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腕の印
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シーラは何が何でも運命を変えたく、ライオットは愛する女性の言う事なら信じ、協力したい。
ただその思いで二人は体を動かした。
シーラは両親に事の次第を話すか迷ったが、なるべく運命の分岐を知る者は少ない方がいいと思い、やめておいた。
セプテアは三国の中でも南側にあり、一番春の訪れが早い。
この時期は桜が満開になっており、桜まつりが行われる予定だ。
両親には「ライオットとお忍びで、セプテアの桜まつりに行って参ります」と告げ、シーラはカリューシアを出た。
護衛はライオットがガズァルから連れてきた精鋭数名。
顔なじみになっている彼らに挨拶をし、ライオットの馬に乗せられたシーラは一路セプテアに向かった。
カリューシアの首都から国境のレティ河までは、約一日半。
それを渡りセプテアの首都ウルまで、約四日の道のりだ。
シーラは外見こそ絶世の美姫という印象だが、実際のところ野営などに慣れている。
幼い頃から供もつけず山に登り、星空を見るのが好きだったという世話役泣かせだったので、今でも旅は苦でない。
男所帯だが、ライオットがいれば無条件で守ってくれる。
またライオットに忠実な部下たちも、シーラの事を貴人として丁寧に扱ってくれた。
カリューシアを出て三日が経ち、あともう少しでウルに着くという夜。
「……なぁ、シーラ。その……」
ライオットが、彼にしては歯切れ悪く何かを言い出す。
「何ですか?」
二人は焚き火を囲んでいて、護衛たちはめいめい軽い酒盛りをしたり武器の手入れをしている。
「怒らない……か?」
「場合によります」
シーラの答えにライオットは「うーん……」と考え込み、直後バッと両手を合わせて頭を下げた。
「さっき水浴びしているところを覗いた! すまん!」
「…………」
途端、スッとシーラの表情から温かさが消え、冷え冷えとした雰囲気を発する。
「……で? 自らの愚行を晒しておきながら、あなたは何を言いたいのですか?」
「あ、顔は笑ってるのに目が笑ってない。こわい」
シーラの表情にライオットが怯え、思わず心の声を吐露する。
「思春期の少年でもあるまいし、わざわざ己の悪行を告白したからには、何か理由があるのですよね?」
愚行に悪行と、シーラも言い方が辛辣だ。
「その……。覗いた動機は心の少年がそうしろと言ったからなんだけど。それよりも君、左の二の腕の裏に痣なんてあったっけか? と思って」
「心の少年……。後でつるし上げておきますね。それはそうと、痣ですか?」
物騒な事を言っておきながら、シーラはゆったりとした袖を捲り自分の腕を見てみる。
しかし二の腕の裏となると、自分の体ながらとても見づらい箇所だ。
必死になって顔を傾け、二の腕の肉を掴んでいたが目が寄って疲れてしまう。
挙げ句、腰掛けている丸太から転げ落ちかけた。
「あ、あの。もし良かったら俺が直接見てみてもいいか?」
バランスを崩したシーラを支え、ライオットが彼女を覗き込む。
「構いません。覚えている限りそのような痣を知りませんし、今回の事と何か関係があるのかもしれません」
肩まで巫女服の袖を捲り、シーラはライオットに背を向ける。
焚き火の明かりに例の箇所が当たるような姿勢を取ると、「あぁ……」とライオットが小さく息をついた。
「さっき遠目で見た時は、縦一筋の痣があると思ったんだけど、近くで見てみると違うな。むしろ何かの目盛りのようだ」
「どういう事です?」
シーラの問いに、ライオットは彼女の腕を解放した。巫女服の裾を下げてから、近くにあった木の棒を拾う。
「こういう感じで、痣がついているんだ」
ざり、ざり、と音をたててライオットが地面に線を引いてゆく。
しばらくして地面に現れた図は、一定の長さの線が縦に延々と続いているものだ。
「まるで洞窟にある古代の壁画のようですね。日付を数えたような……」
シーラが感想を述べた後、ふと二人ともが顔を見合わせた。
「日付?」
「……ライオット。もう一度、その小さな線が幾つあるのか数えてみてください」
シーラは自ら袖を捲り、ライオットに背を向ける。
「少し待っていてくれ」
彼女の柔らかな二の腕を押さえ、ライオットは真剣に細かな線を数えていった。
