上 下
201 / 417
元彼に会う前に 編

空白の記憶

しおりを挟む
「そうですね。人生何事も修行」

 両手でギュッと拳を握ると、尊さんが優しい声で言った。

「結婚生活で躓いた時こそ、お義母さんと話して、人生の先輩の意見を聞くチャンスなんじゃないか?」

「……そうですね」

 実父が生きていた頃は、私は甘えん坊な子供だった。

 父は勿論、母の事も大好きで、何かあれば『お母さん、お母さん』と言っていた。

 でも父の死を経て大きな喪失感を得て、どうやって〝普通〟に生きていけばいいのか分からなくなった。

 母に甘えて寂しさを紛らわせたくても、母は一生懸命働いてそれどころではないように見え、遠慮してしまった。

 再婚したあとは余計に気を遣い、そうしているうちに『どうやって人に甘えるんだっけ?』と分からなくなり、今に至る。

 でも尊さんの愛情を受けてすべての感覚が〝普通〟に戻りつつある今、照れくさいけどもう一度母と娘として向き合えるのかもしれない。

(全部、尊さんのお陰だな)

 微笑んで彼の腕をまた抱き締めた時、尊さんが遠慮がちに尋ねてきた。

「……その。……今まであまり触れないようにしていたけど、亡くなったお父さんの事、聞いてもいいか?」

「……え? …………はい」

 父の事を尋ねられ、私は少しぼんやりして返事をする。

 すっかりもう話したような気持ちでいたから、今になって何を……と思ったけれど、すぐに考えを打ち消した。

(そうだ、私、お父さんの事を何も話してない……?)

 気づいて「どうして話さなかったんだろう」と思ったけれど、すぐに明確な答えは浮かんでこなかった。

「トラウマに触れるようだったら申し訳ないけど、どうして亡くなったんだ? 話したくないならいいんだけど」

 質問され、私は答えようとして小さく口を開き、少し息を吸って――――、出すべき言葉を失ってしまった。

 …………どうして死んじゃったんだっけ。

 お父さんの笑顔や、楽しかった思い出なら沢山出てくる。

 なのに、あれだけ大好きだったお父さんが、どうしていなくなってしまったのか、そこだけ記憶がごっそりなくなっていた。

「…………その…………」

 私は間をつなげるために呟き、そのあとも沈黙し続ける。

 それを尊さんは〝否定〟ととったのだろうか。

 彼は優しい声で「ごめん」と謝る。

「無理に聞きたい訳じゃない。いつか話してくれる気持ちになったら、その時に聞くよ」

「そ、そうじゃない!」

 私はザバッと水音を立て、体ごと彼を振り向く。

「違うの! 話したくない訳じゃない! 私……っ」

 必死な顔をしていたのか、尊さんは私をギュッと抱き締めてきた。

「いいんだ。ごめん」


「~~~~っ、そうじゃない! ……そうじゃないの。…………私、……その、待って」

 私は必死に説明しようとし、尊さんの腕の中で少し荒くなった呼吸を繰り返す。

「父の死に傷付いていて、話したくないとかじゃないんです。尊さんになら、どんな事だって話したいと思ってます」

「うん」

 尊さんは私を見つめ、何でも受け入れるという目をして頷いた。

「……分からないんです。……父がどうして亡くなったのか思いだそうとしたら、そこだけ記憶がぽっかりと白くなっていて……。思いだしたくても思いだせないんです」

 説明すると、尊さんの表情に微かに憐憫が混じる。

 そして彼は視線を落とし、痛みの籠もった笑みを浮かべた。

「……俺も、母と妹を亡くしたあと、しばらくそういう状態だった。だから焦らなくていいし、無理をしなくていい」

「ん……」

 呆然としつつ返事をしてから、一気に不安になってきた。

「……どうしてだろう……。なんで……」

 訳が分からなくて呟くと、尊さんは私の背中をトントンと叩く。

「今は一旦置いておこう。〝お父さんの死因が分からない〟という事が分かっただけでも、一歩前進としよう。記憶にない事を一気に知るのは不可能だし、少しずつ段階を追って考え、行動していくんだ」

「……はい」

 不安をそのままにせず、ちゃんと安心できるよう着地させてくれた尊さんに、私は内心感謝する。

 その時、私はハッと思いついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

男友達を家に入れたら催眠術とおもちゃで責められ調教されちゃう話

mian
恋愛
気づいたら両手両足を固定されている。 クリトリスにはローター、膣には20センチ弱はある薄ピンクの鉤型が入っている。 友達だと思ってたのに、催眠術をかけられ体が敏感になって容赦なく何度もイかされる。気づけば彼なしではイけない体に作り変えられる。SM調教物語。

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

処理中です...