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亮平 編

俺は怖かった

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「あぁー……、一日疲れた。でも尊さんのドライブで帰れるなら最高」

「今度、車でもうちょっと遠い所に泊まりで出かけるか」

「はい!」

 提案され、私は満面の笑みで頷く。

「どこがいい? 暖かくなったら花のある所とか、温泉とか、ランド的なものでもいいし」

「尊さん、絶叫系乗れます?」

「平気」

「わああ……、尊敬する……。お化け屋敷は?」

「友達から『リアクションが薄い』って文句を言われたな」

「あぁ……、なんか目に浮かびます」

 たわいのない話がとても幸せで、私はクスクス笑う。

「今度、嫌じゃなかったら尊さんの友達に紹介してほしいです」

「いいよ。まだ友達に『結婚する』って言ってなかったから、どこか小洒落たイタリアンバルででも話すか」

「やったー!」

「今の『やったー』は、紹介よりイタリアンバルだろ」

「そっ、そんな事ない!」

 焦った私の返事を聞き、尊さんは肩を揺らして笑う。

 そのあと、何となく沈黙になってしまったけれど、尊さんとならまったく気まずくない。

 沈黙が重たくならない人って、地味に貴重だ。

「……朱里」

「はい?」

 やがて尊さんが口を開き、私は穏やかな気持ちで返事をする。

「怖い思いをさせたな。側にいてやれなくて悪かった」

 改めて亮平の事を言われ、私は苦笑いする。

「……大丈夫です。あれでも一応家族だし、拉致されても亮平が私に〝何か〟をする勇気なんてないって分かってました。もしも本当にヤバイ奴なら、私はすでに〝何か〟されていました。一時は同じ家に住んでいたんですから」

「……こういうと彼に悪いけど、疑わしかった事は?」

「いいえ。下着ドロや盗撮とかもありませんでした。本当にヘタレなんですよ」

「そうか……」

 もう一度話を聞いて、ようやく尊さんは納得したようだった。

 少ししてから、彼は大きな溜め息をついて言った。

「……俺は怖かった」

「…………ぁ…………」

 その言葉を聞き、胸の奥をギュッと握られたような気持ちになる。

「……ごめんなさい」

「いいや、朱里が謝る事じゃない。だからといって、亮平さん一人を強く責める事でもない。……ずっと前から、お前がストーカーや痴漢に遭ってたと知ってたのに、側で守れなくてもどかしかった」

 彼が私を見守ってくれていた時期を思い、私は視線を落とす。

「……駄目だな、俺。ようやく手に入れた朱里が大切すぎて、どこかにしまっておきたくなっちまう」

「ふふふ、生憎、ミニサイズじゃないです」

 冗談めかして言うと、尊さんも笑ってくれた。

「今回は『大丈夫』と分かっていました。でもそうじゃない時も絶対あります。その時はすぐ尊さんに助けを求めますから」

「ああ。……本当は呼ぶ距離もないほど、常に側で守りたいんだけどな」

「……気持ちだけ受け取っておきますよ」

 本当は私だっていつも尊さんと一緒にいたいけど、現実問題、無理なのは分かっている。

 ここで私が甘えてしまったら、尊さんの事だからどうにかしようと考えてしまうだろう。

 無理はさせたくない。

 可能な範囲で、危険な目に遭わないように私が気をつけていかないと。

 そう思って答えたけれど、尊さんはどこか残念そうに笑う。

「……朱里は甘えてくれねぇなぁ……」

「えっ? 甘えてますよ」

「俺がいないと生きていけないぐらい、ズブズブに嵌まってくれればいいのに」

 そう言って、彼は一瞬こちらを見て悪戯っぽく笑った。

「もう! ヤンデレですよそれ!」

「ははは! ストーキングしてたし、位置情報も把握してる立派なヤンデレだよ」

「開き直らないでください!」

 軽快なジャズが流れる車内で、私たちは笑い合いながら帰路についた。



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