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『こま希』にて 編

『こま希』へ

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 けれどしつこく聞くなんてできないので、触れずにおいた。

 もしかしたら仕事関係かもしれないし、篠宮家の人からかもしれない。

 いちいち「誰からで、こういう用事だった」って教える必要もないし……。

 私は自分に言い聞かせる。

 そのあと、腹ごなしをしたので再度指輪探しに向かった。





 一軒目は青い箱のお店に行ったので、午後の部に行った二軒目は赤い箱のお店、三軒目はグリーンの箱の店だ。

 うんうん唸って考えたけれど、何十万、何百万もする物だから、絶対に「これが大好き!」っていうのにしないとならない。

 けれど、どれもしっくりこない私は、肩を落として三軒目のお店を出た。

「決められなくてごめんなさい。……本心を言うと、なんかピンときませんでした」

「いいよ、じゃあ、日を改めて別の店に行こう。ブルガリにハリー・ウィンストン、ショーメ、ブシュロン、ショパール、ピアジェ、グラフにデビアス・フォーエバーマーク、フレッド、日本のブランドだとミキモトやタサキもあるし、あとはディオール、シャネル、グッチ、エルメス、ヴィトンとかも人気がある」

 名だたるハイブランドの名前を聞いて、クラクラしてしまう。

「……お、お手柔らかに……。朱里のライフはもうゼロよ」

 彼を見てボソッと呟くと、尊さんはニヤリと笑った。

「一生もんだから、手は抜かないぞ。俺がエネルギー注入してやるよ」

「うう……」

 溜め息をついた私は、しょぼんと肩を落とした。

「さ、三越に戻ってお土産を買うか」

「はい」

 そのあと私たちは百貨店のデパ地下でプリンを買い、いよいよ『こま希』へ向かったのだった。





 お店はビルの地下一階にあり、木製の簾戸には『本日貸し切り』の看板が下がっていた。

「うう、緊張するな……」

「大丈夫だって」

 尊さんは腕時計を見て、約束の十八時に間に合っているかを確認し、カラカラと引き戸を開けた。

「こんばんは」

 彼が挨拶すると、「あらーっ!」と女性の声がした。

 多分、これがちえりさんだろう。

「尊くん、いらっしゃい! ……朱里さんはいるの?」

 その声を聞き、私はおずおずと暖簾をくぐってお店の中に入った。

 中はカウンター席と四人掛けのテーブルが二つある、こぢんまりとしたお店になっている。

 カウンターの中では着物を着た美人な女性が料理を作っていて、私を見てニコッと笑いかけてきた。

 そして尊さんの前にいるのが、やはり着物を着た美魔女――、ちえりさんだ。

「は、初めまして。上村朱里と申します。尊さんとお付き合いさせていただいております」

 ペコリと頭を下げると、彼女は温かな手で私の手を握ってきた。

「え……」

 顔を上げると、尊さんにどこか面差しが似ているちえりさんは、涙ぐんで微笑んでいた。

「今日は来てくれてありがとう。かしこまる必要はないから、ゆっくり寛いでいって」

「はい」

 どうやら歓迎してくれていると分かった私は、安心して微笑み返す。

 上着を脱ぐと、尊さんがカウンターにプリンの紙袋を置いた。

「これ、プリン。あとで皆で食べよう」

「あら、気を遣わなくていいのに。皆はりきってイチオシの手土産を持ってきているから、冷蔵庫がパンパンなの」

 カウンターの中にいる女性――小牧さんは親しみやすい笑みを浮かべる。

 彼女は清潔感のある美人アナウンサー風の女性で、着物を着ているからか、そこはかとない色気がある。

 だから以前にこの店から出てきた尊さんを見た社員が、『美人女将としっぽりやってる』なんて事を言っていたんだろう。

「朱里さん? こんにちは。初めまして」

 奥から出てきたワンピース姿の女性は、小牧さんと似ているので、きっと弥生さんだ。

 彼女は母と姉を見てプンプンと怒ってみせる。

「皆、自己紹介しないと駄目じゃない。ただでさえ人数が多いんだから……」

 奥には『HAYAMI』の社長さんや、副社長夫婦がいて、こぢんまりとしたお店の中はごったがえしている。

 ……と、事前に聞いていない人物がいて、私は「ん?」と目を見開いた。

 なんか見た事のある、やけに美形な男性がお店の奥に座り、枝豆をおつまみに日本酒を飲んでいる。
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