9 / 60
皇竜の背に
しおりを挟む
「だからと言って、シーラに危険な事をさせる訳にいかない」
一歩、またルドガーが歩む。
彼は差し出された皇竜の尻尾に、手を伸ばそうとしていた。
『ならぬ。我が体に触れるのは、契約を結んだ血族でなければ許されぬ。穢れよ。お前が私に跨がろうとすれば、一瞬にしてお前の体を八つ裂きにし、この世ならざる場へ放り出そう』
皇竜の金色の目が細められ、爬虫類独特の細い瞳孔がルドガーを睨みつける。
誇り高い竜種に警告をされ、従わなければ言葉通りの報復があるのみだ。
「ルドガー。私が行って参ります」
シーラは皇竜とルドガーの間に立ち、幼馴染みに向かって微笑みかけた。
「私はいつも竜の守りと共にあります。時を超えた先……過去にもあなたはいるでしょうし、ライオットもいます。二人がいてくだされば、私に怖いものなどありません」
「シーラ……」
自分のせいで愛する女性を危険な目に遭わせてしまう。
あまりのふがいなさに目を眇めるルドガーの手を、シーラは両手で優しく握った。
「あなたのその呪いを解けば良いのですよね? あなたの命を蝕み、ライオットの命を奪わなければならなかった理由を……、過去に戻り覆せばいい。ですよね?」
嘘を許さない青い瞳が、ルドガーを貫く。
「……ああ。腐りきった私の姿を見て失望するかもしれないが……。どうか、すべてを救ってほしい」
シーラの手の甲に、ルドガーは恭しくキスをした。
かさついているけれど、確かに人の温もりと柔らかさがある。
「行って参ります」
ルドガーの頬を両手で挟み、シーラは彼の額に口づけをした。
「運命が変わるまで、あなたが安らいで過ごせますように」
変わらない清廉な彼女を前に、ルドガーの充血した目に涙が浮かんだ。
「……済まない。シーラ」
悔恨の言葉を前に、シーラは淡く微笑み身を翻した。
皇竜の尻尾を前に一度立ち止まり、水晶のたてがみに手を掛けて白金の鱗を登ってゆく。
シーラがある程度まで登ると、皇竜は『尾を動かすぞ』と告げて尻尾を背中まで持って行った。
「ありがとうございます、皇竜」
山の頂上ほどの高さの背に下り立ち、シーラは礼を言う。
眼下にはこちらを見上げているルドガー、それにセプテアの騎士たちが見えた。
どこまでも続くカリューシアの草原があり、遙か向こうには青い山脈もくっきりと姿を見せていた。
「ルドガー! 必ずあなたを救います!」
皇竜の背から告げた途端、巨大な翼が動いた。
凄まじい風圧に、折角体勢を立て直したというのにまた騎士や馬たちが吹き飛ばされる。
馬の嘶きや焦った騎士たちの悲鳴を聞きつつ、シーラは風に髪をなぶらせルドガーを見下ろしていた。
彼もまた、いつまでもシーラを見上げている。
皇竜の三対の翼が勢いよく振り下ろされ、またドンッ! と凄まじい震動と共に美しい竜は一瞬にして天空高く舞い上がっていた。
「ん……っ、ぷ」
あまりの風圧にシーラは息ができない。
おまけに一瞬にして高度数千メートルという所まで運ばれ、体が凍えてしまいそうだった。
『ああ、済まないなシーラよ』
彼女の状態に気づいた皇竜は、シーラのために魔法の障壁を張ってくれた。
すると風圧や気温の低さなど、シーラを苛んでいたものがすべて消え去り、とても快適な状態となる。
「あ……、ありがとうございます。ヴァウファール」
他の者の前では言えなかったが、カリューシアの王家の者は皇竜の名を呼ぶ事が許されている。
周囲は一面空の世界で、足元には雲。時々雲間から大地が見え、シーラの体は嫌でも竦む。
「どうやって時を超えるのですか?」
シーラの問いに、ヴァウファールはバサッと虹色に輝く翼をはためかせた。
『すべての始まりと終わりは、空の彼方にある。しっかり掴まっているがいい』
「きゃ……っ」
ヴァウファールが告げた途端、一気に彼が加速した。
皇竜が羽ばたくたび雲が千切れ、軌道上に空の道ができてゆく。
もう既に世界を一周したのではという速度で飛ぶ皇竜の背で、シーラは必死に前方を見た。
重力すらも掛からないように魔法でカバーしてくれているが、凄まじい体験に気を失わないようにするのが精一杯だった。
「あ……」
周囲の光景は、ただ青と白がまだらに流れるとしか認識できない。
一歩、またルドガーが歩む。
彼は差し出された皇竜の尻尾に、手を伸ばそうとしていた。
『ならぬ。我が体に触れるのは、契約を結んだ血族でなければ許されぬ。穢れよ。お前が私に跨がろうとすれば、一瞬にしてお前の体を八つ裂きにし、この世ならざる場へ放り出そう』
皇竜の金色の目が細められ、爬虫類独特の細い瞳孔がルドガーを睨みつける。
誇り高い竜種に警告をされ、従わなければ言葉通りの報復があるのみだ。
「ルドガー。私が行って参ります」
シーラは皇竜とルドガーの間に立ち、幼馴染みに向かって微笑みかけた。
「私はいつも竜の守りと共にあります。時を超えた先……過去にもあなたはいるでしょうし、ライオットもいます。二人がいてくだされば、私に怖いものなどありません」
「シーラ……」
自分のせいで愛する女性を危険な目に遭わせてしまう。
あまりのふがいなさに目を眇めるルドガーの手を、シーラは両手で優しく握った。
