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加速する絶望 編

湧き起こる劣情

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 その連絡が中村さんから届いたのは、俺が二十五歳、朱里が十九歳の大学二年生の時だった。

 うんざりするような暑さに参っていた八月上旬、彼女からメッセージが入った。

【今度、朱里と田村くん、もう一人の男の子と四人でお泊まりデートに行くんです】

「…………は?」

 自宅で晩酌していた俺は、スマホの画面に胡乱な目を向ける。

【どこに?】

 トントン、とメッセージを打ったあと、俺は舌打ちする。

 考えてなかった訳じゃない。付き合っていればいずれキスもするだろうし、泊まりがけのデートだってするだろう。

 朱里のビジュアルで、今まで手つかずだったのは奇跡と言っていい。

【教えませんよ。篠宮さん、邪魔しに現れそう】

【いかねーよ】

 俺は溜め息をつき、つまみのチーズを食べる。

 そのあと中村さんは本当にどこへ行くかを言わず、いつものように朱里の様子などを報告したあとメッセージを終えた。

(朱里が野郎と泊まりだって? その年頃の男が何考えてるか、分からない訳じゃねぇだろ。お前と付き合ったのだって、ソレ目的かもしれねぇし)

 イライラした俺は、朱里の初体験が気になって堪らなくなった。

 その頃の朱里は身長の高い、巨乳美女ぶりに磨きを掛けていた。

 当然周囲の男から色目で見られているらしいが、本人が人付き合いが苦手なのと、中村さん、田村の存在がなんとか防波堤になっているみたいだ。

 だがバイト先の居酒屋では酔っ払いに絡まれる事も多いらしく、辞めたあとは客に顔を見られない、飲食店のキッチンスタッフになったらしい。

 朱里が大学生になってあらゆる事の自由度が高くなってから、俺は常に彼女の事を考えてイライラするようになっていた。

 キャンパスではすれ違う生徒が彼女を注目しているようで、密かな有名人になっているのだとか。付き合っている田村はさぞいい気分だろう。

 そんな田村が、〝彼女〟とセックスしようと思わない訳がない。

 今までは、すぐがっついたら駄目だと思って我慢していたかもしれないが、大学生になればそういう関係になってもおかしくない。

『……くそっ』

 吐き捨てるように毒づいた俺は、胸の奥に湧き起こる劣情に気づかないふりをした。





 しばらくしてから、中村さんから聞きたかったような、聞きたくなかったような報告が送られてきた。

【朱里、田村くんと初エッチしたみたいです。まぁ、普通に『痛くてあまり気持ちよくなかった』みたいですよ】

 それを見て、俺は思いきり息を吸い、震わせながら吐いた。

『…………クソが』

 俺は低く唸ってからウィスキーを呷り、ロックグラスをダンッと乱暴に置く。

 湧き起こる思いは、あからさまな怒りと嫉妬だ。

 ――俺のほうが朱里の事をずっと知ってるんだぞ!

 そんな想いが激しい感情と共にこみ上げるが、自分が文句を言えない立場なのは分かっている。

 俺は自分の意志で、朱里の前から立ち去った。

 本名を名乗らず、連絡先も交換せず、通行人Aとなる事を選んだのは自分だ。

 それに対し、田村は正面から朱里に声を掛け、告白して付き合った。あいつのほうが正攻法で彼女に近づいた事ぐらい分かっている。

 だからこそ、自分が選択を間違えたかもしれない事に苛立っている。

 子供に関わるのはデメリットが大きいと判断したはずだ。

 なのに今は『俺のほうが田村より朱里を大切にできる。美しく成長した彼女を俺が誰よりも分かってやれる』と思っている。

 あまつさえ、初体験の話を聞いて『俺のほうが上手に抱ける』なんて思ってしまった。

『……あの子に性欲を抱いてるのか? 六つも年下なのに?』

 そこまで言って、墓穴を掘った事に今さらながら気づいた。

 あの時の朱里は中学生で、俺はまるっきり彼女を相手にしなかった。

 人は誰だって成長し、歳を取ると分かっていても、あの時の俺は彼女が美しく成長する事を想像していなかった。

 当時も美少女だとは思っていたが、あれが大人になるなど考えもしなかったんだ。

 ――俺の落ち度だ。

 死にかけていた子猫を助けて譲渡したあと、数年経って見てみれば、たいそうな美猫になっているのを見たような気持ちだ。

(今さら惜しい、欲しいなんて思っても、俺にそんな資格はないだろ)

 言い聞かせるも、その日から俺はずっと朱里を一人の女として意識し、今日もまた田村に抱かれているのだろうかと考え、悶々とするようになっていった。



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