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祖父母と孫 編

最高の『猫踏んじゃった』

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「じゃあ、いきます。間違えたらごめんなさい!」

 私は学生時代の記憶を頼りに、黒鍵に指を滑らせた。

 弾き始めると弥生さんが高い音で『猫踏んじゃった』の連弾用のメロディーをアレンジ付きで弾き始め、下では尊さんがジャズのリズムでベースを弾く。

 すると大地さんがチェロでベースの補填をし、小牧さんが弥生さんと同じメロディーを、スピッカートやピチカートなど奏法を変えて陽気な雰囲気で飾っていった。

 ――なにこれ、楽しい。

 私はただ普通に子供でもできる『猫踏んじゃった』を弾いているだけなのに、周りの神4がとても豪華に飾ってくれる。

 普段着で普通に散歩しているのに、サンバカーニバルがお供して、道には赤い絨毯が敷かれて花や紙吹雪が舞っている気持ちだ。

 一回弾き終わろうとした時、尊さんが「もう少しテンポ上げられるか?」と尋ねてきた。

「はい!」

 恐る恐る弾いていたけれど、慣れたから二回目はもう少し自信を持って弾ける。

 テンポを上げると、今度は小牧さんと尊さんがグリッサンドを駆使してゴージャスな雰囲気に仕立てあげてくれ、大地さんと小牧さんもそれに合わせ、時にコル・レーニョで楽器の本体を弓で叩き、リズムを取る。

 リビングからは裏拍をとった拍手が聞こえ、子供たちが「猫踏んじゃった!」と歌いながら踊っている。

「One more time!」

 二回目の終わりに尊さんが楽しげに言い、私はもう少しテンポを上げて速めの『猫踏んじゃった』を弾いた。

 途中からタンバリンの音が聞こえ、顔を上げるとちえりさんが楽しげにリズムを刻んでいた。

「Last!」

 尊さんの声が聞こえ、私は可能な限り速く『猫踏んじゃった』を弾く。

 チラッと周囲を見ると、大地さんと小牧さんは笑顔でリズムに乗って弓を動かしている。

 私の隣に座った弥生さんも笑顔で、尊さんは今までにない楽しそうな顔をしていた。

 ――あぁ、良かった。

 ――今日、ここに来られて良かった。

 嬉しくて、幸せで、私はちょっぴり涙を流してしまう。

 最後のチャン、チャチャチャ~ラ、チャンチャンッは溜めを作り、全員でトレモロをして終わった。

「ブラボー!」

 誰かが大きな声で言い、皆が大きな拍手をくれる。

「朱里さん、イェーイ!」

 弥生さんとハイタッチをしたあと、尊さんが「朱里」と両手を差しだしてくる。

「尊さん、イェーイ!」

 彼とパンッとハイタッチをした直後、ギュッと抱き締められた。

「サンキュ」

 尊さんは耳元で小さく囁いたあと、すぐに私を離して大地さんや小牧さんの元に向かう。

 不意を突かれた私は、彼の腕の力強さに胸を高鳴らせ、真っ赤になっていた。

 そのあと気を取り直して全員で手を繋ぎ、カーテンコールのようにお辞儀をする。

 楽器をしまって席に戻ると、百合さんはこの上なく優しい顔をして言った。

「皆、ありがとう。最高の演奏だったわ。……そうね。音楽ってこういうものね」

 リビングの空気は最初に真剣な話をしていた時よりずっと柔らかくなり、皆ニコニコ笑顔だ。

「お祖母ちゃん、今日、尊くんと朱里ちゃんを連れてきて良かったでしょう?」

 小牧さんがドヤ顔で言い、周りの方々がドッと笑う。

「……そうね。皆には感謝しないと。……過去を悔やんで、尊に声を掛けられずにいたけれど、勇気を出して一歩前に進むとこんなにも明るい景色が見えるのね」

 百合さんが言ったあと、将馬さんが微笑んだ。

「尊、朱里さん。これからはもっと気軽に尋ねてくれ。良かったらお盆や正月、何かイベントのある日も、そうでない日も、何かあったら連絡してほしい」

「ありがとうございます」

 尊さんは微笑んでお礼を言う。

 私は彼がやっとお正月やお盆に〝親戚の集まり〟に参加できるのだと思うと、嬉しくなって涙ぐんでしまった。

「うぅ、うう~~……」

「……何泣いてるんだよ」

 クシャッと顔を歪めて泣き始めた私を、尊さんは苦笑いして抱き締める。

「だって……っ、うぅっ、……うれじい……っ」

 これまで孤独に戦ってきた尊さんが、やっと親戚に受け入れられて愛されている。

 願ってやまなかった姿を見られて、感極まってしまったあとは、もう涙が止まらなかった。

「朱里さんは優しい人ね」

 百合さんは立ちあがって私の前にしゃがむと、そっと腕をさすってくる。

「あなたみたいな女性が尊の相手で安心したわ。尊を宜しくお願いいたします」

 彼女に頭を下げられ、涙腺が臨界点を超えた。
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