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祖父母と孫 編

演奏会

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「ねぇ、尊くん。まだピアノやってる?」

「あぁ……、趣味程度ですが」

 尊さんはピアノの話題になって少し表情を苦くする。

「何か弾いてみてよ」

 弥生さんは明るい表情で言い、広いリビングの中にあるグランドピアノを指す。

「えぇ……」

 尊さんはあからさまに嫌がり、困ったように周囲を見る。

「本職の方々ばかりがいる場所で、趣味でやってる半端な人間の演奏なんて聴かせられませんよ」

「でも、かつてはコンクール優勝者でしょ?」

 弥生さんに言われ、尊さんは溜め息をつく。

 渋っていると百合さんが言った。

「尊、お願い。簡単な曲でもいいわ。さゆりがあなたにピアノを教えていたと知って、私はとても嬉しかったの。あの子の遺志があなたに宿っていると教えてちょうだい」

 百合さんに言われては……、という感じで、尊さんは溜め息をつく。

 あと一押しだと思った私は、つんつんと彼の袖を引っ張った。

「私、尊さんのピアノを聴いた事ないから、聴きたいな」

 そう言った途端、小牧さんと弥生さんが「えええ!?」と声を上げた。

「尊の家、ピアノあるんでしょ? 朱里さんと同棲してるのに一度も聴かせてないの?」

「ないわ~」

 かしましい女性二人に責められ、尊さんは弱ったように首を竦める。

「……分かったよ……」

 彼はジャケットを脱ぎ、袖のボタンを外して腕まくりをした。

(うっ……)

 私はシャツから出てきた筋肉質な腕に不意打ちを食らい、ボボッと赤面する。

 ……速水尊、恐るべし……。

 尊さんは腕時計も外し、バッグからタブレット端末を出すと、立ちあがってピアノに近づくとストレッチを始める。

 肩を回して肩甲骨付近をほぐし、腕や手首、指も念入りにほぐす。

 そしてピアノの蓋を開けるとフェルトを取り、屋根を開けて突き上げ棒で留める。

 それからタブレット端末を譜面台に置くと操作し、楽譜を出した。

 彼は椅子の高さを調節してから、「弾く前にちょっと慣らさせてください」と言って、腰かけてからとても滑らかに昇音を奏でていく。

(え?)

 私の知っているドレミファソラシドではなく、間に黒鍵を入れてすべての鍵盤を弾いていくんだけど、音がヌルヌルするぐらい滑らかで若干引いてしまった。

(こんなに弾ける人だったの?)

 一番高音の鍵盤まで到達したあとは折り返し、始点に戻ると今度は左手で低い音をヌルヌル弾き、それが終わるとアルペジオで色んな和音を弾き、何かの曲のワンフレーズを弾いて運指を確かめる。

「……じゃあ、ショパンの『エチュード10-1』とリストの『マゼッパ』を」

 それを聞いて皆さんが「おお……」とどよめいて拍手し、私も一緒に拍手をする。

 尊さんは両手を鍵盤の上に置いて静かに息を吐き、目を閉じると、スッと息を吸って目を開き、エチュードを弾き始めた。

(わぁ……)

 しょっぱなからとても印象的な曲で、左手はベースを務め、右手がキラキラとした明るく楽しげな音を奏でていく。

 低い音から高い音へ、また低い音、高い音……と繰り返すのを聴いていると、まるで波打ち際に立っているかのようだ。

 青い空に青い海、水平線を眺めながら足にさざなみを受け、気持ちのいい潮風を浴びている気持ちになる。

 最初はその淀みのない音にうっとりとしていたけれど、皆さんの表情を見てハッとした。

 百合さんはとても嬉しそうで、今にも泣きそうな顔をしている。

 弥生さんは宝物でも見つけたようなキラキラした目をし、他の耳が肥えた皆さんも純粋に尊さんの演奏に感動していた。

 やがて尊さんは最後の一音を弾き終え、皆で惜しみない拍手を送る。

 彼は真剣な表情を崩さず、神経を研ぎ澄ませた目のまま『マゼッパ』の最初のアルペジオを弾く。

 その瞬間、明るい雰囲気から一転し、私たちは別の世界に連れていかれる。

 前奏が終わったあと、低音から徐々に這い上がるような音が続いたあと、華やかでいながらどこか物憂げな雰囲気のメロディーに繋がっていく。

 素人の私が聴いても色んな複雑な音が要所に混じっていて、恐らく尊さんの指がとんでもない動きをしているだろう事が分かる。

 オクターブと重音が幾つも繰り返され、多分私ならずっと手を全開にしているだけで、手が攣って死んでしまいそうだ。

(……尊さん、手大きいもんな)

 いつだったか手を合わせてみたら、私の指先が彼の第二関節をちょっとはみ出るぐらい差があった。

(凄いな……)

 本物のピアニストの演奏を聴いている気持ちでポーッとしているうちに、曲は最後に明るく華々しい雰囲気に変わり、パンッと手を振り上げて終わった。
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