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大切な話 編
凄い人ですね
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「……ありがとう」
尊さんは私が抵抗せずに受け入れると知って安心しつつも、乗り気でない雰囲気を発している。
「……宮本さんがいなくなった理由、あまり良くない話なんですね」
そう言うと、尊さんは視線を落として頷く。
「ちょっと待ってくれ」
彼は立ちあがり、一旦リビングを出て行く。
それから四通の手紙を持ってすぐに戻ってきた。
「これは宮本から送られて来た手紙で、このマンション宛てだったらしいが、怜香の手の者がチェックして抜き取っていたそうだ。コンシェルジュのいるセキュリティの厳しいマンションと思っているが、大企業の社長夫人の〝母〟の名前を出されれば嫌でも信用せざるを得なかったんだろう。コンシェルジュに話をしたら平身低頭謝られて、今後は必ず俺に確認をとると言ってくれた」
手紙をテーブルの上に置いた尊さんは、軽く溜め息をつく。
〝母〟の立場を利用して、たとえば『息子がストーカー被害に遭っているようで心配だから、本人が郵便物を見る前に確認したい』など理由をつければ、コンシェルジュだって承諾したかもしれない。
当時、この立派なマンションを契約した尊さんが二十台前半だったというのも、理由にあるかもしれない。
以前に尊さんから過去の話を聞いた時、帰宅したら怜香さんがいて彼に心ない言葉を浴びせたと教えられた。
その時も郵便物を確認していたかもしれないし、尊さんを追い詰めるためのネタがないか探していたとも考えられる。
「……読んでもいいんですか?」
シンプルな白い封筒を見て尋ねると、彼はまた溜め息をついて脚を組んだ。
「構わない。……が、これだけ見ても事態のすべては分からない。宮本は俺に心配させまいと、自分がどんな目に遭ったかをいっさい語っていない。……だから俺が、風磨から聞いた話をする」
頷くと、尊さんは暗い目をして言う。
「女性には酷な話で、とても嫌な想いをすると思う」
その表現だけで、大体の事は察した。
「大丈夫です。覚悟しています」
承諾した私を見てから、尊さんはポツポツと十年前、宮本さんの身に何があったのかを語り始めた。
すべて聞き終わったあと、私は宮本さんの手紙を読んで涙を流していた。
正直、尊さんがとても愛していた女性だったという意味で、あまり宮本さんの事は知りたくなかった。……けど、気になって仕方がなかった。
尊さんの思い出の彼女があまりに綺麗で、本当はもっと人間らしい、嫌なところもある人だったらいいな、なんて醜い事を思ってしまっていた。
十年前に彼女がいなくなったから、いま私は尊さんの隣にいられる。
だから自分を脅かすかもしれない宮本さんに、あまり肩入れしたくないと思ってしまっていたけれど、――語られた真実はあまりに残酷だった。
――彼女はどんな想いで伊形社長に犯されたんだろう。
怜香さんの要求を呑めばそんな目に遭わずに済んだのに、宮本さんは尊さんをまっすぐに想い続けた。
そして手紙を出しても一切返事をしなかった尊さんを、もしかしたら恨み、憎んだかもしれない。
手紙にも書かれていない場所で、宮本さんは一人、血を吐くような苦しみと闘い続けた。
地元は広島だし、学生時代の友達と連絡は取れても、一緒に飲んで愚痴を吐くなどはできなかったはずだ。
篠宮フーズに入社して知り合った人たちとは一年そこそこの仲だから、経理部部長にそんな目に遭わされたなど言えなかっただろう。
勿論、家族にも言える訳がなく、彼女は二十五歳で東京を去るまで三年間、孤独に戦い続けてきた。
「……凄い人ですね……」
私はこんなに誇り高い人を他に知らない。
自分が同じ目に遭ったとしても、宮本さんのように尊さんに恨みの感情を向けず、潔く立ち去る事ができるか自信がない。
「手紙をくれたと知らなかったとはいえ、あまりに残酷な事をした」
そう言う尊さんの声は、悔恨に満ちている。
涙は流していなかったけれど、尊さんが泣いているように感じたので、私は彼をギュッと抱き締めた。
「……大丈夫ですよ。……きっと、大丈夫。宮本さんは広島で幸せな家庭を築いて、尊さんの事を許してくれているはずです」
