331 / 454
帰宅して 編
私に隠し事してる?
しおりを挟む
「尊さん」
「ん?」
「両手を上げて」
彼は言われた通りに両手を上げ、私はススス……と彼の側に寄った。
「朱里ちゃんを抱き締めて」
「喜んで」
そういう要望なら、と尊さんは笑顔で私を抱き締めてくれる。
けれどなんだかむず痒くて、「ひひひひ……」と笑ってしまう。
「なんだよ」
「自分で〝ちゃん〟づけしちゃった。しかも『抱き締めて』とか」
今のはノリでやったけれど、素だと恥ずかしくてなかなか言えない。
「いいんじゃないか? 朱里は可愛いし、どれだけでも甘えてくれよ。俺は甘えに飢えてるから」
「……の割には、係長が『話聞いてくださいよー』って泣きついた時は、軽くあしらってますよね」
「朱里限定だっつの。これ、これこれこれこれ」
そう言いながら、尊さんは私の鼻先をツンツンつつく。
「やめて……っ、豚になっちゃう……っ」
「こうか」
尊さんが私の鼻先をクニュと押し上げたので、思わず期待に応えて「ぶひぃ」と言ってしまった。
その途端、尊さんは手を放して笑い始め、私もつられて笑う。
二人で笑ってお湯をチャプチャプさせたあと、なんとなく二人で抱き合い、黙ってジャズに耳を澄ませた。
「……お前が愛しくて、どうにかなっちまいそうだ」
けれどいきなりそんな事を言うので、照れて耳まで真っ赤になってしまう。
「おだてても、粗品ぐらいしか出ませんよ」
「使用済みタオル?」
「やだもう!」
ペチンと尊さんの胸板を叩いたあと、また二人でクスクス笑う。
「……でも良かったぁ……。これで何かあった時、すぐに百合さん達の所に行けますね」
「……そうだな。もう少ししたら五月、六月になるし、母の日……とか、孫がやったら変かな」
「いいと思います!」
私はパァッと表情を明るくし、うんうんと頷く。
「確かに、子供、孫世代から色々もらってるかもしれませんが、みんな尊さんの境遇は分かっています。『受け取ってほしい』って言ったら、きっと快くもらってくれますよ」
「そうかな。……じゃあ、あまり負担にならない物を考えておくか」
「はい!」
返事をしつつ、私は自分のところの両親にも何か贈らないとな……とぼんやり考える。
「朱里」
「はい?」
思考にふけっていたところ声を掛けられ、私は顔を上げて微笑む。
尊さんは私を見つめて何だか複雑な表情をしていたけれど、ぎこちなく笑って言葉を続ける。
「また仕切り直しをして、指輪を決めに行かないとな」
「あっ、そうだった」
泣く子も黙るハイジュエリーブランドの数々を思いだし、私は「うーん」とうなる。
尊さんは「好きなのを選んでいい」と言ってくれているのに、なかなか決められないなんて贅沢な悩みだ。
そう思いながらも、私は先日から感じている彼の微妙な雰囲気に、どう対応したものかと悩む。
彼は多分、私に関する隠し事をしている。
でも正面から打ち明けられずにいる。
(突っ込まれたくない雰囲気があるのに、無理に聞くのは良くないよね。困らせたくないし……。いつか話してくれる時がくるのかな)
尊さんに抱きついた体勢で考え込み、溜め息をつくと背中を撫でられる。
彼の顔が見えていないのをいい事に、思い切って聞いてみる事にした。
「……尊さん、私に隠し事してる?」
彼は少し沈黙したあと、静かに息を吐く。
「……あると言えばある」
「私は知らないほうがいい事?」
さらに尋ねると、彼はしばし黙ったあと、言いにくそうに返事をした。
「ん?」
「両手を上げて」
彼は言われた通りに両手を上げ、私はススス……と彼の側に寄った。
「朱里ちゃんを抱き締めて」
「喜んで」
そういう要望なら、と尊さんは笑顔で私を抱き締めてくれる。
けれどなんだかむず痒くて、「ひひひひ……」と笑ってしまう。
「なんだよ」
「自分で〝ちゃん〟づけしちゃった。しかも『抱き締めて』とか」
今のはノリでやったけれど、素だと恥ずかしくてなかなか言えない。
「いいんじゃないか? 朱里は可愛いし、どれだけでも甘えてくれよ。俺は甘えに飢えてるから」
「……の割には、係長が『話聞いてくださいよー』って泣きついた時は、軽くあしらってますよね」
「朱里限定だっつの。これ、これこれこれこれ」
そう言いながら、尊さんは私の鼻先をツンツンつつく。
