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親友の恋 編

私はこんなキャラじゃない

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(あり得ない! あり得ない! あり得ない!)

 私はズンズンと廊下を進み、何かに追い立てられるようにカチカチとエレベーターのボタンを連打していた。

 さっき不意打ちを食らって三日月さんの上半身を見た瞬間、今まで感じた事のない感覚に襲われて、すっかり動揺してしまった。

 学生時代、男子が部活前に着替えていた姿は見ていたし、何とも思わず、筆頭で『女子がいるのに着替えるのやめてよ』と文句を言っていたタイプだ。

 大学生になったあとも、朱里以外の友達の関係で社会人フットサルの試合を見に行く事もあり、友人がキャーキャー言うなか何も感じず冷静に試合を眺めていた。

 色んなバイトをして色んな人たちと関わり、告白された事もあったけど、ときめきとは無縁だった。

 むしろ好意を寄せられると『なんで私みたいなのが好きなの? もっと他に可愛い子いるでしょ』と気持ち悪くなってしまい、誰とも長続きしなかった。

 そう思う元凶は、痴漢されて自分がとても汚れたように思え、自己肯定感が著しく低くなったからだ。

 普段は弱音を吐かないし、『中村っていつも元気だよな』と言われるぐらい、男勝りな存在で通している。

 朱里と二人きりになった時も、優しい彼女を困らせたくなくてトラウマの話は避けてきた。

 だって話したとしても、とっくの昔に起こった事でどうする事もできない。

 今なら痴漢されたら大声を上げて駅員に突き出し、社会的に抹殺できるだろう。

 でも学生時代の私は無力で、一方的に汚され、支配されていた。

 あの時に大きく傷つけられた傷痕が、今の私にも影響を与えている。

 ――男なんて皆同じ。

 ――親切そうなツラをして、心の底では『ヤリたい』ばっかり。

 ――たまに篠宮さんみたいにまともな人はいるかもしれないけど、彼らみたいな〝当たり〟の相手は私なんかじゃない。

 そう思っていたから、今日三日月さんを紹介されてもまったく何も響かなかった。

 ――この人は今回だけの付き合い。

 ――ランドのメインは朱里と篠宮さんのデートで、そのついでに私に声を掛けてくれただけ。

 ――適当に話を合わせて、二泊三日空気を悪くしなければミッションクリア。

 ……そう思っていたはずだった。

(なのに何なの? 男の上半身を見たぐらいで〝ドキッ〟って!)

 見事なまでの王道の〝ドキッ〟があまりに馬鹿らしくて、自分を殴ってやりたい。

(私はこんなキャラじゃないでしょ! 今さら男にときめくなんてあり得ないんだから! それに物凄い御曹司で美形な上に高身長・高学歴・高収入? 3高なんて昭和じゃないんだから!)

 私は自分に盛大な突っ込みを入れ、イライラしてエレベーターのボタンを連打し続ける。

 ――と。

「恵ちゃん?」

 タッタッ……と走ってくる足音が聞こえ、三日月さんがこちらにやってくる。

(ふんぎゃー!!)

 いま最も会いたくない男ナンバーワンが近づき、私はクワッと目を見開く。

 私が猫なら、尻尾がボワッと膨らんでいただろう。

 慌ててエレベーターホールを通り過ぎたほうへ歩き始めると、三日月さんが大股に歩み寄って私の腕を捉えてきた。

「待ってよ」

「…………っ」

 ブンッと腕を振って彼の手を払おうとしたけれど、三日月さんは私の手を痛くならない力加減で握ったままだ。

 諦めた私はふてくされた顔で視線を逸らし、黙り込む。

(……こんなはずじゃなかった。こんな子供みたいな態度をとるつもりはなかった。朱里と篠宮さんのデートに呼んでもらえたのに、何やってんの? 私)

 物凄い後悔と自己嫌悪に苛まれていると、三日月さんはロビーを見下ろすバルコニーにもたれ掛かって言う。

「俺の事が気に食わない?」

 そう尋ねられ、私は溜め息をついてから「いいえ」と答える。

「……何が『違う』のか聞いてもいい?」

 斜め上から私を見下ろす三日月さんは、大人の余裕たっぷりで、それがまた悔しい。

 私はもう一度溜め息をつき、気持ちを落ち着けてから顔を上げて言った。

「すみません! ちょっと嫌な事を思いだして混乱しました。なんでもないので戻りましょうか」

 けれど、三日月さんはそれで〝終わり〟にしてくれなかった。
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