上 下
220 / 445
元彼との決着 編

私はずるい

しおりを挟む
 私はしばらくその体勢のまま、尊さんの匂いを嗅ぎ、もう安心していいのだと自分に言い聞かせていた。

「……すっごい、ぶちまけちゃった」

 やがてボソッと言うと、尊さんは小さく笑った。

「最後にあれぐらい言ってもいいだろ。俺だって田村の所業を聞いてドン引きしたよ」

「……ご飯はあったかいうちに食べたい」

「マジそれ。麺のびたら店主に怒られるわ」

 彼のいつもの返しを聞き、私はクスクス笑う。

「尊さんとエッチするようになって、昭人としてた時なんて比べものにならないぐらい、感度が良くなったって言ってやれば良かった」

「ははっ、それは再起不能になるわ、あいつ」

 尊さんは気の毒がりながらも、まんざらでもなさそうに笑う。

「……田村〝クン〟ってつけなくなりましたね」

「あー、それな。今までも本当はつけたくなかったけど、朱里が未練を持つぐらい好きな人だったから、一応つけてた。色んな感情のこもった〝クン〟だけど」

「それは、何となく感じてました」

 小さく笑うと、尊さんは「バレてたか」と苦笑いする。

 話しているうちに気持ちは落ち着いたけれど、胸の奥にポッカリと穴が空いたような感覚はある。

「…………バカみたい。……あんな人を好きだったなんて」

 私は乱暴に溜め息をつき、尊さんの腕をギュッと抱く。

 すると尊さんは反対側の手で私の頭をポンポンと撫でてくれた。

「人に期待した分、裏切られるとすげぇ空しくなるよな。分かるよ」

 その言葉を聞いた瞬間、チリッと何かが引っ掛かってしまった。

 尊さんは、ただ共感して慰めてくれただけだと分かっている。

 けれど今の言葉を聞いて私の脳裏に浮かんだのは、顔の分からない宮本さんだった。

 尊さんの昔話に出てきた彼女は、竹を割ったような性格をした〝いい女〟だ。

 新入社員の二人は惹かれ合い、体の関係もできた。

 期間は短かったけれど二人は恋人同士になり、尊さんにとって宮本さんと過ごした時間が何ものにも代えがたいものとなったのは、言われなくても分かる。

 当時の人間不信になった尊さんにとって、宮本さんは貴重な〝信じられる異性〟だった。

 そんな人に何も言わず去られ、彼の心に深い傷痕がつけられたのは言わずもがなだ。

 きっと宮本さんだって尊さんを傷つけたくなかっただろうし、彼も酷く悲しみ、絶望した。

 ――この人は沢山の痛みを抱えているから、とても優しくて他人を思いやる事ができる。

 トラウマありきの彼の生き方、在り方を悲しいと思うものの、「これからは私が癒していけたら……」とも感じていた。

 でも……。

 私は尊さんの胸板に手を這わせ、人差し指でトントンとノックする。

「……ん?」

 密着した体越しに、尊さんの声が反響して聞こえてくる。

「……まだ、宮本さんの事で傷付いていますか?」

 小さな声で尋ねると、彼はスッと息を吸って沈黙した。

 ――失敗した。

 瞬時に自分が愚かな質問をしたと悟った私は、彼の肩に顔を埋める。

「……ごめんなさい。慰めてくれたのに、嫌な勘ぐりをしました」

「……いや、いいんだ」

 尊さんは私の肩を抱き、静かに息を吐く。

 しばらく彼は考えるように沈黙したあと、ポツポツと話し始めた。

「……急にいなくなられて確かにショックだったよ。……あいつにつけられた傷は、なかなか癒えてくれない」

 私は彼に体を押しつけたまま、節くれ立った長い指を触る。

「でももう過ぎ去った事だ。以前も言ったけど、宮本が去ってから十年経ってる。怜香に酷い嫌がらせをされたとはいえ、まだ俺を想っていたなら、とっくに姿を現してるだろ」

 ――私はずるい。

 嫉妬した気持ちを尊さんにぶつけ、「何とも思っていない」と言わせて自分を安心させ、愛されている事を確認ている。……まるでメンヘラだ。

 自分の女としてのずるさ、醜さが嫌になった私は、静かに涙を流した。

「あいつとはもう終わった。朱里が心配する事は何もない」

 言ったあと、尊さんは私の顔を覗き込んで――、目を見開いた。

「…………泣くなよ」

 そして困ったように笑い、服の袖で私の涙を拭う。

「俺は今、十二年の想いを果たせてとても幸せなんだ。お前が相手だから、結婚しても幸せな家庭を築けると確信してる。他の誰でも駄目なんだ。そこ、ちゃんと理解してくれ」

 甘く微笑んだ尊さんは、私の前髪をそっと撫でつけて額をつけてきた。

「誰よりも朱里が大事だよ。だからお前は自分に自信を持って、俺に愛されていればいいんだ」

「…………はい」

 ギューッと尊さんを抱き締めた私は、もう彼女の事で悩まないようにしようと決意した。
しおりを挟む
感想 120

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

ナイトプールで熱い夜

狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…? この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

閉じ込められて囲われて

なかな悠桃
恋愛
新藤菜乃は会社のエレベーターの故障で閉じ込められてしまう。しかも、同期で大嫌いな橋本翔真と一緒に・・・。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

処理中です...