「あなたのその呪いを解けば良いのですよね? あなたの命を蝕み、ライオットの命を奪わなければならなかった理由を……、過去に戻り覆せばいい。ですよね?」
嘘を許さない青い瞳が、ルドガーを貫く。
「……ああ。腐りきった私の姿を見て失望するかもしれないが……。どうか、すべてを救ってほしい」
シーラの手の甲に、ルドガーは恭しくキスをした。
かさついているけれど、確かに人の温もりと柔らかさがある。
「行って参ります」
ルドガーの頬を両手で挟み、シーラは彼の額に口づけをした。
「運命が変わるまで、あなたが安らいで過ごせますように」
変わらない清廉な彼女を前に、ルドガーの充血した目に涙が浮かんだ。
「……済まない。シーラ」
悔恨の言葉を前に、シーラは淡く微笑み身を翻した。
皇竜の尻尾を前に一度立ち止まり、水晶のたてがみに手を掛けて白金の鱗を登ってゆく。
シーラがある程度まで登ると、皇竜は『尾を動かすぞ』と告げて尻尾を背中まで持って行った。
「ありがとうございます、皇竜」
山の頂上ほどの高さの背に下り立ち、シーラは礼を言う。
眼下にはこちらを見上げているルドガー、それにセプテアの騎士たちが見えた。
どこまでも続くカリューシアの草原があり、遙か向こうには青い山脈もくっきりと姿を見せていた。
「ルドガー! 必ずあなたを救います!」
皇竜の背から告げた途端、巨大な翼が動いた。
凄まじい風圧に、折角体勢を立て直したというのにまた騎士や馬たちが吹き飛ばされる。
馬の嘶きや焦った騎士たちの悲鳴を聞きつつ、シーラは風に髪をなぶらせルドガーを見下ろしていた。
彼もまた、いつまでもシーラを見上げている。
皇竜の三対の翼が勢いよく振り下ろされ、またドンッ! と凄まじい震動と共に美しい竜は一瞬にして天空高く舞い上がっていた。
「ん……っ、ぷ」
あまりの風圧にシーラは息ができない。
おまけに一瞬にして高度数千メートルという所まで運ばれ、体が凍えてしまいそうだった。
『ああ、済まないなシーラよ』
彼女の状態に気づいた皇竜は、シーラのために魔法の障壁を張ってくれた。
すると風圧や気温の低さなど、シーラを苛んでいたものがすべて消え去り、とても快適な状態となる。
「あ……、ありがとうございます。ヴァウファール」
他の者の前では言えなかったが、カリューシアの王家の者は皇竜の名を呼ぶ事が許されている。
周囲は一面空の世界で、足元には雲。時々雲間から大地が見え、シーラの体は嫌でも竦む。
「どうやって時を超えるのですか?」
シーラの問いに、ヴァウファールはバサッと虹色に輝く翼をはためかせた。
『すべての始まりと終わりは、空の彼方にある。しっかり掴まっているがいい』
「きゃ……っ」
ヴァウファールが告げた途端、一気に彼が加速した。
皇竜が羽ばたくたび雲が千切れ、軌道上に空の道ができてゆく。
もう既に世界を一周したのではという速度で飛ぶ皇竜の背で、シーラは必死に前方を見た。
重力すらも掛からないように魔法でカバーしてくれているが、凄まじい体験に気を失わないようにするのが精一杯だった。
「あ……」
周囲の光景は、ただ青と白がまだらに流れるとしか認識できない。
0
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login

【完結】元妃は多くを望まない
つくも茄子
恋愛
シャーロット・カールストン侯爵令嬢は、元上級妃。
このたび、めでたく(?)国王陛下の信頼厚い側近に下賜された。
花嫁は下賜された翌日に一人の侍女を伴って郵便局に赴いたのだ。理由はお世話になった人達にある書類を郵送するために。
その足で実家に出戻ったシャーロット。
実はこの下賜、王命でのものだった。
それもシャーロットを公の場で断罪したうえでの下賜。
断罪理由は「寵妃の悪質な嫌がらせ」だった。
シャーロットには全く覚えのないモノ。当然、これは冤罪。
私は、あなたたちに「誠意」を求めます。
誠意ある対応。
彼女が求めるのは微々たるもの。
果たしてその結果は如何に!?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。
火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。
王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。
そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。
エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。
それがこの国の終わりの始まりだった。

[完結連載]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜
コマメコノカ・21時更新・エブリスタ投
恋愛
王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。
そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる