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皇竜の背に
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「だからと言って、シーラに危険な事をさせる訳にいかない」
一歩、またルドガーが歩む。
彼は差し出された皇竜の尻尾に、手を伸ばそうとしていた。
『ならぬ。我が体に触れるのは、契約を結んだ血族でなければ許されぬ。穢れよ。お前が私に跨がろうとすれば、一瞬にしてお前の体を八つ裂きにし、この世ならざる場へ放り出そう』
皇竜の金色の目が細められ、爬虫類独特の細い瞳孔がルドガーを睨みつける。
誇り高い竜種に警告をされ、従わなければ言葉通りの報復があるのみだ。
「ルドガー。私が行って参ります」
シーラは皇竜とルドガーの間に立ち、幼馴染みに向かって微笑みかけた。
「私はいつも竜の守りと共にあります。時を超えた先……過去にもあなたはいるでしょうし、ライオットもいます。二人がいてくだされば、私に怖いものなどありません」
「シーラ……」
自分のせいで愛する女性を危険な目に遭わせてしまう。
あまりのふがいなさに目を眇めるルドガーの手を、シーラは両手で優しく握った。
「あなたのその呪いを解けば良いのですよね? あなたの命を蝕み、ライオットの命を奪わなければならなかった理由を……、過去に戻り覆せばいい。ですよね?」
嘘を許さない青い瞳が、ルドガーを貫く。
「……ああ。腐りきった私の姿を見て失望するかもしれないが……。どうか、すべてを救ってほしい」
シーラの手の甲に、ルドガーは恭しくキスをした。
かさついているけれど、確かに人の温もりと柔らかさがある。
「行って参ります」
ルドガーの頬を両手で挟み、シーラは彼の額に口づけをした。
「運命が変わるまで、あなたが安らいで過ごせますように」
変わらない清廉な彼女を前に、ルドガーの充血した目に涙が浮かんだ。
「……済まない。シーラ」
悔恨の言葉を前に、シーラは淡く微笑み身を翻した。
皇竜の尻尾を前に一度立ち止まり、水晶のたてがみに手を掛けて白金の鱗を登ってゆく。
シーラがある程度まで登ると、皇竜は『尾を動かすぞ』と告げて尻尾を背中まで持って行った。
「ありがとうございます、皇竜」
山の頂上ほどの高さの背に下り立ち、シーラは礼を言う。
眼下にはこちらを見上げているルドガー、それにセプテアの騎士たちが見えた。
どこまでも続くカリューシアの草原があり、遙か向こうには青い山脈もくっきりと姿を見せていた。
「ルドガー! 必ずあなたを救います!」
皇竜の背から告げた途端、巨大な翼が動いた。
凄まじい風圧に、折角体勢を立て直したというのにまた騎士や馬たちが吹き飛ばされる。
馬の嘶きや焦った騎士たちの悲鳴を聞きつつ、シーラは風に髪をなぶらせルドガーを見下ろしていた。
彼もまた、いつまでもシーラを見上げている。
皇竜の三対の翼が勢いよく振り下ろされ、またドンッ! と凄まじい震動と共に美しい竜は一瞬にして天空高く舞い上がっていた。
「ん……っ、ぷ」
あまりの風圧にシーラは息ができない。
おまけに一瞬にして高度数千メートルという所まで運ばれ、体が凍えてしまいそうだった。
『ああ、済まないなシーラよ』
彼女の状態に気づいた皇竜は、シーラのために魔法の障壁を張ってくれた。
すると風圧や気温の低さなど、シーラを苛んでいたものがすべて消え去り、とても快適な状態となる。
「あ……、ありがとうございます。ヴァウファール」
他の者の前では言えなかったが、カリューシアの王家の者は皇竜の名を呼ぶ事が許されている。
周囲は一面空の世界で、足元には雲。時々雲間から大地が見え、シーラの体は嫌でも竦む。
「どうやって時を超えるのですか?」
シーラの問いに、ヴァウファールはバサッと虹色に輝く翼をはためかせた。
『すべての始まりと終わりは、空の彼方にある。しっかり掴まっているがいい』
「きゃ……っ」
ヴァウファールが告げた途端、一気に彼が加速した。
皇竜が羽ばたくたび雲が千切れ、軌道上に空の道ができてゆく。
もう既に世界を一周したのではという速度で飛ぶ皇竜の背で、シーラは必死に前方を見た。
重力すらも掛からないように魔法でカバーしてくれているが、凄まじい体験に気を失わないようにするのが精一杯だった。
