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夜のお出かけ 編
推し活と犬
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少ししてから、私は息を吐いて言った。
「……ボイレコの証拠くれたの、誰かっていうのは聞かないほうがいいですか?」
「そうだな。その社員に約束したから秘密は守るつもりだ」
「うん、分かりました」
彼が副社長としてそう言っているなら、私的な感情を見せて「教えて」なんて言えない。
ただ、別の方法で伝えたいと思った。
「私の話を聞いてくれますか? 返事がしづらかったら、私の独り言って事でいいので」
「ん、分かった」
尊さんの返事を聞いたあと、私は先日会社のトイレであった事を話した。
「……そんなわけで、学生みたいにトイレで陰口を叩かれたんですが、あとになってから同じ総務部の西川紗綾ちゃんっていう子が追いかけてきて、『応援してます』って言ってくれたんです。……なんか分からないんですが、私と尊さんとを推してくれてるみたいで」
彼は何も言わず、車を走らせている。
「彼女は私のために何をするとは言っていませんでしたが、尊さんからボイレコの話を聞いて、『紗綾ちゃんかな?』って思ったんです。でも何も証拠はありませんから、誰にも言わないでおきますね」
尊さんはしばらく黙っていたけれど、お茶を飲んでから言った。
「……世の中には、『味方になってください』って頼まなくても味方になってくれる人はいる。そういう人は朱里を深く知らなくても、その人なりの価値観で朱里を『いい』と判断して、朱里を〝推す〟と決めたんだ。親しくしていなくても、ネット越しであってもそういう事はある」
私は前を走る車を何とはなしに見ながら、尊さんの言葉を聞いていた。
「推してくれる人は、何かしらの手段で朱里を見ていたんだろう。遠巻きに見て、朱里が美人だから好きだと思ったかもしれないし、もしかしたら社食かどこかで近くにいた可能性もある。……多分、その西川さんは余程の事がなければ、自分から朱里に話しかける事はなかったと思う。でも、腹に据えかねたんだろうな。ひっそりと推し活をしていても、推しが気に食わない奴から不当に貶められていたら、一言いいたくなるだろうし」
私はコクンと頷く。
「今後、もしも西川さんから接触してくる事があったら、様子を見ながら応じていくといいと思うけど、あまり干渉してほしくなさそうだったら、積極的に声を掛けなくてもいいかもしれない。俺は〝推し〟のいる人の気持ちはよく分からんが、中には相手に認識されず、ただ仲間内でキャーキャーするとか、一人でひっそり推したい人もいるだろうし。あまり推されてる側からグイグイいかないほうがいい場合もあると思う」
「ですね。分かりました」
私の返事を聞き、尊さんはクスッと柔らかく笑う。
「朱里はずっと会社で中村さんさえいればいいって感じで、あとは割とそっけなかったけど、学生時代の傷とか、田村によって潰された自尊心とか、そういうものを守ってツンツンしていたと思う。……それでも〝推し〟だと思ってくれる人はいるんだ。人間、どこで誰に見られてるか分からない。知らない所で敵を作ってるかもしれないけど、同じぐらい味方もできているだろう。……今は俺もいるし、風磨やエミリもいる。多分、神も何かしらの応援をしてくれると思う。社外ならご家族や速水家の人たち、三ノ宮さんとか……。朱里は自分で思っている以上に推されてるから、もっと胸を張っていていいよ」
「……はい!」
嬉しくなった私は、笑顔で頷いた。
「私の推しは、言わずもがな尊さんですからね? 両手でサイリウム持って、めっちゃ全力でオタ芸します」
「俺も密かに朱里を推してるよ。オタ芸はしないけど」
「やだ~。全力で推してくださいよ」
「俺は隠密系のオタクなんだよ……」
「人をレインボーネオンオタクのように……」
「あれだな。朱里を見てると、夜間にエレクトリカルパレードみたいなネオンをつけて、散歩してる犬を思い出す。存在感がすげー強いやつ」
「可愛いじゃないですか~! 私、犬にしたら何犬ですか?」
「んー? なんだろ……。スピッツとかポメかな。フワフワでドヤ顔してるやつ」
「台風が来ると形が変わるやつですね」
私はネットで見た写真を思い出し、むふっと笑う。
「尊さんはー……、うーん、シェパードとかハスキーかな」
「涼は?」
「涼さんは人なつっこいからゴールデンレトリバー。恵はそのお腹の下にいる豆柴」
「ははっ、割とピッタリかも」
「春日さんは美しいから、サルーキ。エミリさんはコッカー・スパニエル。……耳がクリクリ毛なのが、ウエーブ髪のイメージと合ってるし、足元の毛を長くしたら優美だし。……で、神くんはボーダーコリー。明るくて頭のいいところが合ってると思う」
そこまで言ったあと、私は「あっ」と声を漏らして気まずく付け加える。
「……風磨さんはまだあんまり性格を掴めてないからパス。エミリさんからもプラモデル作りが好きとか、色々話は聞いてるんだけど、いまいち『こういう人』って分かっていなくて」
「あいつはプライベートだと割とぼんやりしてるなぁ……」