シーラの白い肌に刻まれた痣は、薄らと赤い。
指で押さえつつ数えていって……、ライオットが溜め息のように呟く。
ただその思いで二人は体を動かした。
シーラは両親に事の次第を話すか迷ったが、なるべく運命の分岐を知る者は少ない方がいいと思い、やめておいた。
セプテアは三国の中でも南側にあり、一番春の訪れが早い。
この時期は桜が満開になっており、桜まつりが行われる予定だ。
両親には「ライオットとお忍びで、セプテアの桜まつりに行って参ります」と告げ、シーラはカリューシアを出た。
護衛はライオットがガズァルから連れてきた精鋭数名。
顔なじみになっている彼らに挨拶をし、ライオットの馬に乗せられたシーラは一路セプテアに向かった。
カリューシアの首都から国境のレティ河までは、約一日半。
それを渡りセプテアの首都ウルまで、約四日の道のりだ。
シーラは外見こそ絶世の美姫という印象だが、実際のところ野営などに慣れている。
幼い頃から供もつけず山に登り、星空を見るのが好きだったという世話役泣かせだったので、今でも旅は苦でない。
男所帯だが、ライオットがいれば無条件で守ってくれる。
またライオットに忠実な部下たちも、シーラの事を貴人として丁寧に扱ってくれた。
カリューシアを出て三日が経ち、あともう少しでウルに着くという夜。
「……なぁ、シーラ。その……」
ライオットが、彼にしては歯切れ悪く何かを言い出す。
「何ですか?」
二人は焚き火を囲んでいて、護衛たちはめいめい軽い酒盛りをしたり武器の手入れをしている。
「怒らない……か?」
「場合によります」
シーラの答えにライオットは「うーん……」と考え込み、直後バッと両手を合わせて頭を下げた。
「さっき水浴びしているところを覗いた! すまん!」
「…………」
途端、スッとシーラの表情から温かさが消え、冷え冷えとした雰囲気を発する。
「……で? 自らの愚行を晒しておきながら、あなたは何を言いたいのですか?」
「あ、顔は笑ってるのに目が笑ってない。こわい」
シーラの表情にライオットが怯え、思わず心の声を吐露する。
「思春期の少年でもあるまいし、わざわざ己の悪行を告白したからには、何か理由があるのですよね?」
愚行に悪行と、シーラも言い方が辛辣だ。
「その……。覗いた動機は心の少年がそうしろと言ったからなんだけど。それよりも君、左の二の腕の裏に痣なんてあったっけか? と思って」
「心の少年……。後でつるし上げておきますね。それはそうと、痣ですか?」
物騒な事を言っておきながら、シーラはゆったりとした袖を捲り自分の腕を見てみる。
しかし二の腕の裏となると、自分の体ながらとても見づらい箇所だ。
必死になって顔を傾け、二の腕の肉を掴んでいたが目が寄って疲れてしまう。
挙げ句、腰掛けている丸太から転げ落ちかけた。
「あ、あの。もし良かったら俺が直接見てみてもいいか?」
バランスを崩したシーラを支え、ライオットが彼女を覗き込む。
「構いません。覚えている限りそのような痣を知りませんし、今回の事と何か関係があるのかもしれません」
肩まで巫女服の袖を捲り、シーラはライオットに背を向ける。
焚き火の明かりに例の箇所が当たるような姿勢を取ると、「あぁ……」とライオットが小さく息をついた。
「さっき遠目で見た時は、縦一筋の痣があると思ったんだけど、近くで見てみると違うな。むしろ何かの目盛りのようだ」
「どういう事です?」
シーラの問いに、ライオットは彼女の腕を解放した。巫女服の裾を下げてから、近くにあった木の棒を拾う。
「こういう感じで、痣がついているんだ」
ざり、ざり、と音をたててライオットが地面に線を引いてゆく。
しばらくして地面に現れた図は、一定の長さの線が縦に延々と続いているものだ。
「まるで洞窟にある古代の壁画のようですね。日付を数えたような……」
シーラが感想を述べた後、ふと二人ともが顔を見合わせた。
「日付?」
「……ライオット。もう一度、その小さな線が幾つあるのか数えてみてください」
シーラは自ら袖を捲り、ライオットに背を向ける。
「少し待っていてくれ」
彼女の柔らかな二の腕を押さえ、ライオットは真剣に細かな線を数えていった。
シーラの白い肌に刻まれた痣は、薄らと赤い。
指で押さえつつ数えていって……、ライオットが溜め息のように呟く。
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