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親友の恋 編
涼の短所
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シャコシャコと歯磨きする音が聞こえ、私は着替えの用意をしながら「セレブでも歯磨きするんだ……」なんて考える。
いや、待て。
同じ人間だからお風呂も入るしトイレにも行くし、食べるし寝る。
完璧な涼さんを前にして、私はどこか彼を着せ替え人形のハンサム彼氏みたいに捉えてしまっていた。
(……ちゃんと人間なんだよな)
作り物みたいに綺麗な顔をしているけれど、呼吸をしてるし今日一日遊んで汗を掻いたからシャワーに入った。
顔の整った俳優やアイドルみたいに〝遠い人〟に感じていたけれど、虚構にも近い存在に思える彼は、いま私の側に存在していて同じ部屋で寝ようとしている。
(付き合うようになったら、もっと人間っぽいところを見るんだろうか)
そう思うと、失望しそうで怖い。
(でも人間同士なのに、勝手に期待して勝手に失望するなんて駄目だ。私だって全然完璧じゃないし)
荷物の前でしゃがんだまま考えていると、洗面所から涼さんが出てきた。
「空いたよ。どうぞ」
「わっ、……は、はい」
私はとっさに着替えをギュッと丸めて隠し、サッと立ちあがる。
それから、何気なく聞いてみた。
「涼さんって自分の短所はどこだと思いますか?」
「え?」
彼はベッドに座ったあと、ヘッドボードに寄りかかって少し考える。
「基本的に他人に興味がないところが一番かな。だからよく人を怒らせる」
こんなに気遣いできて優しい彼が、人を怒らせているところなんて想像できない。
「……た、たとえばどんなふうに?」
「うーん……。女友達が彼氏の愚痴を言っていても、二割ぐらいしか聞いてない。『ふーん』『ひどいね』ぐらいしか相槌を打たないし、あとから『聞いてなかったでしょ』って言われたら『聞いてなかった』って言う。それで怒られるけど、向こうも話すだけ話してタダ飯食えるならいいんじゃないかな」
「はぁ……」
女友達、いるんだ。
そう思ったのを察してか、涼さんは肩をすくめて言う。
「大体の男友達に対しても同じだし、なんなら母や姉、妹に対しても同じだよ。仕事でも不必要な事は聞かない」
「逆聖徳太子みたいですね」
「あはは! 確かに。聞きながらフィルターにかけて、興味のある話かを判断してるところはあるかも」
「話半分に聞いてて分かるんですか?」
「文頭に『だってね』とか『だからさー』とかつくと、大体愚痴だったり同じ事の繰り返しが多いから、そういう時は聞き流してるかな。あとは、話を聞いててポイントになる単語がヒュッと浮かび上がるから、それを押さえておけば要点は分かる」
「わぁ……。涼さんって子供の頃から勉強できすぎじゃなかったです?」
「よく分かるね。教師には嫌われてたな。『教える範囲外の事をするな』とか『教科書以外の物を読むな』とか。教科書はパラッと読んだら理解できる事ばっかりだったし、他に興味のある分野の本を持ち込んでたら怒られたから、サボって保健室か図書室に行ってたかな。友達とも話が合わなかったし、子供の頃はキツかったな。まぁ、学校が終わったら面白い大人と話してたけど」
「あー……」
やっぱりそういうタイプだったんだ、と思うと物凄く納得した。
「ただ、研究者タイプではなかったから、海外の大学に行って専攻を……という道にはすすまなかった。どう足掻いても会社を継ぐのは決まっていたし、お気楽な大学生活だったかな。……でも、興味を抱いたら色んな本を読んで、映画とか音楽、舞台とかで人の心を学ぼうとした。そうじゃないと働き始めたあと、人間関係うまくいかないし」
「それ、人類が滅んだあとの世界で、取り残されたロボットがするやつだ」
「あはは! 確かに!」
涼さんは明るく笑い、私の話をちゃんと聞こうと耳からイヤフォンをとる。
私はアルコーヴベッドに座り、遠慮がちに尋ねた。
「……じゃあ、ますます私みたいな凡人はつまらなくないですか? そんな特別な人に興味を持たれる人間だと思えません」
そう言うと、涼さんは腕組みをして考えた。
「……この辺はうまく説明できないんだけど……。印象と感覚、感情の問題なんだよね。確かに恵ちゃんは申し訳ないけど普通だ。でも俺は色んな人と会ってきて、初対面でその人が自分にとってどういう作用を持つかを大体把握する。ほとんどの人は俺が持つものを頼ろうとするけど、恵ちゃんはそういう面をまったく見せないし、……塩味のストレートプレッツェル?」