尊さんは運転しながら思い出すように言う。
「……ボイレコの証拠くれたの、誰かっていうのは聞かないほうがいいですか?」
「そうだな。その社員に約束したから秘密は守るつもりだ」
「うん、分かりました」
彼が副社長としてそう言っているなら、私的な感情を見せて「教えて」なんて言えない。
ただ、別の方法で伝えたいと思った。
「私の話を聞いてくれますか? 返事がしづらかったら、私の独り言って事でいいので」
「ん、分かった」
尊さんの返事を聞いたあと、私は先日会社のトイレであった事を話した。
「……そんなわけで、学生みたいにトイレで陰口を叩かれたんですが、あとになってから同じ総務部の西川紗綾ちゃんっていう子が追いかけてきて、『応援してます』って言ってくれたんです。……なんか分からないんですが、私と尊さんとを推してくれてるみたいで」
彼は何も言わず、車を走らせている。
「彼女は私のために何をするとは言っていませんでしたが、尊さんからボイレコの話を聞いて、『紗綾ちゃんかな?』って思ったんです。でも何も証拠はありませんから、誰にも言わないでおきますね」
尊さんはしばらく黙っていたけれど、お茶を飲んでから言った。
「……世の中には、『味方になってください』って頼まなくても味方になってくれる人はいる。そういう人は朱里を深く知らなくても、その人なりの価値観で朱里を『いい』と判断して、朱里を〝推す〟と決めたんだ。親しくしていなくても、ネット越しであってもそういう事はある」
私は前を走る車を何とはなしに見ながら、尊さんの言葉を聞いていた。
「推してくれる人は、何かしらの手段で朱里を見ていたんだろう。遠巻きに見て、朱里が美人だから好きだと思ったかもしれないし、もしかしたら社食かどこかで近くにいた可能性もある。……多分、その西川さんは余程の事がなければ、自分から朱里に話しかける事はなかったと思う。でも、腹に据えかねたんだろうな。ひっそりと推し活をしていても、推しが気に食わない奴から不当に貶められていたら、一言いいたくなるだろうし」
私はコクンと頷く。
「今後、もしも西川さんから接触してくる事があったら、様子を見ながら応じていくといいと思うけど、あまり干渉してほしくなさそうだったら、積極的に声を掛けなくてもいいかもしれない。俺は〝推し〟のいる人の気持ちはよく分からんが、中には相手に認識されず、ただ仲間内でキャーキャーするとか、一人でひっそり推したい人もいるだろうし。あまり推されてる側からグイグイいかないほうがいい場合もあると思う」
「ですね。分かりました」
私の返事を聞き、尊さんはクスッと柔らかく笑う。
「朱里はずっと会社で中村さんさえいればいいって感じで、あとは割とそっけなかったけど、学生時代の傷とか、田村によって潰された自尊心とか、そういうものを守ってツンツンしていたと思う。……それでも〝推し〟だと思ってくれる人はいるんだ。人間、どこで誰に見られてるか分からない。知らない所で敵を作ってるかもしれないけど、同じぐらい味方もできているだろう。……今は俺もいるし、風磨やエミリもいる。多分、神も何かしらの応援をしてくれると思う。社外ならご家族や速水家の人たち、三ノ宮さんとか……。朱里は自分で思っている以上に推されてるから、もっと胸を張っていていいよ」
「……はい!」
嬉しくなった私は、笑顔で頷いた。
「私の推しは、言わずもがな尊さんですからね? 両手でサイリウム持って、めっちゃ全力でオタ芸します」
「俺も密かに朱里を推してるよ。オタ芸はしないけど」
「やだ~。全力で推してくださいよ」
「俺は隠密系のオタクなんだよ……」
「人をレインボーネオンオタクのように……」
「あれだな。朱里を見てると、夜間にエレクトリカルパレードみたいなネオンをつけて、散歩してる犬を思い出す。存在感がすげー強いやつ」
「可愛いじゃないですか~! 私、犬にしたら何犬ですか?」
「んー? なんだろ……。スピッツとかポメかな。フワフワでドヤ顔してるやつ」
「台風が来ると形が変わるやつですね」
私はネットで見た写真を思い出し、むふっと笑う。
「尊さんはー……、うーん、シェパードとかハスキーかな」
「涼は?」
「涼さんは人なつっこいからゴールデンレトリバー。恵はそのお腹の下にいる豆柴」
「ははっ、割とピッタリかも」
「春日さんは美しいから、サルーキ。エミリさんはコッカー・スパニエル。……耳がクリクリ毛なのが、ウエーブ髪のイメージと合ってるし、足元の毛を長くしたら優美だし。……で、神くんはボーダーコリー。明るくて頭のいいところが合ってると思う」
そこまで言ったあと、私は「あっ」と声を漏らして気まずく付け加える。
「……風磨さんはまだあんまり性格を掴めてないからパス。エミリさんからもプラモデル作りが好きとか、色々話は聞いてるんだけど、いまいち『こういう人』って分かっていなくて」
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尊さんは運転しながら思い出すように言う。
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