「やめて……っ、豚になっちゃう……っ」
「こうか」
尊さんが私の鼻先をクニュと押し上げたので、思わず期待に応えて「ぶひぃ」と言ってしまった。
その途端、尊さんは手を放して笑い始め、私もつられて笑う。
二人で笑ってお湯をチャプチャプさせたあと、なんとなく二人で抱き合い、黙ってジャズに耳を澄ませた。
「……お前が愛しくて、どうにかなっちまいそうだ」
けれどいきなりそんな事を言うので、照れて耳まで真っ赤になってしまう。
「おだてても、粗品ぐらいしか出ませんよ」
「使用済みタオル?」
「やだもう!」
ペチンと尊さんの胸板を叩いたあと、また二人でクスクス笑う。
「……でも良かったぁ……。これで何かあった時、すぐに百合さん達の所に行けますね」
「……そうだな。もう少ししたら五月、六月になるし、母の日……とか、孫がやったら変かな」
「いいと思います!」
私はパァッと表情を明るくし、うんうんと頷く。
「確かに、子供、孫世代から色々もらってるかもしれませんが、みんな尊さんの境遇は分かっています。『受け取ってほしい』って言ったら、きっと快くもらってくれますよ」
「そうかな。……じゃあ、あまり負担にならない物を考えておくか」
「はい!」
返事をしつつ、私は自分のところの両親にも何か贈らないとな……とぼんやり考える。
「朱里」
「はい?」
思考にふけっていたところ声を掛けられ、私は顔を上げて微笑む。
尊さんは私を見つめて何だか複雑な表情をしていたけれど、ぎこちなく笑って言葉を続ける。
「また仕切り直しをして、指輪を決めに行かないとな」
「あっ、そうだった」
泣く子も黙るハイジュエリーブランドの数々を思いだし、私は「うーん」とうなる。
尊さんは「好きなのを選んでいい」と言ってくれているのに、なかなか決められないなんて贅沢な悩みだ。
そう思いながらも、私は先日から感じている彼の微妙な雰囲気に、どう対応したものかと悩む。
彼は多分、私に関する隠し事をしている。
でも正面から打ち明けられずにいる。
(突っ込まれたくない雰囲気があるのに、無理に聞くのは良くないよね。困らせたくないし……。いつか話してくれる時がくるのかな)
尊さんに抱きついた体勢で考え込み、溜め息をつくと背中を撫でられる。
彼の顔が見えていないのをいい事に、思い切って聞いてみる事にした。
「……尊さん、私に隠し事してる?」
彼は少し沈黙したあと、静かに息を吐く。
「……あると言えばある」
「私は知らないほうがいい事?」
さらに尋ねると、彼はしばし黙ったあと、言いにくそうに返事をした。
124
お気に入りに追加
1,216
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ナイトプールで熱い夜
狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…?
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!
臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。
やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。
他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。
(他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)
一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。
青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。
その肩書きに恐れをなして逃げた朝。
もう関わらない。そう決めたのに。
それから一ヶ月後。
「鮎原さん、ですよね?」
「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」
「僕と、結婚してくれませんか」
あの一夜から、溺愛が始まりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる