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亮平 編

中華街を駆け抜ける

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「……あのさ、美奈歩にとって亮平は〝自慢のお兄ちゃん〟なの。それをちゃんと分かってあげてよ。亮平が血の繋がってない私を気にしてたら、美奈歩が嫉妬するって考えなかった?」

「実の妹が継姉に嫉妬するって変だろ」

 亮平は少し驚いたように言う。

「だから~。美奈歩はブラコンなの! そこに男女の愛情はなくても『大好きなお兄ちゃんだから、自分が認めた女性じゃないと許さない』っていう感情があるの」

 ここまで鈍くて許されるものなのか。

「継姉であっても、私は血が繋がってない他人。〝家族〟になっても、美奈歩が認めない限り私は彼女の〝姉〟には一生なれないの。同じように亮平だって私を〝妹〟として見てくれていない。だから私も壁を感じて、いつまで経っても二人に慣れない」

 苛立った私は、乱暴に溜め息をつく。

「前から思ってたけど、亮平って鈍いよね。鈍感。こういう言い方するのは悪いけど、別れた彼女にもそういうところを指摘されなかった?」

 そう言うと、彼はしばらく黙っていた。

「……『私の事を見てない』って言われた」

 うわぁ……。それってもしかして……。自惚れじゃなかったら……。

「確かに、俺はいつも朱里の事を考えていた」

「もおおおおおおおおおお……!」

 私は牛か! ってぐらいうなり、助手席で地団駄を踏む。

(もうやだ……。疲れた……)

 ぐったりとヘッドレストに頭を預けて脱力した時、車は中華街近くの駐車場に停まった。

「行くぞ」

「…………食欲ないよ…………」

 うんざりして言うけれど、亮平は車から降りてしまう。

「はぁ……」

 私は大きな溜め息をついて助手席から降りた。





 人でごった替えしている中華街をブラブラ歩き始めた私は、何度目になるか分からない溜め息をついた。

 いつもなら何を食べようか周りをキョロキョロしていただろうけど、一緒にいるのが亮平だっていうだけでテンションだだ下がりだ。

 おまけに直前まであんな話をして、食べ物を食べられる訳がない。

「朱里、はぐれるなよ。ほら、手」

「いらない」

 ふざけるな。あの流れで誰がお前と手を繋ぐか。

 というか、手を繋げると思えている神経が凄い。

(……適当にまいて、一人で帰ろう。お母さんには日を改めるって伝え直すか)

 溜め息をつきながら考え、「一日、無駄にしたなぁ~」と思うと気持ちが重たくなる。

(こんな事になるなら、尊さんとデートしたかった。中華街来るなら尊さんと来たかった)

 もう、こんな最低な気持ちにさせた亮平を恨みたいぐらいだ。

 汚い言葉で罵りたいぐらいには腹が立っている。

「朱里、小龍包食べるか?」

「いらない。……っていうか、ハッキリさせておきたいんだけど」

 私は立ち止まり、つられて亮平も歩みを止めて私を見る。

「もうこういうのはやめてほしい。私は結婚するし、亮平の事を一人の男性としてなんて絶対見られない。すべてを亮平のせいにするつもりはないけど、あんたの鈍感さのせいで美奈歩の私への当たりが強くなったのは確かだと思ってる」

 楽しげでおめでたい飾り付けがされた中華街の中で、私は表情を曇らせてこの上なく暗い気持ちになっていた。

「両親が再婚した事に文句はない。ただ、亮平に変な目で見られていた事はずっとストレスだったし、美奈歩に敵視されて無視され、心ない言葉を向けられてメンタルがゴリゴリに削られた。私はもう上村家から卒業して、一人の女として幸せになりたいの。もう私を気にするのはやめて。私の幸せを邪魔しないで」

 言ったあと、私はパッと走り始めた。

「っおい!」

 後ろで亮平が焦った声を上げたのが分かったけれど、とにかく走りまくって雑踏の中でまこうとした。

 中華街には家族で一回来たのと、恵と日帰りで来たのとで二回だけ。

 複雑な土地ではないと思うけれど、慣れてもいない。

 でも適当に走ったら端まで行けるはずだ。

 向かう方角を決めた私は、ときどき角を曲がりながらひたすらに走った。

「はぁっ……、はぁ……っ」

 冬だというのにコートの中で汗を掻き、足を止めたのは玄武門をくぐったあとだった。

 近くにはスタジアムがあり、人通りはあるけれどお店からは離れている。

 亮平が車を停めたところから大分離れているし、もう見つかる事はないだろう。

「…………疲れた……」

 大きな溜め息をついた私は、そのまま最寄り駅に行こうかと思ったけど、行き先を山下公園に変えた。

 どうせこうなったなら、ちょっと海でも見て黄昏れてやろうと思ったのだ。
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