう。だが芋はもう引っ張らなくていいから」
シーラはフードを目深に被り直す。その手をライオットが引き、護衛二人がさりげなく左右を固める。
だが人々の好奇の目はやまず、手を伸ばしシーラのマントを引っ張ろうとする者もいる。
「竜姫様っていう事は、一緒にいる黒い人は竜王子様なんでしょう?」
女性の声がし、「竜王子」の一言で若い女性たちが一気に色めいた。
「ライオット様もいるの!?」
「お二人でお忍び!?」
男性のどよめきよりも女性の高い声が耳に届き、騒ぎが大きくなってゆく。
ベンチセットはすっかり取り囲まれ、四人は身動きが取れなくなってしまった。
そこへ「何をしている!」という声とともに、セプテアの騎士たちが騒ぎを鎮静しにやってきた。
「騎士団がきたか……」
ライオットが息をつき、観念したかのようにシーラを見る。
「こうなってしまっては、宮殿に同行願われるのも仕方ありませんね」
揃いの甲冑を着た騎士たちは、人々が口にする名前から隣国の貴人がこの場にいると察したようだ。
人垣の中央にいる四人に気づくと、年嵩の騎士が丁寧な所作で礼をする。
「失礼ですが、ガズァル竜国のライオット殿下でございますか?」
「ああ、そうだ。こちらはカリューシアのシーラ王女だ」
「お邪魔しております」
ライオットの紹介に、シーラはフードを取り優雅にお辞儀をした。
その仕草に周囲がワッと沸き、絶世の美姫と名高いシーラを見ようと人々が押し合う。
騎士団が民を押し返している様子を見て、隊長らしき人物は苦笑いをした。
「桜まつりをお忍びでお楽しみ頂いているところ、申し訳ございません。このままでは混乱が生まれ怪我人も出かねません。桜まつりをご所望でしたら、滞在期間中に改めてこちらより場を整備してご案内できると思います。ひとまず今は宮殿までご同行願えますか?」
五十がらみの騎士隊長に乞われ、二人は迷いなく頷いた。
「すぐに馬車の手配を致しますので、少しお待ちください」
それから間もなく王宮から急ぎ迎賓用の馬車が来て、二人は護送されていった。
**
「馬鹿だな」
絢爛豪華な迎賓室で、開口一番麗しき皇帝はそう言った。
『黄金の間』とも呼ばれる迎賓室には、この巨大な宮殿の主であるルドガーがゆったりと座している。
気の知れた幼馴染みと会うからか、その姿はシャツにベスト、トラウザーズと軽装だ。
だが月を思わせる銀髪に、思わず見入ってしまう金色の目。
整いすぎるほど美しい顔つきと洗練された物腰は、ルドガーの存在そのものを高貴に見せる。
身に纏っている物が平民の物だとしても、彼の堂々たる皇帝の雰囲気を損なう事はないだろう。
「馬鹿はないだろう。ルド」
往来の前でそんな強硬手段に出ると思っていなかったライオットは、一瞬男の勢いに押された。
その隙に男の指がシーラのフードにかかり、パッと取り払ってしまった。
「……っ」
今まさに新しい揚げ芋を口に入れようとしていたシーラは、小さな口を開いたまま驚いて固まる。
フワリとプラチナブロンドが広がり、夜を照らす明かりに空色の瞳が輝いた。
「ほらー! 見ろよ! 絶対このお姉ちゃん竜姫だって! ずっと前の祭りの時に、白い竜の背に乗っていたの見た事あるんだって!」
男は得意げな表情になり、周囲の者たちに向かって大きな声を上げる。
「……姫様、参りましょう」
シーラの脇に座っていた護衛が素早く彼女のフードを被せ直し、立ち上がるよう促した。
ライオットともう一人の護衛も同様に席を立つが、それよりも男の大声に立ち止まった人の方が多かった。
「竜姫だって?」
「どれ? どの人?」
「ほら、あれじゃないか? やけに顔のいい黒ずくめの男と、いかにも護衛っぽい男二人と一緒にいる……」
周囲に人々が集まりだし、桜まつりの会場警備にいた騎士団もその騒ぎに気づきだした。
「まずいな」
ライオットがシーラを人々の視線から隠す。護衛も同様に立つが、すべての視線を遮ることはできない。
「静かにここを離れましょう。私もゆっくりお芋を食べ過ぎました」
「そうしよう。だが芋はもう引っ張らなくていいから」
シーラはフードを目深に被り直す。その手をライオットが引き、護衛二人がさりげなく左右を固める。
だが人々の好奇の目はやまず、手を伸ばしシーラのマントを引っ張ろうとする者もいる。
「竜姫様っていう事は、一緒にいる黒い人は竜王子様なんでしょう?」
女性の声がし、「竜王子」の一言で若い女性たちが一気に色めいた。
「ライオット様もいるの!?」
「お二人でお忍び!?」
男性のどよめきよりも女性の高い声が耳に届き、騒ぎが大きくなってゆく。
ベンチセットはすっかり取り囲まれ、四人は身動きが取れなくなってしまった。
そこへ「何をしている!」という声とともに、セプテアの騎士たちが騒ぎを鎮静しにやってきた。
「騎士団がきたか……」
ライオットが息をつき、観念したかのようにシーラを見る。
「こうなってしまっては、宮殿に同行願われるのも仕方ありませんね」
揃いの甲冑を着た騎士たちは、人々が口にする名前から隣国の貴人がこの場にいると察したようだ。
人垣の中央にいる四人に気づくと、年嵩の騎士が丁寧な所作で礼をする。
「失礼ですが、ガズァル竜国のライオット殿下でございますか?」
「ああ、そうだ。こちらはカリューシアのシーラ王女だ」
「お邪魔しております」
ライオットの紹介に、シーラはフードを取り優雅にお辞儀をした。
その仕草に周囲がワッと沸き、絶世の美姫と名高いシーラを見ようと人々が押し合う。
騎士団が民を押し返している様子を見て、隊長らしき人物は苦笑いをした。
「桜まつりをお忍びでお楽しみ頂いているところ、申し訳ございません。このままでは混乱が生まれ怪我人も出かねません。桜まつりをご所望でしたら、滞在期間中に改めてこちらより場を整備してご案内できると思います。ひとまず今は宮殿までご同行願えますか?」
五十がらみの騎士隊長に乞われ、二人は迷いなく頷いた。
「すぐに馬車の手配を致しますので、少しお待ちください」
それから間もなく王宮から急ぎ迎賓用の馬車が来て、二人は護送されていった。
**
「馬鹿だな」
絢爛豪華な迎賓室で、開口一番麗しき皇帝はそう言った。
『黄金の間』とも呼ばれる迎賓室には、この巨大な宮殿の主であるルドガーがゆったりと座している。
気の知れた幼馴染みと会うからか、その姿はシャツにベスト、トラウザーズと軽装だ。
だが月を思わせる銀髪に、思わず見入ってしまう金色の目。
整いすぎるほど美しい顔つきと洗練された物腰は、ルドガーの存在そのものを高貴に見せる。
身に纏っている物が平民の物だとしても、彼の堂々たる皇帝の雰囲気を損なう事はないだろう。
「馬鹿はないだろう。ルド」
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