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噂話
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男はなおも自説を続ける。
「カリューシアは小さな国で山にあるが、そりゃあ特別な国だろう? 竜と会話ができるっていう王家をはじめ、国民はみんな竜信仰がある。ガズァルはカリューシアの王家と特別な約束をして、竜騎士を有するこれまた特別な国だ。竜って言えば人知を越える偉大な存在で、それに跨がって戦えるとなれば男の憧れだ」
「そういう印象なのか……。セプテアも魔導大国として大陸一の力を持つと聞いているけどな?」
「確かにセプテアは巨大で軍事力もある。だけど魔導は触媒となる素材と、魔導士になるための勉強を積めば誰でも使うことができるんだろう? 力を持つ宝石の入った杖を持つ、量産的な魔導士も大勢いる。そんな安っぽいものに比べたら竜は特別だよ」
男の言葉を聞き、シーラとライオットは視線を合わせる。
護衛たちも何か思うところがあるらしく、黙って杯を傾けていた。
「うちの皇帝陛下は、すんげぇ男前で性格もいいらしいな? 騎士たちや兵士が自慢してたり、あるいは貴族の女にモテすぎるって文句言ってたよ」
五十代前半ほどの男性は軽く笑い、杯に残っていた酒を呷った。
「だが先帝陛下ご夫婦が亡くなられてから、今の皇帝陛下はどこか宰相のいいなりだという話もある。皇帝陛下がどれだけいい人だとしても、野心を持つ宰相には逆らえないんじゃねぇのかな」
おかわりの酒を給仕の娘に頼んだ後、男はライオットの前にあった揚げ芋を一つ摘まんだ。
「ま、やんごとなき王族や貴族の考えるこたぁ、俺たち庶民には分かんねぇがな」
ニカッと笑ったあと、男は揚げ芋を口の中に放り込んで「あちちっ」と口をハフハフさせる。
「……やんごとなき……ねぇ」
テーブルに肘をついたライオットは葡萄酒を一口飲み、色々考えているようだ。
「私にもお芋をください」
巨大な宮殿のシルエットを見て感傷に浸るライオットを無視し、シーラが揚げ芋に手を伸ばしてきた。
既に彼女は串に刺さったソーセージを食べ終わった後だ。
「シーラ、口の端。ケチャップ」
「ん?」
絶世の美女と見えて、シーラは食べる事が大好きだ。
王宮の何品もありながらも量が少ないコース料理より、こうして気の向くままに食べられる市井の食事を好んでいる。
こういう場所では口を開けてかぶりつくものだと理解しているシーラの口端には、赤いケチャップが少しついたままだった。
指で右側の唇を押さえると、「こっち」とライオットが左の唇を指で拭う。
そのまま指先をペロリと舐めてしまった。
「……あまりレディのケチャップを簡単に舐めない方がいいのでは?」
もぐもぐと塩味の効いた芋を食べつつ、シーラはライオットの行動を窘める。その頬はやや赤かった。
「レディは口の端にケチャップをつけないと思うよ」
「それもそうですね。はしゃぎ過ぎました」
真顔で頷くも、シーラはまた新たに揚げ芋に手を伸ばす。
「君は芋が好きだな」
「お芋と言わず、食べ物全般大好きです」
カリューシアは山の斜面で農作物が収穫され、牧畜も盛んだが、海の恵みの恩恵は少ない。
湖で釣れる魚はあるが、淡水魚と海水魚はまた別である。
よって隣国であるガズァルやセプテアから魚の輸入があり、シーラは魚料理も大好きだ。
もちろん肉食や野菜も大好きで、ほとんど好き嫌いというものがない。
そのお陰なのか、肌や髪も美しく艶めいている。
野山を駆けまわるので健康であり、皆から憧れる美貌を保っているという訳だ。
やはりシーラの美貌が隠せなかったのか、酔っ払った別の男性が身を乗り出しシーラを覗き込む。
「ていうかすっごい綺麗な髪じゃねぇ? こんな薄い色の金髪滅多にお目にかかれねぇよ。お姉ちゃん、さっきチラッと顔見たけど竜姫に似てるね?」
「!」
一応お忍びという体でセプテアに来ているので、ここで身分がバレてしまえば身も蓋もない。
「き、気のせいじゃないのか? 竜姫と言えばカリューシアの山城にひっそりと暮らしているはずじゃないか」
慌ててライオットが取り繕うが、ひっそりと暮らしているはずの竜姫は隣で揚げ芋をパクついている。
「いやぁー、俺の美女を見る目に狂いはないはずなんだけどなぁ……。ちょっとお姉ちゃんのフード、取ってみてよ」
自分の言っている事が本当であれば、王族相手に失礼な事を言っている。
しかし酔っ払っているせいからか、それすらも気づいていないようだった。
