上 下
414 / 454
親友の恋 編

涼の短所

しおりを挟む
 シャコシャコと歯磨きする音が聞こえ、私は着替えの用意をしながら「セレブでも歯磨きするんだ……」なんて考える。

 いや、待て。

 同じ人間だからお風呂も入るしトイレにも行くし、食べるし寝る。

 完璧な涼さんを前にして、私はどこか彼を着せ替え人形のハンサム彼氏みたいに捉えてしまっていた。

(……ちゃんと人間なんだよな)

 作り物みたいに綺麗な顔をしているけれど、呼吸をしてるし今日一日遊んで汗を掻いたからシャワーに入った。

 顔の整った俳優やアイドルみたいに〝遠い人〟に感じていたけれど、虚構にも近い存在に思える彼は、いま私の側に存在していて同じ部屋で寝ようとしている。

(付き合うようになったら、もっと人間っぽいところを見るんだろうか)

 そう思うと、失望しそうで怖い。

(でも人間同士なのに、勝手に期待して勝手に失望するなんて駄目だ。私だって全然完璧じゃないし)

 荷物の前でしゃがんだまま考えていると、洗面所から涼さんが出てきた。

「空いたよ。どうぞ」

「わっ、……は、はい」

 私はとっさに着替えをギュッと丸めて隠し、サッと立ちあがる。

 それから、何気なく聞いてみた。

「涼さんって自分の短所はどこだと思いますか?」

「え?」

 彼はベッドに座ったあと、ヘッドボードに寄りかかって少し考える。


「基本的に他人に興味がないところが一番かな。だからよく人を怒らせる」

 こんなに気遣いできて優しい彼が、人を怒らせているところなんて想像できない。

「……た、たとえばどんなふうに?」

「うーん……。女友達が彼氏の愚痴を言っていても、二割ぐらいしか聞いてない。『ふーん』『ひどいね』ぐらいしか相槌を打たないし、あとから『聞いてなかったでしょ』って言われたら『聞いてなかった』って言う。それで怒られるけど、向こうも話すだけ話してタダ飯食えるならいいんじゃないかな」

「はぁ……」

 女友達、いるんだ。

 そう思ったのを察してか、涼さんは肩をすくめて言う。

「大体の男友達に対しても同じだし、なんなら母や姉、妹に対しても同じだよ。仕事でも不必要な事は聞かない」

「逆聖徳太子みたいですね」

「あはは! 確かに。聞きながらフィルターにかけて、興味のある話かを判断してるところはあるかも」

「話半分に聞いてて分かるんですか?」

「文頭に『だってね』とか『だからさー』とかつくと、大体愚痴だったり同じ事の繰り返しが多いから、そういう時は聞き流してるかな。あとは、話を聞いててポイントになる単語がヒュッと浮かび上がるから、それを押さえておけば要点は分かる」

「わぁ……。涼さんって子供の頃から勉強できすぎじゃなかったです?」

「よく分かるね。教師には嫌われてたな。『教える範囲外の事をするな』とか『教科書以外の物を読むな』とか。教科書はパラッと読んだら理解できる事ばっかりだったし、他に興味のある分野の本を持ち込んでたら怒られたから、サボって保健室か図書室に行ってたかな。友達とも話が合わなかったし、子供の頃はキツかったな。まぁ、学校が終わったら面白い大人と話してたけど」

「あー……」

 やっぱりそういうタイプだったんだ、と思うと物凄く納得した。

「ただ、研究者タイプではなかったから、海外の大学に行って専攻を……という道にはすすまなかった。どう足掻いても会社を継ぐのは決まっていたし、お気楽な大学生活だったかな。……でも、興味を抱いたら色んな本を読んで、映画とか音楽、舞台とかで人の心を学ぼうとした。そうじゃないと働き始めたあと、人間関係うまくいかないし」

「それ、人類が滅んだあとの世界で、取り残されたロボットがするやつだ」

「あはは! 確かに!」

 涼さんは明るく笑い、私の話をちゃんと聞こうと耳からイヤフォンをとる。

 私はアルコーヴベッドに座り、遠慮がちに尋ねた。

「……じゃあ、ますます私みたいな凡人はつまらなくないですか? そんな特別な人に興味を持たれる人間だと思えません」

 そう言うと、涼さんは腕組みをして考えた。

「……この辺はうまく説明できないんだけど……。印象と感覚、感情の問題なんだよね。確かに恵ちゃんは申し訳ないけど普通だ。でも俺は色んな人と会ってきて、初対面でその人が自分にとってどういう作用を持つかを大体把握する。ほとんどの人は俺が持つものを頼ろうとするけど、恵ちゃんはそういう面をまったく見せないし、……塩味のストレートプレッツェル?」

「はい?」

 突然訳の分からない事を言われ、私は聞き返す。
しおりを挟む
感想 182

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

ナイトプールで熱い夜

狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…? この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。

青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。 その肩書きに恐れをなして逃げた朝。 もう関わらない。そう決めたのに。 それから一ヶ月後。 「鮎原さん、ですよね?」 「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」 「僕と、結婚してくれませんか」 あの一夜から、溺愛が始まりました。

処理中です...