トントンと彼の背中を叩くと、尊さんは熱く震える息を吐いた。
尊さんは私が抵抗せずに受け入れると知って安心しつつも、乗り気でない雰囲気を発している。
「……宮本さんがいなくなった理由、あまり良くない話なんですね」
そう言うと、尊さんは視線を落として頷く。
「ちょっと待ってくれ」
彼は立ちあがり、一旦リビングを出て行く。
それから四通の手紙を持ってすぐに戻ってきた。
「これは宮本から送られて来た手紙で、このマンション宛てだったらしいが、怜香の手の者がチェックして抜き取っていたそうだ。コンシェルジュのいるセキュリティの厳しいマンションと思っているが、大企業の社長夫人の〝母〟の名前を出されれば嫌でも信用せざるを得なかったんだろう。コンシェルジュに話をしたら平身低頭謝られて、今後は必ず俺に確認をとると言ってくれた」
手紙をテーブルの上に置いた尊さんは、軽く溜め息をつく。
〝母〟の立場を利用して、たとえば『息子がストーカー被害に遭っているようで心配だから、本人が郵便物を見る前に確認したい』など理由をつければ、コンシェルジュだって承諾したかもしれない。
当時、この立派なマンションを契約した尊さんが二十台前半だったというのも、理由にあるかもしれない。
以前に尊さんから過去の話を聞いた時、帰宅したら怜香さんがいて彼に心ない言葉を浴びせたと教えられた。
その時も郵便物を確認していたかもしれないし、尊さんを追い詰めるためのネタがないか探していたとも考えられる。
「……読んでもいいんですか?」
シンプルな白い封筒を見て尋ねると、彼はまた溜め息をついて脚を組んだ。
「構わない。……が、これだけ見ても事態のすべては分からない。宮本は俺に心配させまいと、自分がどんな目に遭ったかをいっさい語っていない。……だから俺が、風磨から聞いた話をする」
頷くと、尊さんは暗い目をして言う。
「女性には酷な話で、とても嫌な想いをすると思う」
その表現だけで、大体の事は察した。
「大丈夫です。覚悟しています」
承諾した私を見てから、尊さんはポツポツと十年前、宮本さんの身に何があったのかを語り始めた。
すべて聞き終わったあと、私は宮本さんの手紙を読んで涙を流していた。
正直、尊さんがとても愛していた女性だったという意味で、あまり宮本さんの事は知りたくなかった。……けど、気になって仕方がなかった。
尊さんの思い出の彼女があまりに綺麗で、本当はもっと人間らしい、嫌なところもある人だったらいいな、なんて醜い事を思ってしまっていた。
十年前に彼女がいなくなったから、いま私は尊さんの隣にいられる。
だから自分を脅かすかもしれない宮本さんに、あまり肩入れしたくないと思ってしまっていたけれど、――語られた真実はあまりに残酷だった。
――彼女はどんな想いで伊形社長に犯されたんだろう。
怜香さんの要求を呑めばそんな目に遭わずに済んだのに、宮本さんは尊さんをまっすぐに想い続けた。
そして手紙を出しても一切返事をしなかった尊さんを、もしかしたら恨み、憎んだかもしれない。
手紙にも書かれていない場所で、宮本さんは一人、血を吐くような苦しみと闘い続けた。
地元は広島だし、学生時代の友達と連絡は取れても、一緒に飲んで愚痴を吐くなどはできなかったはずだ。
篠宮フーズに入社して知り合った人たちとは一年そこそこの仲だから、経理部部長にそんな目に遭わされたなど言えなかっただろう。
勿論、家族にも言える訳がなく、彼女は二十五歳で東京を去るまで三年間、孤独に戦い続けてきた。
「……凄い人ですね……」
私はこんなに誇り高い人を他に知らない。
自分が同じ目に遭ったとしても、宮本さんのように尊さんに恨みの感情を向けず、潔く立ち去る事ができるか自信がない。
「手紙をくれたと知らなかったとはいえ、あまりに残酷な事をした」
そう言う尊さんの声は、悔恨に満ちている。
涙は流していなかったけれど、尊さんが泣いているように感じたので、私は彼をギュッと抱き締めた。
「……大丈夫ですよ。……きっと、大丈夫。宮本さんは広島で幸せな家庭を築いて、尊さんの事を許してくれているはずです」
トントンと彼の背中を叩くと、尊さんは熱く震える息を吐いた。
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