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元彼に会う前に 編

贅沢な朝

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「ん、ありがとうございます。……あ、可愛い」

 ルームウェアは女子に人気のブランドの、スウェット地のTシャツワンピだ。

 チャコールグレーの気持ちいい生地で、胸元には白地で英字が書いてある。

 可愛いルームウェアで有名なブランドだけど、甘すぎないチョイスをするところは、私の事を分かってくれている速水クオリティだ。

「これ、短パンとかないやつです? や、せびってる訳じゃないんですが」

 丈は十分長いのでお尻は隠れるけど、着れば多分膝の上ぐらいだろう。

 確認のために聞いてみたけれど、尊さんは眼鏡をクイッと上げる仕草をし、どや顔で答えた。

「あえて穿かせないのが男のロマンだろ」

「いい顔して言いますね……」

 生ぬるく笑った時、彼は「おっと」と何かを思い出す。

「オムレツ、プレーンが好きか? チーズとか入ってたほうがいい?」

「あ、じゃあプレーンで。速水食堂?」

「ビストロ・ハヤミの朱里デー」

「んふふ! 朱里デーは何が目玉です?」

「朱里の好きな、人参のグラッセと、クルトン入りコーンポタージュ」

「よしっ!」

 ガッツポーズをとると、彼はルームウェアを私に持たせてチュッと額にキスしてきた。

「種類は限られてるけど、パン食べ放題もあるぞ」

「やったね!」

 元気よく喜ぶと、尊さんはクスクス笑って私の頭をクシャッと撫で、キッチンに戻っていった。





 ルームウェアを着て、この家で私専用になっているモコモコスリッパを履き、先に洗面所で口をゆすぎ、顔を洗った。

 まだ本格的に引っ越しの準備はしていないけど、最近彼のマンションによく泊まっているので、洗面所には尊さんが買ってくれた私用の基礎化粧品がある。

 しかも彼は何回か私の家に来ている間に、どんな基礎化粧品を使ってるかメモしたみたいで、普段使っている物そのままが用意されてある。

 さらに乙女心を理解している尊さんらしく、未開封のまま『全部朱里が開けてくれ』と言ってくれた。

 新品の化粧品を開ける、あのドキドキする瞬間を分かっているなんて、さすがだ!

 ……と思っていたら、『朱里のもんだから俺は手をつけない』という理由だった。

(どうであれ、至れり尽くせりだ)

 私はお馴染みの基礎化粧品で肌を整えながら、磨き上げられた大きな鏡を見て、ホウッと溜め息をつく。

 大理石の洗面台には白いボウルが二つあり、二人同時に洗顔や歯磨きができる。

 隠し収納には、尊さんが普段使っている香水や基礎化粧品が置かれてあるけど、それほど多くないので空きスペースが多い。

 そこに私の化粧品を置かせてもらい、さらに私の好きな香りのボディクリームもいくつか置かれてある。

 これもスーパーバイヤー速水が、あらかじめ百貨店で買いそろえた物だ。

 しかも『ついで』に買ったらしい、デパコスのフェイスパックシートが引き出しに沢山しまわれている。

(……昨晩の姫ごっこじゃないけど、本当にお姫様みたいだ)

 ポーッとしちゃうけど、気持ちを引き締める。

(贅沢に慣れて、嫌な女にならないよう気をつけよう)

「よし」

 日焼け止めを塗ったあと、私は手を洗ってリビングダイニングに向かった。





「わぁ……、ご馳走だぁ……」

 広いダイニングテーブルの中央には、籠に入った色んな種類のパンがある。

 白いプレートには綺麗な焼き色のプレーンオムレツに人参のグラッセ、目玉焼きとボイルされたウィンナーとブロッコリーが綺麗に並んでいた。

 サラダは千切りキャベツの他、紫キャベツや人参も使い、上に輪切りにしたピーマンがお花みたいにのっている、実にお洒落な物だ。

 そして速水家で出されるトマトは、フルーツみたいに甘い高級な奴だと私は知っている……。この家の子になりたい。

 普段使いしているドレッシングも、某高級スーパーの物でめちゃんこ美味しい。

 ホカホカと湯気を立てているコーンスープには、生クリームがちょっと掛かり、クルトンとみじん切りのパセリがのっている。パーフェクト!

「朱里、よだれ」

「えっ!? 嘘!」

 尊さんに指摘され、バッと口元に手をやった瞬間、尊さんは拳を自分の頬に当て、「嘘ぴょーん」と言って顔の側でパッと手を開く。

「嘘つきはお仕置きだべ~!」

 怒りを表すと、尊さんは爆笑して手を打ち鳴らした。
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