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新年会 編

絡む小指

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「な、なんですか。女子トイレの前にいないでください。気持ち悪いですよ」

「キモいなんて言うなよ~。上村が立ったのをたまたま見たから、俺もついでに用足しして、ちょっと話そうと思っただけじゃないか」

 ……へぇ。たまたま……。

 私は心の中で、にがーい顔をする。

「上村、酔ってるんじゃないか? 顔赤いぞ」

「や、そりゃ飲んだら顔赤くなりますよ。まだそんな酔ってないので、お気にせず」

 私は顔の前でパタパタと手を振って二階に戻ろうとするけれど、係長に腕を掴まれる。

「ちょっと外付き合ってくれよ。俺、ちょっと涼みたくて」

「冬ですが。コート着てないのに外に出ろと?」

 私はひんやりと冬らしい対応をする。

「ちょっとだけ!」

 ……なんだろう。このだだ漏れるダメ男感……。

「雪でも降ってたら、係長に雪玉ぶつけて頭冷やして差し上げられるんですけどね」

「上村ってクールだよなぁ……。そういうところがいいんだけど」

 ああ、もう……。

「まだ料理全部出てないですし、戻って続きを楽しみましょうよ」

 ぶっちゃけ、係長よりご飯のほうが大事だ。

「じゃあ、上村の隣で飲んでいいか?」

「ええー」

 私は思いっきり嫌な顔をする。

「女子で楽しく会話してたんですから、あとにしてくださいよ」

「男子をハブにするなよ~」

 まったく、ああ言えばこう言う……。

 イライラしていた時、トントン……と階段を誰かが下りてきて、ヒョコッと尊さんが顔を出した。

「あ、時沢やっぱりトイレだったか。萩谷はぎやさんが『いない』って言ってたけど」

 はー、やっぱり尊さん、気にしてくれてた。良かった……。助かった……。

 係長は肩の力を抜いた私をチラッと見て、尊さんに少し不満そうな顔を向ける。

「せっかく上村を口説いてたのに」

 冗談混じりの言葉を聞き、尊さんはニッコリ笑う。

 ……が、その目は一ミリたりとも笑っていない。怖い。

「飲み会は半分プライベートだけど、半分仕事だ。上村さんを口説きたかったら、完全なプライベートで誘って了承を得てからしたらどうだ? 皆が参加する飲み会でこういう事をして、もしも上村さんが『強要されている』と感じていたらハラスメントに繋がるし、次回から飲み会に参加しなくなるかもしれない。そうなったら職場にも不和が生まれるし、親睦を深めるために飲み会をしてるのに、本末転倒になる」

 丁寧に説明され、係長は溜め息をついて諦めたようだった。

「……すみません」

 素直に謝った係長の背中を、尊さんはトントンと叩く。

「酒が入ると気が大きくなっちゃうよな。分かる。でも大切な事ほど、酒の力を借りたら駄目だ。女性はシラフの時に口説くこと。素の自分で勝負するんだ。酒の席でなんとなく決まる口約束より、昼間にしっかりプレゼンした商談のほうが信頼度が高い。分かるよな?」

「はい!」

 いい言葉を聞いた係長は、ポーッとした顔で頷いた。

「じゃ、二階に戻ってコップ一杯水を飲んどけ。解散!」

 そう言って尊さんが係長の背中をトンッと叩くと、彼は「うっす!」と言って二階に上がっていった。

「はぁ……。ありがとうございます」

 私はペコリと尊さんに頭を下げる。

 いつ誰が下りてくるか分からないから、部長と部下モードのままだ。

「どういたしまして。中村さんが『遅い』って気にしていたし、次の料理も来てるから、続きを楽しんで」

「はい」

 軽く会釈をして通り過ぎようとした時、尊さんが一瞬手に触れてきた。

 小指が絡み――、最後まで名残惜しく私の小指を辿ってから、スルンとほどけた。

「っ~~~~」

 ――ずるい。

 仕事モードにして気にしないようにしてるのに、こういう事をするなんて。

 思わず振り向いたけれど、尊さんはカウンターにいる店員さんに、飲み物のお代わりを頼んでいた。

 こうやって、速水尊という人は私の心をかき乱す。

 将来を誓った恋人になったからといって油断できず、私はいつも全力で彼にドキドキしっぱなしだ。

 そのあと、私は尊さんの事を考えながら二階に戻った。

 色んな人が話しかけてくれて楽しく過ごしたけれど、心の中には尊さんがいて、何をしても彼の事を考えてしまうのだった。





 飲み会が終わったあとは交通機関を使って家に帰り、最寄り駅からマンションまで歩いている時、尊さんから連絡が入った。

【ちゃんと帰れてるか?】

 メッセージを見て、私は自然と笑顔になる。

【大丈夫です。あとちょっとで家です】

【明日、十一時にっていう約束だから、余裕を持って十時過ぎには迎えに行く】

【はい】

 明日はいよいよ、尊さんを家族に紹介する。

 亮平は尊さんと和解できた訳だし、多分大丈夫……と思いたい。

 問題は美奈歩だけど、亮平がうまく説明してくれていたらいいんだけどな。

 そう思いながらマンションに着き、オートロックを開けて郵便物を確認し、エレベーターに乗った。

(疲れた。明日はちょっと遅く起きれるから、ゆっくりお風呂浸かろうかな)

 フロアに着き、私は廊下を歩いていく。

 ――と、部屋の前に男の人が立っているのが見えて、ギクッとして足を止めた。
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