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血塗られた婚礼衣装
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時間がない。
その言葉は様々な意味合いに取れるが、シーラが本能的に察したのはルドガーの命の期限だ。
「シーラ、私と契れ。セプテアの国母となり、竜を従えろ」
血走った目に涙を浮かべ、ルドガーが狂気を湛えた目で訴える。
もはや彼の中に正気は欠片ほどしかないように思えた。
目の前にいるのは、ルドガーという皮を被った化け物。
何かとてつもない呪いが、彼の体を蝕み、産褥にしようとしている。
「シーラ」
ズ……と足を引きずり、ルドガーがシーラに迫る。
コツ、コツと杖の音がし、動かなくなった片足を引きずる音が、静まりかえった大聖堂に不気味に響いた。
「駄目だ……シーラ、駄目だ! ルドガーの言葉を無視しろ! ぐっ」
突きつけられていた槍の柄で殴られ、ライオットが呻く。
「ルドガー、竜を操る力はカリューシアが認め、信じた相手でなければ委ねる事はできません。カリューシアとセプテアの国交は確かに長いです。ですがセプテアは竜たちの聖域――竜樹を傷付けたとも聞きました。不義理は男女間においても、国の関係としてもしてはいけない事です。まずはこのような事態を招いた根本をお話して……」
それでもシーラが震える声でルドガーを説得しようとした時、彼の表情がスッとなくなり片手を掲げた。
「ぐああぁっ!」
直後、喉が裂けるのではないかというライオットの悲鳴が聞こえた。
ルドガーの背後にいる騎士たちが、手に持った槍をライオットに突き立てていた。
「ライオット!!」
悲鳴を上げるシーラの目の前で、無数の槍に貫かれたライオットの体が高々と掲げられた。
白い婚礼衣装が赤く染まり、ボタボタと血が滴り落ちる。
「きゃああああぁっ!」と参列者の女性が悲鳴を上げ、ライオットの父が悲痛な声で息子の名を呼んだのが聞こえた気がした。
「……さあ、シーラ」
ガクリと膝を突いたシーラの前に、ルドガーが立ちはだかる。
不気味に変わった場所を除けば、彼は変わらない美貌のままだ。
絶な笑みを浮かべてシーラに手を差し伸べる。
「邪魔者は始末した。いずれ本国よりガズァルを焼き払う魔導隊も到着するだろう。私の手を取り、皇后となれ」
蒼白になったシーラは、目を見開きただ頬を涙で濡らすしかできなかった。
**
それから、何が起こったのか正直覚えていない。
気がつけばシーラはいつもの巫女服を着せられ、知らない部屋に軟禁されていた。
茫然自失とした彼女は天蓋付きベッドに横たわり、昼と夜が繰り返されるのを無為に見つめていた気がする。
時折ルドガーがやって来て何か言い、時に号泣して許しを乞うていたような覚えもあるが、シーラには届かない。
しかしそれらに交じって、「皇竜」という単語が何度も耳をかすった。
皇竜は竜たちの頂点に立つ、至高の存在だ。
何者にも束縛されない覇者にカリューシアの王族だけが祈りを捧げ、言葉を伝える事ができる。
カリューシアの王族でなくても、皇竜ともなればあらゆる者の言葉を理解する。
だが聞き届ける価値のある存在と見なすのは、カリューシアの王族のみだ。
「頼む、シーラ。皇竜を呼んでくれ」
今日もシーラの部屋を訪れたルドガーは、生気なく横たわった彼女の手を取り、床に膝を突き哀願する。
虚ろな目を向けるシーラに溜め息をつき、ルドガーは何度も口に出した言葉を呟く。
「……時間がないんだ」
ルドガーの手は革手袋に包まれていた。
赤黒い血管が浮き上がった肌を見たくなく、暖かな季節だというのにルドガーは肌を隠し日頃引きこもっている。
最愛の女性に醜い姿を晒してでも、ルドガーはシーラに頼み事があるようだ。
激痛が走り震える腕で、シーラは抱き起こされる。
以前なら何の問題もなく、軽々と抱き上げられたシーラを両腕で支えようとして――。
「くっ……」
特に重くもないシーラの体重を支えられず、腕の痛みのあまりルドガーはシーラもろとも床に倒れ込んだ。
「……っくそっ……、くそぉっ!」
壁にもたれかかり、ルドガーは絶望の涙を流す。
