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元彼に会う前に 編
やっぱりこの人、好きだなぁ
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「でもさ、どんな事もやってみなきゃ分からない。どんだけ頭の中でシミュレートしても、実際行動を起こさない限り、全部机上の理論なんだよ」
「はい」
「同棲の話に戻るけど、朱里はこのマンションに住む事に不安を抱いてるだろう。特別な場所だと思っていて、知らない事が多いからだ。でも今だって俺の婚約者として出入りしてるし、警備員やサービススタッフには顔パスだ。実際住むとしても、お前はルールをちゃんと守れる奴だから、そうビクビクしなくていいと思うけど」
確かに、望んで人様に迷惑掛けるつもりはないので、そこは頷いておく。
「一つ安心してほしいのは、金持ちは皆が皆、一般人を馬鹿にして、意地悪を言う奴じゃないって事だ。俺が知ってる限り、金も地位もある人って周りから〝ちゃんとした人〟と見られる事や評判を大切にしてるから、逆にいい人が多い。……怜香みたいな〝ワケあり〟や、例外はいるけどな」
私はコクンと頷く。
「悔しい思いをした奴って、頑張った分『見返したい』気持ちがあるから、一つ間違えると驕ってしまいがちだ。『自分は努力して金持ちになって、高級な飯も食えるし、ブランド品も持ってるんだ。すげぇだろ』って。……まあ、そのあたりは個人の性格もあるしそれぞれだ。……けど、〝マンションの住人〟として考えれば〝挨拶する程度の他人〟にいきなり意地悪する奴なんいねぇと思う」
「……確かに、そうですね」
怜香さんは確かに尊さんにとっては毒継母で、私にとっても障害となる人だった。
けれど彼女を好いている友人はいただろうし、親御さんから見れば大切な娘で、〝事情〟がなければ、怜香さんはいいお嬢さんとして過ごせていたかもしれなかった。
それに尊さんが言う通り、〝事情〟があるとしても〝外〟で不機嫌をまき散らしたら、いい大人になっても感情をコントロールできない「ヤベー奴」だ。
社会的地位のある人たちだからこそ、ある程度感情のコントロールはできると考えておいたほうがいいのかもしれない。
「他は、どんな不安がある?」
尊さんは私の顔を覗き込み、尋ねてくる。
その気になれば、私の不安を「大丈夫だって!」と笑い飛ばす事だってできるのに、彼はほんの小さな棘も逃さない。
尊さんは自分が目指す二人の幸せのためなら、私の心に引っかかりがなくなるまで丁寧に説明してくれるんだろう。
(……本当に、庭師だな)
私はいつか彼が自分をそう言っていたのを思いだし、微笑む。
「……尊さんは『そのままでいい』って言ってくれそうだけど、住む場所が立派になるなら、いつも身綺麗にして、色んなマナーも身につけないとならないんだろうな、って思ってます。大丈夫かな? できるかな? ……って不安かも。外で失敗したら、尊さんに恥を掻かせちゃうし」
「確かに、『そのままでいい』って言いたい」
彼は真顔で頷いたあと、斜め上を見て何かを考える。
「でも朱里が〝外側〟に見合う〝中身〟を得たい、自分に自信をつけるために学びたいって思うなら、喜んで協力する。一緒に学んでいこう」
「え……」
私はポカンと小さく口を開いて呆ける。
てっきり、「いい師事先を教える」と言われると思っていたのに、尊さんは〝一緒に〟学ぼうと言ってくれた。
――やっぱりこの人、好きだなぁ。
「~~~~っ」
赤面した私は涙目になり、それを誤魔化すために俯くと、ポスポスと彼の胸板を叩いた。
「お? 反抗期か? 猫パンチならご褒美だけど」
「しゅきしゅきパンチ」
私は俯いたまま、ポスポスポスポスと尊さんの胸板を叩き続けた。
尊さんはクスクス笑ってされるがままになっていたけれど、やがて私の両手首を優しく握り、微笑みかけてきた。
「朱里は今まで人にうまく頼れず、一人で頑張ってきた。努力家なのは分かるけど、全部自分で背負わなくていい。分からない事があったら、人に聞く前に自分で調べるのも大事だけど、俺と一緒に暮らしていくための疑問なら、なんでも聞いてくれ」
「……はい!」
〝部長〟に言われている気持ちになり、私はクスッと笑って頷く。
尊さんはそんな私の頬をすべすべと撫で、甘く囁いた。
「そんなに〝外側〟を気にするなら、ワンピースからバッグ、靴から全部買いそろえて、五つ星ホテルのディナーでレッスンするか?」
「…………っ」
私はキュッと口を引き結び、プルプルと首を横に振る。
「っはは! その顔!」
尊さんは快活に笑ったあとに私の両頬を包み、チュッと音を立ててキスしてきた。
「もう同棲するって決めた訳だし、まず引っ越して困った事があったら一緒に考えようぜ」
「……そうですね」
