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変わり果てた幼馴染み
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「……立ち止まれ、シーラ」
白銀の鎧が僅かに動き、その間から姿を現したのは――ルドガーだ。
記憶にある通り、彼はとても美しい青年だ。
銀の滝を思わせる白銀の髪に、人の心を見透かすような金色の瞳。乳白色の肌に流麗とした雰囲気。
だが今、シーラの目の前に立っているその人は、墓場から蘇った幽鬼のような顔色をしていた。
目は落ちくぼみ、眼窩はどす黒いくまに覆われている。
顔は青白く、自然の状態では決して浮かないだろう血管が、赤黒く表皮に浮き上がっていた。
「どう……したのですか。その姿は」
変わり果てたルドガーは、自分一人では立てないらしい。
精緻な模様が彫り込まれた杖を支えにしている。
具合が悪いのなら車椅子でもいいはずなのに、あくまで己の足で立とうという誇り高いところは、昔と変わっていなかった。
「ふふ……。驚いただろう。君とライオットが昔のままでないように、私も変わってしまった」
記憶では透き通るようで青白かった白目は、充血している。
「落ち着いて話し合いましょう。あなたに何らかの要求があるのなら、熟考します。今日は式も延期にしますから、まずはライオットをお離しください」
聡明な兄のように思っていたルドガーの異変に、シーラは必死に動揺を隠していた。
ヴェールの端を握りしめた手が、ブルブルと震えて止まってくれない。
騎士たちの間から見えたライオットは――。
花婿姿のまま跪かされ、罪人のように首を前に後ろ手に縛められていた。
カリューシアとガズァルの国王たちは……と思えば、騎士たちに剣を突きつけられ強張った顔をしている。
「ルドガー、あなたの望みは何ですか? 私たちはその望みを一緒に考えるため、話し合いのテーブルにつく約束を致します。その代わりに、どうぞライオットをお離しください」
両国が集まっていながら、こうも一方的にセプテアに制圧されたのは、やはりこちらの隙を突かれたとしか思えない。
三国がどういう文明を築いてきたとしても、同盟関係にある以上侵略など考えられなかったからだ。
遠い過去の歴史で小競り合いがあったとしても、現在の王家は実に平和だった。
シーラ、ライオット、ルドガーが幼馴染みであり、それぞれの両親も友人関係にある。盤石な国と友好関係を永久に続けていこうと、三人が幼い頃から誓い合った国なのに――。
だがルドガーは荒んだ顔で凄惨に笑うと、顎をしゃくった。
「う……っ」
ライオットの髪が掴まれ、前方に突き出される。
これから斬首でもされそうな雰囲気に、シーラは息を呑んだ。
一歩踏み出した彼女に、ルドガーはダンスに誘うような優雅さで手を差し出した。
「シーラ、私の妻になれ」
「な……っ」
ライオットと夫婦になるつもりでこの大聖堂にいるというのに、ルドガーは何を言っているのか。
――いや、僅かにでもこの可能性を考えなかったと言えば嘘になる。
幼い頃から二人は親友であり、シーラを巡るライバルであった。
成長してからは互いの目を盗むようにしてシーラに会い、贈り物をしてくる。
どちらの気持ちに応えたものかと懊悩しつつ、シーラ自身もその状況に少し喜んでいたのは確かなのだ。
そのツケがきた。
どちらかの気持ちを蔑ろにしたつもりはないが、一方を選べばもう一方を傷付ける。
それを分からないほどシーラも愚かではない。
だがルドガーという男は、こんな蛮行に出るほどの人だっただろうか?