「はい?」
突然訳の分からない事を言われ、私は聞き返す。
いや、待て。
同じ人間だからお風呂も入るしトイレにも行くし、食べるし寝る。
完璧な涼さんを前にして、私はどこか彼を着せ替え人形のハンサム彼氏みたいに捉えてしまっていた。
(……ちゃんと人間なんだよな)
作り物みたいに綺麗な顔をしているけれど、呼吸をしてるし今日一日遊んで汗を掻いたからシャワーに入った。
顔の整った俳優やアイドルみたいに〝遠い人〟に感じていたけれど、虚構にも近い存在に思える彼は、いま私の側に存在していて同じ部屋で寝ようとしている。
(付き合うようになったら、もっと人間っぽいところを見るんだろうか)
そう思うと、失望しそうで怖い。
(でも人間同士なのに、勝手に期待して勝手に失望するなんて駄目だ。私だって全然完璧じゃないし)
荷物の前でしゃがんだまま考えていると、洗面所から涼さんが出てきた。
「空いたよ。どうぞ」
「わっ、……は、はい」
私はとっさに着替えをギュッと丸めて隠し、サッと立ちあがる。
それから、何気なく聞いてみた。
「涼さんって自分の短所はどこだと思いますか?」
「え?」
彼はベッドに座ったあと、ヘッドボードに寄りかかって少し考える。
「基本的に他人に興味がないところが一番かな。だからよく人を怒らせる」
こんなに気遣いできて優しい彼が、人を怒らせているところなんて想像できない。
「……た、たとえばどんなふうに?」
「うーん……。女友達が彼氏の愚痴を言っていても、二割ぐらいしか聞いてない。『ふーん』『ひどいね』ぐらいしか相槌を打たないし、あとから『聞いてなかったでしょ』って言われたら『聞いてなかった』って言う。それで怒られるけど、向こうも話すだけ話してタダ飯食えるならいいんじゃないかな」
「はぁ……」
女友達、いるんだ。
そう思ったのを察してか、涼さんは肩をすくめて言う。
「大体の男友達に対しても同じだし、なんなら母や姉、妹に対しても同じだよ。仕事でも不必要な事は聞かない」
「逆聖徳太子みたいですね」
「あはは! 確かに。聞きながらフィルターにかけて、興味のある話かを判断してるところはあるかも」
「話半分に聞いてて分かるんですか?」
「文頭に『だってね』とか『だからさー』とかつくと、大体愚痴だったり同じ事の繰り返しが多いから、そういう時は聞き流してるかな。あとは、話を聞いててポイントになる単語がヒュッと浮かび上がるから、それを押さえておけば要点は分かる」
「わぁ……。涼さんって子供の頃から勉強できすぎじゃなかったです?」
「よく分かるね。教師には嫌われてたな。『教える範囲外の事をするな』とか『教科書以外の物を読むな』とか。教科書はパラッと読んだら理解できる事ばっかりだったし、他に興味のある分野の本を持ち込んでたら怒られたから、サボって保健室か図書室に行ってたかな。友達とも話が合わなかったし、子供の頃はキツかったな。まぁ、学校が終わったら面白い大人と話してたけど」
「あー……」
やっぱりそういうタイプだったんだ、と思うと物凄く納得した。
「ただ、研究者タイプではなかったから、海外の大学に行って専攻を……という道にはすすまなかった。どう足掻いても会社を継ぐのは決まっていたし、お気楽な大学生活だったかな。……でも、興味を抱いたら色んな本を読んで、映画とか音楽、舞台とかで人の心を学ぼうとした。そうじゃないと働き始めたあと、人間関係うまくいかないし」
「それ、人類が滅んだあとの世界で、取り残されたロボットがするやつだ」
「あはは! 確かに!」
涼さんは明るく笑い、私の話をちゃんと聞こうと耳からイヤフォンをとる。
私はアルコーヴベッドに座り、遠慮がちに尋ねた。
「……じゃあ、ますます私みたいな凡人はつまらなくないですか? そんな特別な人に興味を持たれる人間だと思えません」
そう言うと、涼さんは腕組みをして考えた。
「……この辺はうまく説明できないんだけど……。印象と感覚、感情の問題なんだよね。確かに恵ちゃんは申し訳ないけど普通だ。でも俺は色んな人と会ってきて、初対面でその人が自分にとってどういう作用を持つかを大体把握する。ほとんどの人は俺が持つものを頼ろうとするけど、恵ちゃんはそういう面をまったく見せないし、……塩味のストレートプレッツェル?」
「はい?」
突然訳の分からない事を言われ、私は聞き返す。
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