291 / 778
三月 編
内示
しおりを挟む
「大きい声を上げますよ」
私は表情を変えずに言い、スッと息を吸う。
六条さんが軽く瞠目して一歩引いた瞬間、私は普通の話し声より少し声を張ったぐらいの声量で言った。
「そーれ、どっこいしょー、どっこいしょー」
「なにそれ!」
彼はプハッと噴きだしたかと思うと、手を打ち鳴らして笑う。
「相変わらず上村さんは面白いね」
「特に面白くないです。早く打ち合わせしますよ」
私は溜め息をつき、クリアファイルに入った資料をポンと彼の胸元に押しつける。
「上村さん、うちの六条がすみません」
ペコリと頭を下げたのは同じく営業部の沙根崎星良ちゃんだ。
ピチピチの二十三歳だけど、営業成績は割といいらしく、エースの六条さんから期待されている。
今は六条さんからノウハウを学びつつコンビを組んでいるらしく、打ち合わせする時は二人セットがいつもの事になっている。
「いいえ、六条さんがご機嫌なのはいつもの事だから」
そう言うと、六条さんは「むふふ……っ」と笑いを漏らす。
「上村さんは言葉のチョイスがいいよね。ご機嫌って……」
彼は笑ったあと、「さて、打ち合わせしますか!」と歩き始めた。
六条さんとは割と付き合いが長く、壁ドンされるのに不快にならない理由があった。
まだ尊さんと付き合う前から六条さんとはちょくちょく話していて、雑談の中でドラマの話になり、『壁ドンってされた事ないんですよね』と言ったらする流れになった。
以降、彼だけはそういう事をされても嫌じゃない人になり、たまに二人でこうしてふざける事がある。
彼は「冗談ですよ」という表情をしているけれど、私はいつも無の顔で塩対応なので、見る人が見たらびっくりするらしいけど。
営業ってコミュニケーション能力がものを言う仕事で、六条さんは篠宮フーズの商品を売り込むために、自社の商品をめちゃくちゃ分析している。
その上で取引先相手の事もじっくり調べて、相手が喜ぶ事を会話に盛り込む。
イケメンのやり手って同性からは煙たがれる事もあるけれど、六条さんはそこをちゃんと理解しているのか、決して鼻についた言動をしない。
今みたいなおふざけをしても、六条さんはそれ以上馴れ馴れしい行動をしないし、時沢係長のようにしつこくチョコをねだってこない。
モテる男は求めなくても、相手からやってくると分かっているらしい。
打ち合わせ室に入って椅子に腰かけると、六条さんはパンッと手を打って資料を捲り始めた。
「よーし、楽しい打ち合わせをしようか!」
こういうふうに仕事に対して前向きに楽しんでいるところは、とても評価している。
いっぽうで、とうとう私に秘書課、副社長秘書の内示がきた。
「……謹んでお受けいたします」
人事部長に呼び出された私は、会議室でペコリと頭を下げる。
「君は副社長や速水部長と懇意にしているとの事だから、今回の流れをよく理解していると思うけれど……。頑張って」
五十代の人事部長は、すべてを知った上で、少し同情混じりの目を向けてくる。
「起こりうる事は大体予想しています。一筋縄ではいかないと思いますが、支えるべき人と会社のためにも、頑張っていきたいと思っています」
「何かあったら、すぐに相談しなさい」
「はい」
「人事異動が確定して発表するまでは、内密にするように」
「承知いたしました」
意志確認メインなので他は特にこれといった話はせず、私は挨拶をしてから会議室を出た。
**
「お疲れさん」
三月半ば、私たちはダイニングテーブルに向かい合って座り、ビールで乾杯する。
今日はお刺身の日で、テーブルの中央にはあしらいを使って盛り付けられたお刺身が、綺麗に並んでいる。
副菜はナスの煮浸しで、キュウリとしらすの酢の物もある。お味噌汁は絹ごし豆腐とあおさで、私はニコニコしてお箸を手にする。
「なんだかんだで、決意してくれてありがとう」
尊さんに微笑まれ、私はピシッと背筋を伸ばす。
私は表情を変えずに言い、スッと息を吸う。
六条さんが軽く瞠目して一歩引いた瞬間、私は普通の話し声より少し声を張ったぐらいの声量で言った。
「そーれ、どっこいしょー、どっこいしょー」
「なにそれ!」
彼はプハッと噴きだしたかと思うと、手を打ち鳴らして笑う。
「相変わらず上村さんは面白いね」
「特に面白くないです。早く打ち合わせしますよ」
私は溜め息をつき、クリアファイルに入った資料をポンと彼の胸元に押しつける。
「上村さん、うちの六条がすみません」
ペコリと頭を下げたのは同じく営業部の沙根崎星良ちゃんだ。
ピチピチの二十三歳だけど、営業成績は割といいらしく、エースの六条さんから期待されている。
今は六条さんからノウハウを学びつつコンビを組んでいるらしく、打ち合わせする時は二人セットがいつもの事になっている。
「いいえ、六条さんがご機嫌なのはいつもの事だから」
そう言うと、六条さんは「むふふ……っ」と笑いを漏らす。
「上村さんは言葉のチョイスがいいよね。ご機嫌って……」
彼は笑ったあと、「さて、打ち合わせしますか!」と歩き始めた。
六条さんとは割と付き合いが長く、壁ドンされるのに不快にならない理由があった。
まだ尊さんと付き合う前から六条さんとはちょくちょく話していて、雑談の中でドラマの話になり、『壁ドンってされた事ないんですよね』と言ったらする流れになった。
以降、彼だけはそういう事をされても嫌じゃない人になり、たまに二人でこうしてふざける事がある。
彼は「冗談ですよ」という表情をしているけれど、私はいつも無の顔で塩対応なので、見る人が見たらびっくりするらしいけど。