「あ……」
周囲の光景は、ただ青と白がまだらに流れるとしか認識できない。
一歩、またルドガーが歩む。
彼は差し出された皇竜の尻尾に、手を伸ばそうとしていた。
『ならぬ。我が体に触れるのは、契約を結んだ血族でなければ許されぬ。穢れよ。お前が私に跨がろうとすれば、一瞬にしてお前の体を八つ裂きにし、この世ならざる場へ放り出そう』
皇竜の金色の目が細められ、爬虫類独特の細い瞳孔がルドガーを睨みつける。
誇り高い竜種に警告をされ、従わなければ言葉通りの報復があるのみだ。
「ルドガー。私が行って参ります」
シーラは皇竜とルドガーの間に立ち、幼馴染みに向かって微笑みかけた。
「私はいつも竜の守りと共にあります。時を超えた先……過去にもあなたはいるでしょうし、ライオットもいます。二人がいてくだされば、私に怖いものなどありません」
「シーラ……」
自分のせいで愛する女性を危険な目に遭わせてしまう。
あまりのふがいなさに目を眇めるルドガーの手を、シーラは両手で優しく握った。
「あなたのその呪いを解けば良いのですよね? あなたの命を蝕み、ライオットの命を奪わなければならなかった理由を……、過去に戻り覆せばいい。ですよね?」
嘘を許さない青い瞳が、ルドガーを貫く。
「……ああ。腐りきった私の姿を見て失望するかもしれないが……。どうか、すべてを救ってほしい」
シーラの手の甲に、ルドガーは恭しくキスをした。
かさついているけれど、確かに人の温もりと柔らかさがある。
「行って参ります」
ルドガーの頬を両手で挟み、シーラは彼の額に口づけをした。
「運命が変わるまで、あなたが安らいで過ごせますように」
変わらない清廉な彼女を前に、ルドガーの充血した目に涙が浮かんだ。
「……済まない。シーラ」
悔恨の言葉を前に、シーラは淡く微笑み身を翻した。
皇竜の尻尾を前に一度立ち止まり、水晶のたてがみに手を掛けて白金の鱗を登ってゆく。
シーラがある程度まで登ると、皇竜は『尾を動かすぞ』と告げて尻尾を背中まで持って行った。
「ありがとうございます、皇竜」
山の頂上ほどの高さの背に下り立ち、シーラは礼を言う。
眼下にはこちらを見上げているルドガー、それにセプテアの騎士たちが見えた。
どこまでも続くカリューシアの草原があり、遙か向こうには青い山脈もくっきりと姿を見せていた。
「ルドガー! 必ずあなたを救います!」
皇竜の背から告げた途端、巨大な翼が動いた。
凄まじい風圧に、折角体勢を立て直したというのにまた騎士や馬たちが吹き飛ばされる。
馬の嘶きや焦った騎士たちの悲鳴を聞きつつ、シーラは風に髪をなぶらせルドガーを見下ろしていた。
彼もまた、いつまでもシーラを見上げている。
皇竜の三対の翼が勢いよく振り下ろされ、またドンッ! と凄まじい震動と共に美しい竜は一瞬にして天空高く舞い上がっていた。
「ん……っ、ぷ」
あまりの風圧にシーラは息ができない。
おまけに一瞬にして高度数千メートルという所まで運ばれ、体が凍えてしまいそうだった。
『ああ、済まないなシーラよ』
彼女の状態に気づいた皇竜は、シーラのために魔法の障壁を張ってくれた。
すると風圧や気温の低さなど、シーラを苛んでいたものがすべて消え去り、とても快適な状態となる。
「あ……、ありがとうございます。ヴァウファール」
他の者の前では言えなかったが、カリューシアの王家の者は皇竜の名を呼ぶ事が許されている。
周囲は一面空の世界で、足元には雲。時々雲間から大地が見え、シーラの体は嫌でも竦む。
「どうやって時を超えるのですか?」
シーラの問いに、ヴァウファールはバサッと虹色に輝く翼をはためかせた。
『すべての始まりと終わりは、空の彼方にある。しっかり掴まっているがいい』
「きゃ……っ」
ヴァウファールが告げた途端、一気に彼が加速した。
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もう既に世界を一周したのではという速度で飛ぶ皇竜の背で、シーラは必死に前方を見た。
重力すらも掛からないように魔法でカバーしてくれているが、凄まじい体験に気を失わないようにするのが精一杯だった。
「あ……」
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