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家デート 編
経理部長の解雇
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「初めて行ったのはイギリスだった。すげぇ単純な理由だけど、現代でも貴族がいる国ってずっと気になってた」
「分かります」
「ロンドンのセント・パンクラス駅にストリートピアノがあるのも、事前に知っていた。……だから、腕試しにエルガーを弾いてみた」
そこまで言い、尊さんは自分の太腿の上に両手を置く。
『威風堂々』なら私も知っている。……というか、レトルト中華のCMでお馴染みになってしまった。
「曲を弾いたら、周りにいた人たちが歌い始めてくれた。日本人って盛り上がったからって『君が代』歌わねぇだろ。でも向こうの人は何かあれば国歌を歌うし、自分たちが誇りに思っている自国の曲も歌う。俺はその時、『音楽を通じて何かに属する事ができた』って感じて、凄く嬉しかったんだ」
ずっと孤立していた尊さんが、そう思って喜びを得る気持ちはとても分かる。
友達を積極的に作れる性格にならず、恋人を作る事にも後ろ向きになった彼にとって、海外で音楽を通じてコミュニケーションをとる事はとても重要だったんだろう。
「海外デビューみたいな感じで、すげぇ饒舌に色んな人と話したな。そりゃあ、楽しい事ばっかりじゃなかったけど、体当たりで色んな人と関わった」
尊さんはいつの間にか私の手を握り、何とはなしに私の指を辿っている。
「ヴァイオリンも少し教えてもらったけど、俺のメインはピアノだ。でも持ち歩けるもんじゃない。『じゃあ、自分を表現する方法ってあとはなんだ?』って思った時、ダンスだと思った」
「そっか……」
尊さんがダンスを踊るようになった思考の流れを知り、私は頷く。
「俺はその国の歴史や職人芸、伝統的なものに惹かれた。色んな人、国、文化のルーツを知りたかったのかな。流行のものは、日本にいても触れられるような気がしたから」
「確かにそうですね。日本に憧れる海外の人も、日本人の職人が握ったお寿司や伝統芸能、伝統工芸品に惹かれていると思います。……尊さんは、他にどこの国に行きました?」
「ヨーロッパはフラフラあちこち歩いて、あとは中国や東南アジア、アメリカ、オーストラリアも行った。南半球の遠い所はなかなか気軽に行けねぇけど」
「いいなぁ。尊さんと一緒にあちこち行ってみたい」
「朱里と一緒なら、すげぇ楽しいだろうな。お前となんでも分かちあえると思うと、今からワクワクする」
「私も!」
二人で言い合ったあとクスクス笑い、自然とキスをした。
**
週末の帰省未遂はそんな感じで終わり、一月十五日の月曜日からまた仕事に戻る。
その頃には、社内の掲示板に経理部長の怜香さんが解雇となった旨が書かれ、皆がざわついていた。
デスクについていても、つい耳をそばだててしまう。
「社長夫人が捕まった」「速水部長のお母さん」「不倫」「社長の二股」「ひき逃げ」……。
そんな言葉が聞こえてきて、胸の奥がギュッとなる。
皆、透明なパーティション越しに尊さんを気にしていたけれど、彼はいつもの態度を貫いていた。
やがて上層部で会議が開かれる事になった。
「どうなるんだろね」
お昼休みに社食でランチをとっている時、恵がボソッと言う。
「分かんない……」
もう社内ではその話で持ちきりだ。
浮気していた社長を悪く言う声があると思えば、尊さんが実は社長の息子だと知って俄然色めき立つ女性社員もいる。これは予想通りだ。
私もずっと落ち着かなく、仕事も上の空になってミスを連発していた。
「ねぇ、気になるのは分かるけど、朱里がそんなに動揺する事?」
恵に尋ねられ、私は思わず彼女を見つめる。
(知ってるんでしょ?)