頷くと、彼は私の頭をよしよしと撫でてから話題を変えた。
「田村クンと何時に約束だっけ? 指定の店があるなら、俺、先に入店しておきたいんだけど」
「はい」
「同棲の話に戻るけど、朱里はこのマンションに住む事に不安を抱いてるだろう。特別な場所だと思っていて、知らない事が多いからだ。でも今だって俺の婚約者として出入りしてるし、警備員やサービススタッフには顔パスだ。実際住むとしても、お前はルールをちゃんと守れる奴だから、そうビクビクしなくていいと思うけど」
確かに、望んで人様に迷惑掛けるつもりはないので、そこは頷いておく。
「一つ安心してほしいのは、金持ちは皆が皆、一般人を馬鹿にして、意地悪を言う奴じゃないって事だ。俺が知ってる限り、金も地位もある人って周りから〝ちゃんとした人〟と見られる事や評判を大切にしてるから、逆にいい人が多い。……怜香みたいな〝ワケあり〟や、例外はいるけどな」
私はコクンと頷く。
「悔しい思いをした奴って、頑張った分『見返したい』気持ちがあるから、一つ間違えると驕ってしまいがちだ。『自分は努力して金持ちになって、高級な飯も食えるし、ブランド品も持ってるんだ。すげぇだろ』って。……まあ、そのあたりは個人の性格もあるしそれぞれだ。……けど、〝マンションの住人〟として考えれば〝挨拶する程度の他人〟にいきなり意地悪する奴なんいねぇと思う」
「……確かに、そうですね」
怜香さんは確かに尊さんにとっては毒継母で、私にとっても障害となる人だった。
けれど彼女を好いている友人はいただろうし、親御さんから見れば大切な娘で、〝事情〟がなければ、怜香さんはいいお嬢さんとして過ごせていたかもしれなかった。
それに尊さんが言う通り、〝事情〟があるとしても〝外〟で不機嫌をまき散らしたら、いい大人になっても感情をコントロールできない「ヤベー奴」だ。
社会的地位のある人たちだからこそ、ある程度感情のコントロールはできると考えておいたほうがいいのかもしれない。
「他は、どんな不安がある?」
尊さんは私の顔を覗き込み、尋ねてくる。
その気になれば、私の不安を「大丈夫だって!」と笑い飛ばす事だってできるのに、彼はほんの小さな棘も逃さない。
尊さんは自分が目指す二人の幸せのためなら、私の心に引っかかりがなくなるまで丁寧に説明してくれるんだろう。
(……本当に、庭師だな)
私はいつか彼が自分をそう言っていたのを思いだし、微笑む。
「……尊さんは『そのままでいい』って言ってくれそうだけど、住む場所が立派になるなら、いつも身綺麗にして、色んなマナーも身につけないとならないんだろうな、って思ってます。大丈夫かな? できるかな? ……って不安かも。外で失敗したら、尊さんに恥を掻かせちゃうし」
「確かに、『そのままでいい』って言いたい」
彼は真顔で頷いたあと、斜め上を見て何かを考える。
「でも朱里が〝外側〟に見合う〝中身〟を得たい、自分に自信をつけるために学びたいって思うなら、喜んで協力する。一緒に学んでいこう」
「え……」
私はポカンと小さく口を開いて呆ける。
てっきり、「いい師事先を教える」と言われると思っていたのに、尊さんは〝一緒に〟学ぼうと言ってくれた。
――やっぱりこの人、好きだなぁ。
「~~~~っ」
赤面した私は涙目になり、それを誤魔化すために俯くと、ポスポスと彼の胸板を叩いた。
「お? 反抗期か? 猫パンチならご褒美だけど」
「しゅきしゅきパンチ」
私は俯いたまま、ポスポスポスポスと尊さんの胸板を叩き続けた。
尊さんはクスクス笑ってされるがままになっていたけれど、やがて私の両手首を優しく握り、微笑みかけてきた。
「朱里は今まで人にうまく頼れず、一人で頑張ってきた。努力家なのは分かるけど、全部自分で背負わなくていい。分からない事があったら、人に聞く前に自分で調べるのも大事だけど、俺と一緒に暮らしていくための疑問なら、なんでも聞いてくれ」
「……はい!」
〝部長〟に言われている気持ちになり、私はクスッと笑って頷く。
尊さんはそんな私の頬をすべすべと撫で、甘く囁いた。
「そんなに〝外側〟を気にするなら、ワンピースからバッグ、靴から全部買いそろえて、五つ星ホテルのディナーでレッスンするか?」
「…………っ」
私はキュッと口を引き結び、プルプルと首を横に振る。
「っはは! その顔!」
尊さんは快活に笑ったあとに私の両頬を包み、チュッと音を立ててキスしてきた。
「もう同棲するって決めた訳だし、まず引っ越して困った事があったら一緒に考えようぜ」
「……そうですね」
頷くと、彼は私の頭をよしよしと撫でてから話題を変えた。
「田村クンと何時に約束だっけ? 指定の店があるなら、俺、先に入店しておきたいんだけど」
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