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恋せよ乙女 編

失礼に当たると思いますか?

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「……なら良かった」

 彼が口にしたのは短い感想だったけれど、表情を見れば本音だと分かる。

 そのあと、神くんは小さく息を吐いてから言った。

「僕には最近まで好きな女性がいました。その女性には素敵な彼氏がいて、ダメ元で告白し、未練がましくプレゼントをしてでも、僕の事を少し思いだしてほしいと思っていました」

 彼の言葉を聞き、私はドキッとする。

 チラッと春日さんの表情を窺うと、彼女は真剣な顔で神くんの言葉の続きを待っていた。

「その女性については見込みなしと思い、諦めるつもりでいました。ですがまだ、心の底には少しの未練があります。……そんな状態で春日さんのほうを向くのは、失礼に当たると思いますか? 春日さんご自身にも、他の皆さんにもお聞きしたいです」

 それを聞いて、神くんが遠回しに私に許可を求めているのだと悟った。

 仮にも先日の送別会で高価なプレゼントを贈った手前、とても素敵な春日さんが相手とはいえ、目の前ですぐ乗り換えるような真似をして不誠実、真剣じゃなかったと思われるのを怖れての事だろう。

「私はいいと思います」

 まっさきに答えたのは春日さんだ。

「未練があってまだアプローチしたいと思うなら別ですが、諦めようとしているなら失礼でも何でもありません。とても好きだったなら、スパッと想いを絶ちきろうとしても難しいでしょう。それだけ魅力的な女性だったんだと思いますし」

 そう言ったあと、春日さんは真っ赤な顔でニコッと笑った。

「でも、私のほうを向いてもらえるよう、全力で頑張るつもりです! 私と一緒にいたらとても楽しい時間を過ごせると、プレゼンして実行して、ユキくんを幸せにしたいです。その女性もとても魅力的だったと思いますが、『春日に乗り換えて良かった』と思わせてみせます!」

 言い切った春日さんを見て、改めてとても素敵な女性だなと感じた。

 神くんの想い人が私だと知らないとはいえ、彼の好きだった人を決して否定せず〝素敵な人〟とした上で、自分ならさらにその上をいけると断言する。

 決して恋愛経験豊富とはいえず、むしろ失敗し続けた彼女だけど、自分を売り込むにあたって神くんの前で不安な面を決して出さない。

 ビジネスでの営業のように、自社製品に自信を持ち、全力で売り込む。そんな精神を見た気がした。

 ――幸せになってほしいな。

 私は二人について心からそう思い、挙手した。

「私もいいと思う。春日さんなら神くんを幸せにしてくれると思うし、その女性だって想いに応えられなかったとはいえ、神くんなら〝素敵な人〟と思っただろうし『幸せになってほしい』と願っていたと思う。新しい道を選んで前に進む事が、何よりもその女性のためになるんじゃないかな」

 言葉を選んで答えると、隣で神くんが小さく息をついて笑った。

「私も春日さんを推したいわ。彼女、お嬢様らしからぬ所はあるけれど、とてもいい人だもの。今はまだ出会ったばかりで、彼女も猪突猛進に告白してお互い戸惑っていると思うけど、恋愛なんて実際にデートしてみないと、いいか悪いかなんて分からないわ。机上の理論で考えるより、まず実践あるのみよ。三回ぐらいデートして、それから考えるぐらいでいいんじゃない?」

 行動派なエミリさんの言葉のあと、恵も口を開く。

「私も同じ意見。春日さんとは今日会ったばかりで、友達だから彼女の味方をしたいって訳じゃない。でもお互いフリーで第一印象が悪くないなら、まず二人きりで話してもっと知り合っていくべきだと思う。春日さんはあまりいい出会いがなかったみたいだし、神くんだって社会人になって元カノと別れてから、そのスペックで彼女がいなかったんでしょ? ハイスペック同士釣り合うと思うし、まずデートしてみるのはアリだと思う」

 四人の意見を聞いたあと、神くんはニコッと笑ってスマホを出した。

「じゃあ、春日さん。連絡先を聞いてもいいですか? 後日、お互いのスケジュールを擦り合わせてデートをしましょう。行きたい所、食べたい物があったら意見をください。車も出せますから、ドライブも可能ですよ」

「ふぁっ、……ははははい!」

 春日さんはワタワタとスマホを出すと、マナーモードみたいに震える手で操作し、メッセージアプリのIDを交換する。

「皆さんは今日、どういう集まりだったんですか?」

 神くんが尋ね、エミリさんが答える。

「朱里さんが、私たちに恵さんを紹介してくれたの。そのランチ会はもう終わったわ」

「じゃあ、春日さんのこれからの時間をもらっても構いませんか?」

 神くんは思い立ったら即行動らしく、彼女に向けて笑いかける。

「どうぞ! 私たちはいつでも会えるので!」

 ニッコニコして答えると、エミリさんと恵も同様に返事をする。

 残された春日さんは真っ赤になって、口をキュッと閉じつつも、コクコクコクと小動物のように小刻みに頷いていた。

 頑張って!
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