言いたいけれど、今はまだ言えない。……だから……。
「……恵、今日ちょっと……、話せる?」
私が強張った表情で言ったからか、彼女も何かピンときたようだった。
「いいよ。いつもの店予約しとく?」
「うん……」
恵と行く〝いつもの店〟は、会社近くにあるお気に入りの肉バルだ。
でも今ばかりは、親友と飲みと言われても素直に喜ぶ事はできなかった。
「分かります」
「ロンドンのセント・パンクラス駅にストリートピアノがあるのも、事前に知っていた。……だから、腕試しにエルガーを弾いてみた」
そこまで言い、尊さんは自分の太腿の上に両手を置く。
『威風堂々』なら私も知っている。……というか、レトルト中華のCMでお馴染みになってしまった。
「曲を弾いたら、周りにいた人たちが歌い始めてくれた。日本人って盛り上がったからって『君が代』歌わねぇだろ。でも向こうの人は何かあれば国歌を歌うし、自分たちが誇りに思っている自国の曲も歌う。俺はその時、『音楽を通じて何かに属する事ができた』って感じて、凄く嬉しかったんだ」
ずっと孤立していた尊さんが、そう思って喜びを得る気持ちはとても分かる。
友達を積極的に作れる性格にならず、恋人を作る事にも後ろ向きになった彼にとって、海外で音楽を通じてコミュニケーションをとる事はとても重要だったんだろう。
「海外デビューみたいな感じで、すげぇ饒舌に色んな人と話したな。そりゃあ、楽しい事ばっかりじゃなかったけど、体当たりで色んな人と関わった」
尊さんはいつの間にか私の手を握り、何とはなしに私の指を辿っている。
「ヴァイオリンも少し教えてもらったけど、俺のメインはピアノだ。でも持ち歩けるもんじゃない。『じゃあ、自分を表現する方法ってあとはなんだ?』って思った時、ダンスだと思った」
「そっか……」
尊さんがダンスを踊るようになった思考の流れを知り、私は頷く。
「俺はその国の歴史や職人芸、伝統的なものに惹かれた。色んな人、国、文化のルーツを知りたかったのかな。流行のものは、日本にいても触れられるような気がしたから」
「確かにそうですね。日本に憧れる海外の人も、日本人の職人が握ったお寿司や伝統芸能、伝統工芸品に惹かれていると思います。……尊さんは、他にどこの国に行きました?」
「ヨーロッパはフラフラあちこち歩いて、あとは中国や東南アジア、アメリカ、オーストラリアも行った。南半球の遠い所はなかなか気軽に行けねぇけど」
「いいなぁ。尊さんと一緒にあちこち行ってみたい」
「朱里と一緒なら、すげぇ楽しいだろうな。お前となんでも分かちあえると思うと、今からワクワクする」
「私も!」
二人で言い合ったあとクスクス笑い、自然とキスをした。
**
週末の帰省未遂はそんな感じで終わり、一月十五日の月曜日からまた仕事に戻る。
その頃には、社内の掲示板に経理部長の怜香さんが解雇となった旨が書かれ、皆がざわついていた。
デスクについていても、つい耳をそばだててしまう。
「社長夫人が捕まった」「速水部長のお母さん」「不倫」「社長の二股」「ひき逃げ」……。
そんな言葉が聞こえてきて、胸の奥がギュッとなる。
皆、透明なパーティション越しに尊さんを気にしていたけれど、彼はいつもの態度を貫いていた。
やがて上層部で会議が開かれる事になった。
「どうなるんだろね」
お昼休みに社食でランチをとっている時、恵がボソッと言う。
「分かんない……」
もう社内ではその話で持ちきりだ。
浮気していた社長を悪く言う声があると思えば、尊さんが実は社長の息子だと知って俄然色めき立つ女性社員もいる。これは予想通りだ。
私もずっと落ち着かなく、仕事も上の空になってミスを連発していた。
「ねぇ、気になるのは分かるけど、朱里がそんなに動揺する事?」
恵に尋ねられ、私は思わず彼女を見つめる。
(知ってるんでしょ?)
言いたいけれど、今はまだ言えない。……だから……。
「……恵、今日ちょっと……、話せる?」
私が強張った表情で言ったからか、彼女も何かピンときたようだった。
「いいよ。いつもの店予約しとく?」
「うん……」
恵と行く〝いつもの店〟は、会社近くにあるお気に入りの肉バルだ。
でも今ばかりは、親友と飲みと言われても素直に喜ぶ事はできなかった。
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