男が斜め向かいのシーラに手を伸ばし、「こらこら」とライオットが彼の手をいなす。
簡単によけられてムッとしたのか、若い男は立ち上がりグイと腕を伸ばしてきた。
「カリューシアは小さな国で山にあるが、そりゃあ特別な国だろう? 竜と会話ができるっていう王家をはじめ、国民はみんな竜信仰がある。ガズァルはカリューシアの王家と特別な約束をして、竜騎士を有するこれまた特別な国だ。竜って言えば人知を越える偉大な存在で、それに跨がって戦えるとなれば男の憧れだ」
「そういう印象なのか……。セプテアも魔導大国として大陸一の力を持つと聞いているけどな?」
「確かにセプテアは巨大で軍事力もある。だけど魔導は触媒となる素材と、魔導士になるための勉強を積めば誰でも使うことができるんだろう? 力を持つ宝石の入った杖を持つ、量産的な魔導士も大勢いる。そんな安っぽいものに比べたら竜は特別だよ」
男の言葉を聞き、シーラとライオットは視線を合わせる。
護衛たちも何か思うところがあるらしく、黙って杯を傾けていた。
「うちの皇帝陛下は、すんげぇ男前で性格もいいらしいな? 騎士たちや兵士が自慢してたり、あるいは貴族の女にモテすぎるって文句言ってたよ」
五十代前半ほどの男性は軽く笑い、杯に残っていた酒を呷った。
「だが先帝陛下ご夫婦が亡くなられてから、今の皇帝陛下はどこか宰相のいいなりだという話もある。皇帝陛下がどれだけいい人だとしても、野心を持つ宰相には逆らえないんじゃねぇのかな」
おかわりの酒を給仕の娘に頼んだ後、男はライオットの前にあった揚げ芋を一つ摘まんだ。
「ま、やんごとなき王族や貴族の考えるこたぁ、俺たち庶民には分かんねぇがな」
ニカッと笑ったあと、男は揚げ芋を口の中に放り込んで「あちちっ」と口をハフハフさせる。
「……やんごとなき……ねぇ」
テーブルに肘をついたライオットは葡萄酒を一口飲み、色々考えているようだ。
「私にもお芋をください」
巨大な宮殿のシルエットを見て感傷に浸るライオットを無視し、シーラが揚げ芋に手を伸ばしてきた。
既に彼女は串に刺さったソーセージを食べ終わった後だ。
「シーラ、口の端。ケチャップ」
「ん?」
絶世の美女と見えて、シーラは食べる事が大好きだ。
王宮の何品もありながらも量が少ないコース料理より、こうして気の向くままに食べられる市井の食事を好んでいる。
こういう場所では口を開けてかぶりつくものだと理解しているシーラの口端には、赤いケチャップが少しついたままだった。
指で右側の唇を押さえると、「こっち」とライオットが左の唇を指で拭う。
そのまま指先をペロリと舐めてしまった。
「……あまりレディのケチャップを簡単に舐めない方がいいのでは?」
もぐもぐと塩味の効いた芋を食べつつ、シーラはライオットの行動を窘める。その頬はやや赤かった。
「レディは口の端にケチャップをつけないと思うよ」
「それもそうですね。はしゃぎ過ぎました」
真顔で頷くも、シーラはまた新たに揚げ芋に手を伸ばす。
「君は芋が好きだな」
「お芋と言わず、食べ物全般大好きです」
カリューシアは山の斜面で農作物が収穫され、牧畜も盛んだが、海の恵みの恩恵は少ない。
湖で釣れる魚はあるが、淡水魚と海水魚はまた別である。
よって隣国であるガズァルやセプテアから魚の輸入があり、シーラは魚料理も大好きだ。
もちろん肉食や野菜も大好きで、ほとんど好き嫌いというものがない。
そのお陰なのか、肌や髪も美しく艶めいている。
野山を駆けまわるので健康であり、皆から憧れる美貌を保っているという訳だ。
やはりシーラの美貌が隠せなかったのか、酔っ払った別の男性が身を乗り出しシーラを覗き込む。
「ていうかすっごい綺麗な髪じゃねぇ? こんな薄い色の金髪滅多にお目にかかれねぇよ。お姉ちゃん、さっきチラッと顔見たけど竜姫に似てるね?」
「!」
一応お忍びという体でセプテアに来ているので、ここで身分がバレてしまえば身も蓋もない。
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慌ててライオットが取り繕うが、ひっそりと暮らしているはずの竜姫は隣で揚げ芋をパクついている。
「いやぁー、俺の美女を見る目に狂いはないはずなんだけどなぁ……。ちょっとお姉ちゃんのフード、取ってみてよ」
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しかし酔っ払っているせいからか、それすらも気づいていないようだった。
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