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帰宅して 編

私に隠し事してる?

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「尊さん」

「ん?」

「両手を上げて」

 彼は言われた通りに両手を上げ、私はススス……と彼の側に寄った。

「朱里ちゃんを抱き締めて」

「喜んで」

 そういう要望なら、と尊さんは笑顔で私を抱き締めてくれる。

 けれどなんだかむず痒くて、「ひひひひ……」と笑ってしまう。

「なんだよ」

「自分で〝ちゃん〟づけしちゃった。しかも『抱き締めて』とか」

 今のはノリでやったけれど、素だと恥ずかしくてなかなか言えない。

「いいんじゃないか? 朱里は可愛いし、どれだけでも甘えてくれよ。俺は甘えに飢えてるから」

「……の割には、係長が『話聞いてくださいよー』って泣きついた時は、軽くあしらってますよね」

「朱里限定だっつの。これ、これこれこれこれ」

 そう言いながら、尊さんは私の鼻先をツンツンつつく。

「やめて……っ、豚になっちゃう……っ」

「こうか」

 尊さんが私の鼻先をクニュと押し上げたので、思わず期待に応えて「ぶひぃ」と言ってしまった。

 その途端、尊さんは手を放して笑い始め、私もつられて笑う。

 二人で笑ってお湯をチャプチャプさせたあと、なんとなく二人で抱き合い、黙ってジャズに耳を澄ませた。

「……お前が愛しくて、どうにかなっちまいそうだ」

 けれどいきなりそんな事を言うので、照れて耳まで真っ赤になってしまう。

「おだてても、粗品ぐらいしか出ませんよ」

「使用済みタオル?」

「やだもう!」

 ペチンと尊さんの胸板を叩いたあと、また二人でクスクス笑う。

「……でも良かったぁ……。これで何かあった時、すぐに百合さん達の所に行けますね」

「……そうだな。もう少ししたら五月、六月になるし、母の日……とか、孫がやったら変かな」

「いいと思います!」

 私はパァッと表情を明るくし、うんうんと頷く。

「確かに、子供、孫世代から色々もらってるかもしれませんが、みんな尊さんの境遇は分かっています。『受け取ってほしい』って言ったら、きっと快くもらってくれますよ」

「そうかな。……じゃあ、あまり負担にならない物を考えておくか」

「はい!」

 返事をしつつ、私は自分のところの両親にも何か贈らないとな……とぼんやり考える。

「朱里」

「はい?」

 思考にふけっていたところ声を掛けられ、私は顔を上げて微笑む。

 尊さんは私を見つめて何だか複雑な表情をしていたけれど、ぎこちなく笑って言葉を続ける。

「また仕切り直しをして、指輪を決めに行かないとな」

「あっ、そうだった」

 泣く子も黙るハイジュエリーブランドの数々を思いだし、私は「うーん」とうなる。

 尊さんは「好きなのを選んでいい」と言ってくれているのに、なかなか決められないなんて贅沢な悩みだ。

 そう思いながらも、私は先日から感じている彼の微妙な雰囲気に、どう対応したものかと悩む。

 彼は多分、私に関する隠し事をしている。

 でも正面から打ち明けられずにいる。

(突っ込まれたくない雰囲気があるのに、無理に聞くのは良くないよね。困らせたくないし……。いつか話してくれる時がくるのかな)

 尊さんに抱きついた体勢で考え込み、溜め息をつくと背中を撫でられる。

 彼の顔が見えていないのをいい事に、思い切って聞いてみる事にした。

「……尊さん、私に隠し事してる?」

 彼は少し沈黙したあと、静かに息を吐く。

「……あると言えばある」

「私は知らないほうがいい事?」

 さらに尋ねると、彼はしばし黙ったあと、言いにくそうに返事をした。
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