親友を手に掛け、愛する女性を裏切ってまで望んだものを、このままでは手に入れられないかもしれない。
その言葉は様々な意味合いに取れるが、シーラが本能的に察したのはルドガーの命の期限だ。
「シーラ、私と契れ。セプテアの国母となり、竜を従えろ」
血走った目に涙を浮かべ、ルドガーが狂気を湛えた目で訴える。
もはや彼の中に正気は欠片ほどしかないように思えた。
目の前にいるのは、ルドガーという皮を被った化け物。
何かとてつもない呪いが、彼の体を蝕み、産褥にしようとしている。
「シーラ」
ズ……と足を引きずり、ルドガーがシーラに迫る。
コツ、コツと杖の音がし、動かなくなった片足を引きずる音が、静まりかえった大聖堂に不気味に響いた。
「駄目だ……シーラ、駄目だ! ルドガーの言葉を無視しろ! ぐっ」
突きつけられていた槍の柄で殴られ、ライオットが呻く。
「ルドガー、竜を操る力はカリューシアが認め、信じた相手でなければ委ねる事はできません。カリューシアとセプテアの国交は確かに長いです。ですがセプテアは竜たちの聖域――竜樹を傷付けたとも聞きました。不義理は男女間においても、国の関係としてもしてはいけない事です。まずはこのような事態を招いた根本をお話して……」
それでもシーラが震える声でルドガーを説得しようとした時、彼の表情がスッとなくなり片手を掲げた。
「ぐああぁっ!」
直後、喉が裂けるのではないかというライオットの悲鳴が聞こえた。
ルドガーの背後にいる騎士たちが、手に持った槍をライオットに突き立てていた。
「ライオット!!」
悲鳴を上げるシーラの目の前で、無数の槍に貫かれたライオットの体が高々と掲げられた。
白い婚礼衣装が赤く染まり、ボタボタと血が滴り落ちる。
「きゃああああぁっ!」と参列者の女性が悲鳴を上げ、ライオットの父が悲痛な声で息子の名を呼んだのが聞こえた気がした。
「……さあ、シーラ」
ガクリと膝を突いたシーラの前に、ルドガーが立ちはだかる。
不気味に変わった場所を除けば、彼は変わらない美貌のままだ。
絶な笑みを浮かべてシーラに手を差し伸べる。
「邪魔者は始末した。いずれ本国よりガズァルを焼き払う魔導隊も到着するだろう。私の手を取り、皇后となれ」
蒼白になったシーラは、目を見開きただ頬を涙で濡らすしかできなかった。
**
それから、何が起こったのか正直覚えていない。
気がつけばシーラはいつもの巫女服を着せられ、知らない部屋に軟禁されていた。
茫然自失とした彼女は天蓋付きベッドに横たわり、昼と夜が繰り返されるのを無為に見つめていた気がする。
時折ルドガーがやって来て何か言い、時に号泣して許しを乞うていたような覚えもあるが、シーラには届かない。
しかしそれらに交じって、「皇竜」という単語が何度も耳をかすった。
皇竜は竜たちの頂点に立つ、至高の存在だ。
何者にも束縛されない覇者にカリューシアの王族だけが祈りを捧げ、言葉を伝える事ができる。
カリューシアの王族でなくても、皇竜ともなればあらゆる者の言葉を理解する。
だが聞き届ける価値のある存在と見なすのは、カリューシアの王族のみだ。
「頼む、シーラ。皇竜を呼んでくれ」
今日もシーラの部屋を訪れたルドガーは、生気なく横たわった彼女の手を取り、床に膝を突き哀願する。
虚ろな目を向けるシーラに溜め息をつき、ルドガーは何度も口に出した言葉を呟く。
「……時間がないんだ」
ルドガーの手は革手袋に包まれていた。
赤黒い血管が浮き上がった肌を見たくなく、暖かな季節だというのにルドガーは肌を隠し日頃引きこもっている。
最愛の女性に醜い姿を晒してでも、ルドガーはシーラに頼み事があるようだ。
激痛が走り震える腕で、シーラは抱き起こされる。
以前なら何の問題もなく、軽々と抱き上げられたシーラを両腕で支えようとして――。
「くっ……」
特に重くもないシーラの体重を支えられず、腕の痛みのあまりルドガーはシーラもろとも床に倒れ込んだ。
「……っくそっ……、くそぉっ!」
壁にもたれかかり、ルドガーは絶望の涙を流す。
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