営業ってコミュニケーション能力がものを言う仕事で、六条さんは篠宮フーズの商品を売り込むために、自社の商品をめちゃくちゃ分析している。
その上で取引先相手の事もじっくり調べて、相手が喜ぶ事を会話に盛り込む。
イケメンのやり手って同性からは煙たがれる事もあるけれど、六条さんはそこをちゃんと理解しているのか、決して鼻についた言動をしない。
今みたいなおふざけをしても、六条さんはそれ以上馴れ馴れしい行動をしないし、時沢係長のようにしつこくチョコをねだってこない。
モテる男は求めなくても、相手からやってくると分かっているらしい。
打ち合わせ室に入って椅子に腰かけると、六条さんはパンッと手を打って資料を捲り始めた。
「よーし、楽しい打ち合わせをしようか!」
こういうふうに仕事に対して前向きに楽しんでいるところは、とても評価している。
いっぽうで、とうとう私に秘書課、副社長秘書の内示がきた。
「……謹んでお受けいたします」
人事部長に呼び出された私は、会議室でペコリと頭を下げる。
「君は副社長や速水部長と懇意にしているとの事だから、今回の流れをよく理解していると思うけれど……。頑張って」
五十代の人事部長は、すべてを知った上で、少し同情混じりの目を向けてくる。
「起こりうる事は大体予想しています。一筋縄ではいかないと思いますが、支えるべき人と会社のためにも、頑張っていきたいと思っています」
「何かあったら、すぐに相談しなさい」
「はい」
「人事異動が確定して発表するまでは、内密にするように」
「承知いたしました」
意志確認メインなので他は特にこれといった話はせず、私は挨拶をしてから会議室を出た。
**
「お疲れさん」
三月半ば、私たちはダイニングテーブルに向かい合って座り、ビールで乾杯する。
今日はお刺身の日で、テーブルの中央にはあしらいを使って盛り付けられたお刺身が、綺麗に並んでいる。
副菜はナスの煮浸しで、キュウリとしらすの酢の物もある。お味噌汁は絹ごし豆腐とあおさで、私はニコニコしてお箸を手にする。
「なんだかんだで、決意してくれてありがとう」
尊さんに微笑まれ、私はピシッと背筋を伸ばす。
189
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
2番目の1番【完】
綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。
騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。
それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。
王女様には私は勝てない。
結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。
※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです
自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。
批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます
久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」
大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。
彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。
しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。
失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。
彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。
「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。
蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。
地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。
そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。
これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。
数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。
初めから離婚ありきの結婚ですよ
ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。
嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。
ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ!
ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる