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アクシデント 編

ショック療法ありがとう

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「どうです? 上村さん。右手に篠宮フーズ御曹司、左手にアンド・ジン御曹司」

 神くんがニコニコして尋ねてくるので、私は真っ青になってボソッと本音を言ってしまった。

「…………重すぎる」

 両手で顔を覆って俯いた私の頭を、尊さんがわしわしと撫でてくる。

「よしよし、朱里は何も考えずに俺に付いてくればいいからな」

「部長~、上村さんに自由な思考をさせないと」

「神、ハウス」

 尊さんにビシッとコマンドを出され、神くんは「きゃうん」と犬のように鳴いてみせた。

(…………こ、濃ゆすぎる……)

 いっぱいいっぱいになった私は、胸に手を当てて「はぁ……」と溜め息をつく。

「……なんか、怖かったのが吹っ飛んでいきました。神くん、ショック療法ありがとう」

「いえいえそんな。ショック療法のつもりなんてまったくなかったんですが。本当はいい雰囲気を作って告白しようと思っていたのに、こんな形での告白になってすみません」

「え? ……どういたしまして……。……ん? あれ?」

 どう返事をすべきか分からなくなった私は、最後に首を傾げる。

「参考のために聞いておくけど、今までどうやって朱里にアピールしてたワケ?」

 尊さんが神くんに尋ね、彼は「うーん……」と顎に手をやって考える。

「『飲みに行きましょう』とか『ご飯行きましょう』とかちょいちょい誘ってたんですが、ことごとく『今度ね』で流されてましたね。そのあと、完全に忘れてる感じで……」

「…………ぶふっ……」

 神くんの返事を聞いて、尊さんは横を向いて小さく噴き出した。

 ……喜んでる。この人……。

「……いやー……、ごめん。私ずっと家庭の事情で悩みを持ってたし、一年前まで一応彼氏がいたから、そういうの全然ピンとこなかったかも。誘ってくれたのは覚えてるけど、ただ職場の人と飲んだり食べたりするの、好きな人なんだなーって思ってた」

「…………でしょうね……」

 神くんはガクッとうなだれ、肩を落とす。

「いやぁ……、まぁ、ごめん。こんな訳で私は尊さんと結婚するつもりだから、何様な言い方だけど、別の人を当たってほしい。……ぎゅ、牛丼驕るから元気出して?」

「僕の想いはワンコインか……」

「さすが〝ワンコ系後輩〟」

 思いついた事をボソッと言うと、隣で尊さんが噴きだした。

「ま、とりあえず会社戻る前に飯食おうぜ。朱里、食えるか?」

「多分いけます」

「神も奢ってやるから元気出せ」

「……高いの頼んでやる……」

 じっとりとした目で尊さんを睨む神くんを見て、私は思わず笑ってしまった。

 そのあと、尊さんが「ムカついた時は肉を食え」というので、私たちは東京駅近くにあるステーキ店に行って、がっつりお肉を食べたのだった。





 会社に戻ったあと、係長が電話をしていたのを聞いたのか、はたまた尊さんが駆けつけたのが原因か、痴漢に遭った事は全員に知られていた。

 女性社員には「怖かったでしょ」とよしよしされ、恵はにこやかに笑って「犯人教えて? ちょん切っとく」と言い、落ち着いてもらうのに少しだけ苦労する。

 先日、インフルで休んでしまった事もあり、「すみません、しっかり働きます!」と言って気持ちを切り替えたあとは、全力で仕事に取り組んだ。

 幸いにも神くんが「電車が一緒だったんです」と言ったのと、尊さんは普段から部下思いな人であったため、二人との関係は特に怪しまれなかった。

 そして神くんを少し気にして見てみると、彼を気に入っている女性社員は多いみたいで、ちょいちょい声を掛けられていた。

(……モテるんだな……)

 今までまったく気にしていなかったのも失礼だな、と思うものの、仕方がない。

 その日の帰りは恵に誘われて焼き鳥屋に行き、ビール片手に痴漢への愚痴をこぼした。





 週末になるまで北海道行きの荷物を整える訳だけれど、その傍ら尊さんは顧問弁護士さんに連絡して、あのおじさんと徹底的に戦う旨を伝えていた。

 私はぶっちゃけ早く忘れたいんだけど、尊さんの怒りようを見ていると、ちゃんとしたほうがいいのかな、と思ってあとは弁護士さんに任せる事にした。

 それはそうと、インフルが治ったあとに春日さんに連絡を入れ、北海道から帰った次の週末に、遅れてのバレンタイン女子会をしてチョコ交換ををしての、アフターヌーンティーをする事になった。



**



 そして待ちに待った週末!

 私たちは八時すぎのフライトで羽田空港を発ち、新千歳空港に十時ぐらいに着いた。

 冬場なので大気が少し荒れ、ちょっとヒヤッとした時はあったけれど、比較的天気のいい日だったので無事に北の地を踏む事ができた。

「わぁ~……、雪だ」

 新千歳空港から札幌駅に行くまでのJRの中、私は窓の外を見てテンションを上げる。

 何せ一面の白だ。
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