「まず……。ライオットを離してください。お話はそれからです」
もう一歩、シーラはルドガーに近付いた。
「ライオット……。ライオット、ライオット、ライオット!!」
それまで静かだったルドガーが、何かを爆発させるかのように彼の名を繰り返す。
血走った目に怒りと憎しみが込められ、狂ったように名前を繰り返す唇は歪んでいた。
「君はそればかりだ! 私も彼に負けないぐらい君を想っていたというのに、三国は互いに隣国だというのに! 竜か? 竜の結びつきがあるから君はライオットを選んだのか!? この裏切り者を!」
いつも物静かなルドガーの爆発に、シーラは身を竦ませる。
「私だって……! こんな体でなければ君に……っ」
シーラに向かって差し出された手が、びくんっとルドガーの意志ではなく蠢き、跳ねた。
「ルドガー!?」
まるで巨獣が身震いしたかのような動きに、シーラは恐れおののく。
「……っ何でも、ない」
右腕をマントにバサリと隠し、ルドガーは体を折り曲げて腕を庇った。
「……私の妻になると言え。それでなければライオットは殺す」
「言うな! シーラ!」
シーラが何か言う前に、ライオットが叫んだ。
直後、騎士たちにより厳しく押さえつけられたのか「ぐぅっ」と呻く声が聞こえる。
「ルドガー、まずは話を……」
「時間がないんだ!」
折角整えた銀髪を振り乱し、ルドガーが叫ぶ。
白銀の鎧が僅かに動き、その間から姿を現したのは――ルドガーだ。
記憶にある通り、彼はとても美しい青年だ。
銀の滝を思わせる白銀の髪に、人の心を見透かすような金色の瞳。乳白色の肌に流麗とした雰囲気。
だが今、シーラの目の前に立っているその人は、墓場から蘇った幽鬼のような顔色をしていた。
目は落ちくぼみ、眼窩はどす黒いくまに覆われている。
顔は青白く、自然の状態では決して浮かないだろう血管が、赤黒く表皮に浮き上がっていた。
「どう……したのですか。その姿は」
変わり果てたルドガーは、自分一人では立てないらしい。
精緻な模様が彫り込まれた杖を支えにしている。
具合が悪いのなら車椅子でもいいはずなのに、あくまで己の足で立とうという誇り高いところは、昔と変わっていなかった。
「ふふ……。驚いただろう。君とライオットが昔のままでないように、私も変わってしまった」
記憶では透き通るようで青白かった白目は、充血している。
「落ち着いて話し合いましょう。あなたに何らかの要求があるのなら、熟考します。今日は式も延期にしますから、まずはライオットをお離しください」
聡明な兄のように思っていたルドガーの異変に、シーラは必死に動揺を隠していた。
ヴェールの端を握りしめた手が、ブルブルと震えて止まってくれない。
騎士たちの間から見えたライオットは――。
花婿姿のまま跪かされ、罪人のように首を前に後ろ手に縛められていた。
カリューシアとガズァルの国王たちは……と思えば、騎士たちに剣を突きつけられ強張った顔をしている。
「ルドガー、あなたの望みは何ですか? 私たちはその望みを一緒に考えるため、話し合いのテーブルにつく約束を致します。その代わりに、どうぞライオットをお離しください」
両国が集まっていながら、こうも一方的にセプテアに制圧されたのは、やはりこちらの隙を突かれたとしか思えない。
三国がどういう文明を築いてきたとしても、同盟関係にある以上侵略など考えられなかったからだ。
遠い過去の歴史で小競り合いがあったとしても、現在の王家は実に平和だった。
シーラ、ライオット、ルドガーが幼馴染みであり、それぞれの両親も友人関係にある。盤石な国と友好関係を永久に続けていこうと、三人が幼い頃から誓い合った国なのに――。
だがルドガーは荒んだ顔で凄惨に笑うと、顎をしゃくった。
「う……っ」
ライオットの髪が掴まれ、前方に突き出される。
これから斬首でもされそうな雰囲気に、シーラは息を呑んだ。
一歩踏み出した彼女に、ルドガーはダンスに誘うような優雅さで手を差し出した。
「シーラ、私の妻になれ」
「な……っ」
ライオットと夫婦になるつもりでこの大聖堂にいるというのに、ルドガーは何を言っているのか。
――いや、僅かにでもこの可能性を考えなかったと言えば嘘になる。
幼い頃から二人は親友であり、シーラを巡るライバルであった。
成長してからは互いの目を盗むようにしてシーラに会い、贈り物をしてくる。
どちらの気持ちに応えたものかと懊悩しつつ、シーラ自身もその状況に少し喜んでいたのは確かなのだ。
そのツケがきた。
どちらかの気持ちを蔑ろにしたつもりはないが、一方を選べばもう一方を傷付ける。
それを分からないほどシーラも愚かではない。
だがルドガーという男は、こんな蛮行に出るほどの人だっただろうか?
「まず……。ライオットを離してください。お話はそれからです」
もう一歩、シーラはルドガーに近付いた。
「ライオット……。ライオット、ライオット、ライオット!!」
それまで静かだったルドガーが、何かを爆発させるかのように彼の名を繰り返す。
血走った目に怒りと憎しみが込められ、狂ったように名前を繰り返す唇は歪んでいた。
「君はそればかりだ! 私も彼に負けないぐらい君を想っていたというのに、三国は互いに隣国だというのに! 竜か? 竜の結びつきがあるから君はライオットを選んだのか!? この裏切り者を!」
いつも物静かなルドガーの爆発に、シーラは身を竦ませる。
「私だって……! こんな体でなければ君に……っ」
シーラに向かって差し出された手が、びくんっとルドガーの意志ではなく蠢き、跳ねた。
「ルドガー!?」
まるで巨獣が身震いしたかのような動きに、シーラは恐れおののく。
「……っ何でも、ない」
右腕をマントにバサリと隠し、ルドガーは体を折り曲げて腕を庇った。
「……私の妻になると言え。それでなければライオットは殺す」
「言うな! シーラ!」
シーラが何か言う前に、ライオットが叫んだ。
直後、騎士たちにより厳しく押さえつけられたのか「ぐぅっ」と呻く声が聞こえる。
「ルドガー、まずは話を……」
「時間がないんだ!」
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