未来の夫が破滅するので、ハッピーエンドのために運命を変えます~竜姫は竜王子と魔導皇帝に溺愛される~

臣桜

文字の大きさ
上 下
4 / 60

変わり果てた幼馴染み

しおりを挟む
「……立ち止まれ、シーラ」

 白銀の鎧が僅かに動き、その間から姿を現したのは――ルドガーだ。

 記憶にある通り、彼はとても美しい青年だ。

 銀の滝を思わせる白銀の髪に、人の心を見透かすような金色の瞳。乳白色の肌に流麗とした雰囲気。

 だが今、シーラの目の前に立っているその人は、墓場から蘇った幽鬼のような顔色をしていた。
 目は落ちくぼみ、眼窩はどす黒いくまに覆われている。
 顔は青白く、自然の状態では決して浮かないだろう血管が、赤黒く表皮に浮き上がっていた。

「どう……したのですか。その姿は」

 変わり果てたルドガーは、自分一人では立てないらしい。
 精緻な模様が彫り込まれた杖を支えにしている。

 具合が悪いのなら車椅子でもいいはずなのに、あくまで己の足で立とうという誇り高いところは、昔と変わっていなかった。

「ふふ……。驚いただろう。君とライオットが昔のままでないように、私も変わってしまった」

 記憶では透き通るようで青白かった白目は、充血している。

「落ち着いて話し合いましょう。あなたに何らかの要求があるのなら、熟考します。今日は式も延期にしますから、まずはライオットをお離しください」

 聡明な兄のように思っていたルドガーの異変に、シーラは必死に動揺を隠していた。

 ヴェールの端を握りしめた手が、ブルブルと震えて止まってくれない。

 騎士たちの間から見えたライオットは――。
 花婿姿のまま跪かされ、罪人のように首を前に後ろ手に縛められていた。

 カリューシアとガズァルの国王たちは……と思えば、騎士たちに剣を突きつけられ強張った顔をしている。

「ルドガー、あなたの望みは何ですか? 私たちはその望みを一緒に考えるため、話し合いのテーブルにつく約束を致します。その代わりに、どうぞライオットをお離しください」

 両国が集まっていながら、こうも一方的にセプテアに制圧されたのは、やはりこちらの隙を突かれたとしか思えない。

 三国がどういう文明を築いてきたとしても、同盟関係にある以上侵略など考えられなかったからだ。

 遠い過去の歴史で小競り合いがあったとしても、現在の王家は実に平和だった。
 シーラ、ライオット、ルドガーが幼馴染みであり、それぞれの両親も友人関係にある。盤石な国と友好関係を永久に続けていこうと、三人が幼い頃から誓い合った国なのに――。

 だがルドガーは荒んだ顔で凄惨に笑うと、顎をしゃくった。

「う……っ」

 ライオットの髪が掴まれ、前方に突き出される。

 これから斬首でもされそうな雰囲気に、シーラは息を呑んだ。

 一歩踏み出した彼女に、ルドガーはダンスに誘うような優雅さで手を差し出した。

「シーラ、私の妻になれ」

「な……っ」

 ライオットと夫婦になるつもりでこの大聖堂にいるというのに、ルドガーは何を言っているのか。

 ――いや、僅かにでもこの可能性を考えなかったと言えば嘘になる。

 幼い頃から二人は親友であり、シーラを巡るライバルであった。

 成長してからは互いの目を盗むようにしてシーラに会い、贈り物をしてくる。
 どちらの気持ちに応えたものかと懊悩しつつ、シーラ自身もその状況に少し喜んでいたのは確かなのだ。

 そのツケがきた。

 どちらかの気持ちを蔑ろにしたつもりはないが、一方を選べばもう一方を傷付ける。
 それを分からないほどシーラも愚かではない。

 だがルドガーという男は、こんな蛮行に出るほどの人だっただろうか?

「まず……。ライオットを離してください。お話はそれからです」

 もう一歩、シーラはルドガーに近付いた。

「ライオット……。ライオット、ライオット、ライオット!!」

 それまで静かだったルドガーが、何かを爆発させるかのように彼の名を繰り返す。
 血走った目に怒りと憎しみが込められ、狂ったように名前を繰り返す唇は歪んでいた。

「君はそればかりだ! 私も彼に負けないぐらい君を想っていたというのに、三国は互いに隣国だというのに! 竜か? 竜の結びつきがあるから君はライオットを選んだのか!? この裏切り者を!」

 いつも物静かなルドガーの爆発に、シーラは身を竦ませる。

「私だって……! こんな体でなければ君に……っ」

 シーラに向かって差し出された手が、びくんっとルドガーの意志ではなく蠢き、跳ねた。

「ルドガー!?」

 まるで巨獣が身震いしたかのような動きに、シーラは恐れおののく。

「……っ何でも、ない」

 右腕をマントにバサリと隠し、ルドガーは体を折り曲げて腕を庇った。

「……私の妻になると言え。それでなければライオットは殺す」

「言うな! シーラ!」

 シーラが何か言う前に、ライオットが叫んだ。
 直後、騎士たちにより厳しく押さえつけられたのか「ぐぅっ」と呻く声が聞こえる。

「ルドガー、まずは話を……」

「時間がないんだ!」

 折角整えた銀髪を振り乱し、ルドガーが叫ぶ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。

秋月一花
恋愛
「お前はいつものろまで、クズで、私の引き立て役なのよ、お姉様」  私を蔑む視線を向けて、双子の妹がそう言った。 「本当、お前と違ってジュリーは賢くて、裁縫も刺繍も天才的だよ」  愛しそうな表情を浮かべて、妹を抱きしめるお父様。 「――あなたは、この家に要らないのよ」  扇子で私の頬を叩くお母様。  ……そんなに私のことが嫌いなら、消えることを選びます。    消えた先で、私は『愛』を知ることが出来た。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【完結】元妃は多くを望まない

つくも茄子
恋愛
シャーロット・カールストン侯爵令嬢は、元上級妃。 このたび、めでたく(?)国王陛下の信頼厚い側近に下賜された。 花嫁は下賜された翌日に一人の侍女を伴って郵便局に赴いたのだ。理由はお世話になった人達にある書類を郵送するために。 その足で実家に出戻ったシャーロット。 実はこの下賜、王命でのものだった。 それもシャーロットを公の場で断罪したうえでの下賜。 断罪理由は「寵妃の悪質な嫌がらせ」だった。 シャーロットには全く覚えのないモノ。当然、これは冤罪。 私は、あなたたちに「誠意」を求めます。 誠意ある対応。 彼女が求めるのは微々たるもの。 果たしてその結果は如何に!?

処理中です...