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彼の祖父母 編

手土産

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「どうぞ、中に入って」

「ありがとうございます。お邪魔します」

 彼女に上がるよう促され、私はお辞儀をしてからパンプスを脱ぐ。

 事前にエミリさんや尊さんに話を聞いていたので、乱暴な所作はしないように気をつけ、琴絵さんに背を向けないように丁寧に靴を揃えた。

 姿勢を戻すと、少し離れたところに琴絵さんと家政婦さんがいて、目が合った私はニコッと笑う。

 琴絵さんも微笑み返してくれ、そのまま私たちは廊下を進んでリビングに向かった。

(わぁ……)

 引き戸を開くと思っていた以上に広い空間が目に入り、私は軽く瞠目する。

 お屋敷は和風の外観敷で、内装も基本的に同じ雰囲気だけれど、快適に過ごせるようモダンなデザインになっている。

 リビングにはコの字型のゆったりとしたソファがあり、一枚板のテーブルが置かれてある。

 その頭上にはシンプルな木製のシャンデリアがあり、大きな液晶テレビの近くにあるスピーカーも木製のデザインで合わせていて、とてもセンスがいい。

 窓は日本庭園を見渡せるように大きく、旅館のように広縁ひろえんのようなスペースが設けられ、プロによって設計された美しい庭を愛でられるようになっていた。

 グランドピアノの側にはもう一つソファセットがあり、さらに大きな暖炉もあり、まるでサロンのような雰囲気になっている。

 ダイニングやキッチンは同じ空間になかったので、多分別のところにあるんだろう。

 あまりに素敵なお屋敷なので、思わず見回してしまったけれど、勿論、不躾にジロジロ見たりしていない。

「尊、久しぶりだな」

 ソファには着物姿の老紳士――名誉会長の有志ゆうじさんが座っていて、私たちを見ると笑顔になり立ちあがった。

 琴絵さんは家政婦さんにお茶の用意を頼み、私たちは座るよう言われて下座に腰かける。

「今日は会ってくれてありがとう。こちらが婚約者の上村朱里さん。二十六歳で同じ部署の部下だ」

 尊さんがお二人に私を紹介してくれ、私は彼らに会釈してから微笑んだ。

「初めまして、上村朱里と申します。ご多忙な中、お時間を割いていただき、感謝いたします」

 挨拶をしたあと、私は手土産を渡す。

「私の父が山梨県の甲府出身でして、お酒を好まれていると尊さんに窺いましたのでワインをどうぞ。ワインに合わせたチーズも入っています」

「まぁ、ありがとう。私、お酒に目がないのよ」

 ニコニコした琴絵さんに紙袋を渡したあと、私はもう一つの紙袋を出す。

「そして生菓子になってしまい大変申し訳ないのですが、尊さんが名誉会長は『流行のお菓子に常にアンテナを張っている』と仰っていたので、こちらを……」

 そう言って差しだしたのは、日本橋にある五つ星ホテルで販売している、雲の形をしたケーキだ。

 ワインは前日に二人で山梨県に行って買ったし、このケーキは今朝早くから尊さんと一緒に並んで買ってきた。

 予約を受け付けていない物は、実行あるのみだ。

 一つだけで、地元のケーキ屋さんのホールケーキが買えそうな値段だけれど、四の五の言ってられない。

 あまり値の張る物は手土産にふさわしくないかもしれないけれど、尊さんが「構うな、いける」とゴーサインを出してくれた。

「おお……! あれか! 気になっていたんだ。ありがとう、朱里さん」

 有志さんは本当に嬉しそうに破顔し、私は心の中でガッツポーズをする。

 開店と同時に完売してしまうと言われているけれど、存在そのものは数年前からあるので、もしかしたら有志さんなら召し上がった事があるかもしれない。

 尊さんは『祖父さんは食べ物なら何でも好きだけど、普通に希少価値の高い物は好きだと思うぜ』と言っていたので、その言葉を信じて頑張った。

 だからすでに口にしていたとしても、並んだ努力を買ってくれて〝初〟だと思わせてくれているのかもしれない。

 いかんせん考えすぎだけれど、私はそれだけ緊張と不安で一杯になっている。

 やがて家政婦さんが紅茶とケーキを出してくれたあと、尊さんが切りだした。

「前から言っていたが、俺は朱里と結婚したいと思っている。家族にはもう会わせて、親父と兄貴からは祝福されている。二人には『結婚の許しを』なんて言わないけど、ひとまず紹介したいと思って連れてきた」

 尊さんの言葉から怜香さんの存在が浮き上がり、二人は曖昧な表情で苦笑いする。

 有志さんは何度か頷き、微笑んだ。

「好きにしなさい。私たちは尊の親ではないからな。亘たちが朱里さんを受け入れたなら、それでいい。祖父母は孫を育てる必要はない分、その選択に口を挟む事もない。ただ可愛がって金を出すだけだ」

 その言葉だけで、有志さんたちがどういうスタンスでいるかが分かった。
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