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仕事始め 編

仕事始め

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 一月九日火曜日、私は気合いを入れて出社した。

「おはよ」

 フロアについて企画三課の〝島〟にある自分のデスクにバッグを下ろすと、隣にはすでに恵が座っていた。

「おはよう。年末年始どうだった? 私、家族で冬キャンプしたわ」

「あはは、さすがアクティブ一家だね。冬のキャンプって寒そうだけど雰囲気あるね」

 そう言った私の顔を、恵はしげしげと見てくる。

「……ん?」

 目を瞬かせると、恵は私の顔を見て微笑んだ。

「なんか最近、表情豊かになったね。田村くんの事ふっきれた?」

 尋ねられて、私はまだ恵に尊さんと付き合っている事を教えていないのを思いだした。

(そっか。恵はまだ、私は何も知らないと思ってる)

 そう思うと、急に複雑な気持ちになってきた。

 昭人にフラれたあと心配させたし、『彼氏ができたからもう大丈夫』って安心させたい気持ちはある。

 でもそしたら『誰と付き合ってるの? 紹介して』ってなるだろう。そこで尊さんが出てきたら恵は気まずい立場になる。

 恵に〝忍〟の事は言わなかったけれど、私の事を誰より近くで見ていた彼女なら、私が誰かを想い続けていたのに気づいていたと思う。

 そして彼女は〝篠宮さん〟が私の命の恩人であると知り、私の事を報告し続けた。

 普通なら友達の情報を動画を撮って他者に横流しするなど、絶交案件だ。

 だから恵は私に真実を知られるのを怖れ、尊さんと繋がりがあるのを黙り続けた。

(いつか結婚する時には恵にも祝福してほしい。そのためには、私たちが付き合っている事を教える必要がある。私は特に怒ってないけど、恵は罪悪感を抱いてるだろうから慎重に伝えないと……)

 彼女の顔を見てぼんやり考えていると、「どうしたの?」と腕をポンと叩かれる。

「ん、いや、何でもない。そうだね。なんかもう吹っ切れてきた」

「朱里は年末年始どうだったの? あけおめメッセージはくれたけど」

「うん、普通に実家で過ごしたよ」

 尊さんと豪勢な年越しをしたなんて言えないので、心苦しいけれど嘘をついた。

 その時、私たちの間にヌッと腕が現れ、デスクの上にチョコレートを置く。

「ハワイ土産、どうぞ」

 機嫌良く言ったのは、例の尊さんに熱烈ビームを放ってる先輩、牧原綾子まきはらあやこさん二十八歳だ。

「ありがとうございます」

「どうもです。ホントだ。ちょっと焼けてますね」

 恵が指摘すると、綾子さんは両手を頬に当ててクネクネする。

「そうなのよ~。一生懸命日焼け止め塗ったのに、やっぱり日差しが違うのよねぇ」

「彼氏さんと行ったんですか?」

 さらに恵が尋ねると、綾子さんはちょっと自慢げに頷いた。

「そうなの。彼、サーフィン得意だから海外に行くってなると、海のある所を選びがちで。私はヨーロッパのお城巡りとかしたいんだけどなぁ」

 綾子さんは尊さんを狙ってるけど、ちゃんと彼氏がいる。

 彼女はスラッと背が高くてスリムで、脚が綺麗だ。人なつこい顔立ちをしていて美意識も高く、近寄りがたい美人というより、柔らかい雰囲気のお姉さんという感じがある。

 その笑顔で難航していた企画をごり押しし、綺麗な上、仕事もできる凄い人だ。

 ただ、自分磨きをして仕事ができる分、野心が強い。

 歴代の彼氏は次第にグレードアップして、今は商社マンとお付き合いしているほどだ。

 そのまま結婚するだろうと言われているけれど、綾子さんの中のイケメンレーダーが、三十二歳の若さで部長になった尊さんを気にしている。

 彼女なりに尊さんを「ただ者じゃない」と思っているんだろう。

 今のところ綾子さんに敵視されていないけど、尊さんと付き合っていると知られたら、彼女や周囲の人がどういう反応をするか、考えるだけで怖い。

「可愛い部下には、僕からもお土産あげようかな~」

 その時、陽気な声がしたかと思うと、また私たちのデスクの上にポンポンとお菓子が載った。

「あ……、梅ヶ枝餅」

「めちゃ好き! 毎年ありがとうございます!」

「毎年の帰省でお決まりだけど」

 そう言って笑ったのは、爽やか体育会系の係長、時沢圭太ときざわけいたさんだ。年齢は三十歳。

 学生時代は柔道をやっていて、全国大会に行ったツワモノだ。

 でも体を痛めて志半ばに諦めたあとは、普通に就職する道を選んだらしい。

 それまでスポーツ推薦で人生を進んでいたから、柔道を辞めた時はちょっと荒れたらしい。けど今はまじめに仕事に取り組んで係長にまで昇進した。

 ときどき体育会系ノリが暑苦しい時もあるけれど、基本的に悪い人ではないと思ってる。

 ……ただ、係長に飲みに誘われる事が多くて、ちょっと鬱陶しく思ってはいる。
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