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カリューシアの王女、二国の皇帝、王太子

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 だが今はこうして、シーラはライオットに嫁ごうとしている。

 多忙な幼馴染みが何と言うのかは、形式上の書状からは分からない。

 けれど内心どう思っているかはさておき、竹馬の友であるルドガーなら自分たちの結婚を歓迎してくれるのでは、と二人は思っていた。

「ですが彼の事も少し心配です。風の噂では、体調を崩しているという話も聞きます」

「そうだな。加えてあの国は魔導帝国だ。軍事力を高めるため、魔導の着火剤となる魔力素材を見つけては奪っていると聞く。まさかルドガーがそんな命令を出しているとは考えたくないが、先日竜樹が傷付けられたという報告も聞いた」

 竜樹とは、竜たちにとって何よりも大事な大樹だ。

 竜の多くは竜樹より生まれ、竜樹に回帰してゆく。

 偉大なる存在の生と死を司るそれを、一介の人間が傷付けたとなればただでは済まない。

 竜樹が傷付けられた事によって、どこかに異変が起きたという話はまだ聞いていない。
 しかしいつ何が起こってもおかしくない、禁忌だ。

「ルドガーが即位してから……三人で個人的に会う事も少なくなりましたものね」

「ああ。最後に会ったのは五年前。随分、疎遠になってしまったな」

 ゆったりと斜面を下りる二人の眼下には、山岳にある小国カリューシアの街並みがある。
 斜面の下の方には、二人を待つ騎馬隊や騎士たちがいた。

「傷付けられた竜樹の事と言い、何事もなければ良いのですが……」

 優美な眉を顰めるシーラの手を、ライオットはギュッと握り返した。



**



 カリューシア聖竜国は、その名の通り竜に祝福された国だ。

 山岳にある小国で、国土の大半は山や谷。城や城下町も斜面にあり、田畑は日差しのいい場所にある。
 青い山脈からの雪解け水がレティ湖に注ぎ、そこを水源とし猟もできる。
 山の麓には森もあり、そこで狩猟をする。

 小さな国だが、国民が自活してゆくには何ら不足のない国だった。

 竜に祝福されたのは、その国の始祖が皇竜を助け契約を結んだのが始まりだ。

 カリューシアの王家は代々竜を操る歌を歌える。
 親から子へ、子から孫へと、口伝で教えられる歌なのだ。

 人から竜へ気持ちを伝える言葉は、その口伝でしか意味を知らされない。
 また歌の独特のメロディーや抑揚の付け方、どのようにして竜に思いを伝えるかは、王家の人間しか知らない。

 よしんばそれらすべての情報が外部に漏れたとしても、竜たちはカリューシア王家の血筋にしか反応しない。

 仮にカリューシアの王家の者が誰かに脅されたとしても、竜はヒトの下僕ではない。強制的に歌わされた歌に抗い、自らの真なる主を救おうとする意志力がある。

 現在王家には国王夫婦、そして二十三歳のシーラと二十七歳の兄がいる。

 兄のシリルはいずれ国王となる人物だが、現在は竜を従える歌の力で世界中の竜情勢を見るという名目で旅立っている。
 その帰還も近付いており、日程を合わせシーラはライオットと挙式する事になっていた。

 ライオットが王子を務めているガズァル竜国は、竜騎士を主要戦力とする国家だ。
 カリューシアから続く岩山と平地が国土で、国土も農産物なども生産力もこちらの方が大きい。

 昔からカリューシアとガズァルは密接な関係にあり、互いに協力し合っていた。

 カリューシアの協力があるからこそ、ガズァルは偉大なる竜の背にヒトを乗せて操る事ができる。
 当たり前にガズァルはその軍事力でカリューシアを守った。

 本来ならカリューシアに竜騎士という存在があってもおかしくないが、竜信仰のあるこの国では竜の背に乗る事ができるのは王家の者だけと思われている。
 なのでどこかカリューシアの民はガズァルの竜騎士を見て眉を顰めるところもあったが、両国の関係はまずまず良好だった。

 いっぽう、魔導帝国と呼ばれるセプテアもまた、ガズァルと並ぶ大国だ。

 カリューシアとガズァルが竜の恩恵があるに対し、セプテアという国に竜は関わらない。
 代わりにセプテアは貪欲なまでに魔導力を高め、軍事力としている。

 ヒトという生き物は元来魔力を帯びないため、魔導を行使するには触媒となる魔石や魔力を帯びた材料が必要となる。
 宝石を加工した杖を魔導士が持ち、巨大な力を行使するため、さまざまな魔法生物の組織――体の一部が用いられた。

 妖精狩りが行われたり、魔獣と呼ばれる魔力を帯びた野生生物を襲う。
 セプテアが残忍な狩りを繰り広げるようになったのは、現在の皇帝ルドガーの両親が死んだ頃からとされている。

 善政を敷いていた前皇帝レイリーの崩御後、まだ十歳だったルドガーの後ろ盾となったのが宰相のダルメアだった。

 シーラとライオットはルドガーの身の上の心配をしたが、聡明な彼はいつも「大丈夫だ」と透明感のある笑みを浮かべ、二人の兄のように振る舞った記憶がある。

 やがて幼馴染みの三人は成長と共に、昔通りの無邪気な仲……という訳にはいかなくなった。
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