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猫洗い 編

猫洗い開始

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「いずれ話す」

「…………はい、分かりました」

 私は小さな声で返事をする。

 ハッキリ言われてしまった以上、これ以上しつこくしたら駄目だ。

 ――やっぱり話してもらえなかった。

 今まで尊さんは何でも私の言う事を聞いてくれ、肯定してくれていたからか、明確に線引きされると多少なりとも落ち込んでしまう。

(甘えすぎていたのかもしれない。誰だって秘密ぐらい持つし)

 ――いや、そうじゃない。『いずれ話す』って言ってくれた。

 ――教えてくれるのは〝今〟じゃないというだけ。

 ――だから傷付く必要はない。

 ギュッと尊さんを抱き締めたまま考えていると、彼が「ごめんな」と言って私の体を少し離し、見つめてくる。

「意地悪して遠ざけたい訳じゃないんだ。朱里に関わる事で、もしかしたらお前が傷付くかもしれないから、慎重に情報を見極めてから伝えたい。……分かってくれるか?」

「……はい」

 今度は先ほどより素直に頷く事ができた。

 同時に、ジワッと涙が溢れてしまう。

(尊さんはこんな時でも私の事を一番に考えてくれている。……守られてるんだなぁ)

 指先で涙を拭うと、尊さんは困ったように笑った。

「泣くなよ」

「泣いてませんよ。目から汗が出たんです。デトックスです」

「ぶふっ」

 とっさの冗談に尊さんは噴き出し、私を膝の上にのせたままクツクツと笑う。

「そうだよ、お前はそういう女だよ」

「本当はちょっと落ち込んだんですけど、尊さんが私の事を考えてくれてるって分かったので、逆に感動したんです」

 正直に言うと、彼は小さく笑う。

「俺の頭の中は、朝から晩まで朱里の事ばかりだよ」

「朱里Aから朱里Zまで、ちっちゃいのが色んな事をしてるんですね」

「ちょっと待て。それは妄想が追い付かない。勝手に頭の中で暴れてそうだ」

 尊さんは朗らかに笑い、親指と人差し指とで十センチぐらいの隙間を作り、その空間をジーッと見る。

「…………可愛いな……」

「やだもう。冗談ですって。本物がここにいるんですから、本物を可愛がってください」

 そう言うと、尊さんは私をジッと見たあとに「よし」と立ちあがった。

「猫洗い開始!」

「スイッチ入った!」

「そーら、洗うぞ!」

 尊さんは私を抱えて洗い場に立ち、シャワーで椅子を流したあと、そこに私を座らせた。

 そしてヘアクリップを取り、目の粗いブラシで丁寧に私の髪を梳いたあと、俯かせてから頭にシャワーをかけてきた。

 丁寧に優しく湯洗いしてもらえるのが気持ちよく、私は目を閉じてされるがままになる。

「……尊さんのお風呂屋さん、気持ちいいですね。お金取れるかも」

「………………〝お風呂屋さん〟って微妙な仕事になりそうだから、ネーミングを再検討」

「えー」

 たわいのない話をしながら尊さんはたっぷり時間を使って湯洗いし、シャンプーを手に取って泡立ててからシャクシャクと髪を洗っていく。

「……気持ちいい……」

「痒い所はございませんか?」

「…………背中」

「そっちかよ」

 笑いながら、尊さんは一応背中を掻いてくれる。

 美容室で教えてもらった時は、あまり頭皮の汚れが酷い時はシャンプーを二回するといいらしいけれど、毎日洗っている人なら湯洗いをしっかりすれば一回のシャンプーでいいらしい。

 尊さんはシャワーで泡を流し、次にトリートメントを毛先から髪に馴染ませ、目の粗い櫛で梳かす。

 それからいつも私がお風呂の中で使っている、インバス用のヘアアイロンを使って、トリートメントを髪に浸透させていく。

 終わるとヘアクリップで髪を纏め、もう一度体にシャワーを掛けてからボディソープを手に取った。

「ん……」

 背中をヌルヌルと素手で洗われ、私は思わず声を漏らす。

(やらしくない、やらしくない。煩悩を捨てろ)

 私の頭の中で、三月だというのに除夜の鐘が鳴り始めた。目指せ百八回。

 尊さんの手は肩や二の腕を滑り、腋まで洗ってくる。

「あひゃんっ」

 けれどデリケートな場所を触られ、思わず変な声を漏らしてしまった。
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