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加速する絶望 編

慰め

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 宮本も今まで付き合った女性たちも、すべて怜香に言われて離れていったのだと知り、行き場のない怒りを抱くものの、どこにも発散できない。

 食べるのも面倒臭くなり、缶コーヒー一本で済ませる日もあった。

 そんな中、俺の心を救ったのは、中村さんから送られてくる朱里の写真や動画だった。

『…………は、……よく食うわこいつ』

 スマホの動画では、以前より笑うようになった朱里がハンバーガーを食べている。

《マジで? 朱里二個目?》

 最近よく動画に登場するようになった田村が呆れたように言い、朱里は《お腹すいたもん》と言って二個目のハンバーガーに手を伸ばす。

《栄養が全部胸にいってるんじゃない? 私に分けてよ》

 そう言ったのは中村さんだ。

《分けられるなら分けてあげたいよ。こないだだって痴漢に遭って……、あー、腹立つ》

 朱里が痴漢に遭ったと聞いて、少し気持ちが穏やかでなくなる。

 だが田村と付き合い、側に中村さんもいるなら……と自分に言い聞かせた。

 朱里はしばらくモグモグと口を動かしていたが、溜め息をついて呟いた。

《家に帰りたくないな》

 俺は彼女の今の家庭環境を思い、溜め息をついた。

 朱里の母親は再婚し、現在は継父と継兄、継妹と暮らしている。

 高校一年生の思春期まっただ中に生活環境が変わり、動揺していない訳がない。

 おまけに今までは母子家庭だったのに、新しい生活空間には血の繋がっていない〝男〟がいる。

《お父さんはいいんだけどさ……。亮平が何か気になるんだよね。こないだなんて学校まで迎えに来たんだよ? クラスの人に彼氏かって聞かれて困ったもん》

《家族になったばっかりだし、心配だったんだろ。朱里は考えすぎだよ。そうやって家族を疑うのは良くないと思う》

 田村に言われるが、朱里は首を横に振る。

《……心配……だったのかもしれないけど、……なんか違うんだよなぁ。ハッキリしないけど、雰囲気がねっとりしてるんだもん》

 そのあとも朱里は継兄への不満ともつかない感情を吐露したあと、大きな溜め息をついて継妹への愚痴をこぼした。

《美奈歩は私への当たりが強いったら。同じ空間にいるだけなのに、わざとらしく大きい溜め息つくんだよ。……どうすれっつーの》

《朱里は巨乳美少女だから、お兄ちゃんを取られるって思ったんじゃない?》

 中村さんにからかわれるように言われ、朱里は彼女を睨む。

《家族なんだから体型とか顔とか関係ないでしょ。……もしも亮平がそういうところを気にしてるんだったら……。うわあああ……! 鳥肌立ってきた!》

 嫌がった朱里は、高速で手を動かして自分の二の腕をさする。

《……ところで恵、なんでいっつも動画とってるの?》

《いいじゃん。可愛い朱里を記録に残しておきたくて》

《パンダの成長記録か!》

 朱里は中村さんに明るく突っ込み、ポテトに手を伸ばした。

『……なんとかやれてるみたいで良かったな』

 あの時命を救った朱里が、こうして普通の生活を送っているのを見ると気持ちが安らぐ。

(……いつか直接会ってみたいって思うのは、危険な考えなんだろうな)

 ベッドの上に仰向けになった俺は、スマホを置いて目を閉じる。

 あれから二年経ったし、忘れてる……事はないと思うが、顔をハッキリ覚えているかと言われたら、難しいだろう。

 俺はこうして写真や動画を見て朱里の成長具合を知っているが、彼女は二年経った俺の姿を知らない。

 昔からの友人であっても、まったく連絡を取らない間、少しでも雰囲気が変われば分からなくなる確率は高い。

 朱里を助けた時の俺は、大学生だったから髪の色を少し明るくしていたし、髪も今より長かった。

 だが今は黒に染め直して短めに切り、サラリーマンとして相応しい格好になっている。

 ――きっと分からないに決まってる。

 俺は心の中で、期待する自分を否定した。

『……認識されなくたっていいだろ。あの時助けて、目的は果たしたんだ。今さら朱里に恩人として慕われたい? いくら自分がどん底にいるからって、高校生に救いを求めるのは違うだろ』

 俺はわざと自分に痛烈な言葉を向け、未練がましい想いを断ち切ろうとする。

 だが絶望した時ほど、幸せそうな人に手を伸ばしたくなるのはなぜだろう。

 ――助けてくれよ、なぁ。

 心の奥底で、もう一人の俺が泥にまみれて溺れながら、朱里に救いを求める。

 そいつが苦しむ声が心の中で反響したが、俺は無視し、押し殺していった。





 そのあと、特に大きな事件はなかった。

 父の意向か分からないが、俺はある程度のポストには収まるらしく、少しずつ昇進していった。

 だが働いても働いても、一向にやりがいは得られないし、満たされない。

 俺の事を『イケメン上司』と呼ぶ女性社員がアプローチしてきても、適当にあしらって相手をしなかった。

 ――どうせこいつらだって、怜香に言われて離れていくに決まってる。

 俺は誰にも期待しなくなり、あらゆる欲から遠ざかったような生活を送っていた。

 健康のために食事はきちんと取っているが、食べる事はただの作業になる。

(朱里がいたら、美味そうに食うのかな)

 時々そう思ったが、あの子と食事を一緒にするなどあり得ない。

 それなのに『朱里なら……』と考えてしまう。

 ちゃんと寝て食べて健康なはずなのに、俺は精神を病む一歩手前の状態にあった。

 だからなのか、良からぬ事を考えるようになる。

 ――朱里なら、俺に恩を感じているから裏切らないだろうか。

 ――もしもあの子が側にいたら、このクソみたいな生活は変わるだろうか。

 決して関わってはいけないと思っていたのに、俺は次第に朱里に異常なまでの執着を示すようになっていった。
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