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大切な話 編

会いに行ってみませんか?

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 私たちはしばらく、そのまま抱き合っていた。

 やがて私は体を離し、尊さんの顔を覗き込む。

 この一週間、彼は新副社長として精力的に働いてきたけれど、とても張り詰めた雰囲気を発していた。

 私は新しい環境になったゆえの緊張と思っていたけれど、今思えば宮本さんの事を一人で抱えていたからだろう。

(……三日後って言ったのは……)

 あの日、私は女友達と遊んで帰り、尊さんの苦しみに気付けずペラペラと楽しかった思い出を語っていた。

 きっと尊さんの事だから、〝楽しかった一日〟にしようと気遣ってくれたんだろう。

 その気遣いに感謝しつつも、少し寂しさを覚えた。

(気遣われる側じゃなくて、対等に支え合えるようになりたい)

 グッと目の奥に決意を宿した私は、尊さんの手を握って言った。

「手紙に連絡先が書いてありましたよね。今、連絡してみたらどうですか?」

「えっ?」

 彼はギョッとして私を見ると、「なに言ってるんだお前」という顔をする。

「尊さんの事だから、私に気を遣って『会わないから安心しろ』って言おうとしてたんじゃないですか? でも本当は宮本さんとすれ違って無視してしまっていた事を、ちゃんと謝りたいと思っていますよね? 怜香さんがしでかした事についても、あなたに責任はないとはいえ謝りたいと思ってる。……違いますか?」

 そう言うと、彼は表情を歪めて視線を逸らす。

「私、尊さんが思ってるより大人ですよ。あなたが私の事を大好きで堪らない事を知っていますし、婚約指輪を買う段階まで関係が進んでいるのに、今さら尊さんが人妻になびく訳がないって知っています」

 胸を張って鼻息荒く言うと、尊さんは私を見てクシャリと表情を歪めて笑う。

 そして愛しげな表情で私の頬に触れると、コツンと額をつけて鼻を擦り合わせ、チュッとキスをしてきた。

「朱里は俺の人生史上、最高の女だよ」

 そう言われ、私は満面の笑みでドヤ顔をする。

「でしょう……。へへん」

 本当は「自信満々」とは言い切れない。

 彼の愛情は疑っていないけれど、宮本さんが素晴らしく魅力的な女性だと知った以上、尊さんが彼女に未練を抱かないか、不安を抱いてしまう。

 でもここで子供っぽく「会いに行かないで」とか「私を選んで」と言うのは百パーセント間違えていると分かってる。

 そんな事を言えば、優しい尊さんは私を最優先するに決まってるし、二度と宮本さんの話題をしなくなるだろう。

 私はそんな事を望んでいないし、わだかまりがなくなってスッキリした尊さんと結婚したい。

 望まない未来に怯えて後手に回り、嫌な結果を迎えるぐらいなら、自分でどんどん選択して「私が選んだ事だから」と納得したい。

 ――大丈夫。

 ――私は尊さんに愛されてるし、周りの人たちにも祝福されている。

 ――今さら、私たちは揺らがない。

 私は自分に言い聞かせ、さらに言う。

「宮本さんに連絡してみて、彼女がいいって言ったら会いに行ってみませんか? 私も一緒に行きたいです。電話やメッセージで用事を済ませるより、実際に会って話したほうが分かり合えると思います。文字だけの『ごめんなさい』より、相手の目を見つめて心を込めて謝れば、きっと伝わります」

 彼を見つめて訴えかけると、尊さんはしばし軽く瞠目して私を見ていたけれど、優しく笑って頭を撫でてきた。

「……なんか、控えめに言って最高だな」

「え? 何がです? ……わ、あんまりクシャクシャしたら。……わっ」

 あんまりにも尊さんがワシャワシャ頭を撫でるので、私はクスクス笑って彼の腕にしがみつく。

 そのあと尊さんはまた私を抱き締め、息を吐いて言う。

「……俺の中で朱里は、ずっと『守るべき存在』だったんだ。あの橋で出会った時から、今どうしてるか、また泣いてないか気に掛け続けてきた。会社に引き入れてからも、仕事で躓くたびに手を差し伸べたくて堪らなくなって必死に我慢してた。……年齢も離れてるし、一時は妹に重ねて見ていた事もあり、俺の中で朱里は庇護の対象だった」

 そこまで言ったあと、彼は破顔する。

「成長して、大人の女性になったな。……すげぇ誇らしい」

 言われて、女性として求められた時と同じぐらいの喜びを感じた。

「……うん。朱里と結婚して、夫婦生活を送るにあたって、凄く楽しくやっていけそうだって思える。きっとお前は母親になっても明るさを忘れず、賢く正しく子供を導いていく人になれる気がする。……勿論、俺も全力で育児するけどな」

「はい!」

 私はにっこりと笑い、尊さんに抱きつく。
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