92 / 417
旅先で出会った〝朱里〟 編
〝あかり〟と〝しの〟
しおりを挟む
『病院に通って薬をもらってる。気持ちを落ち着かせるやつとか、眠れない時は睡眠導入剤とかな。どうしてもしんどい時は病院使うのが一番だ』
『それって、精神科?』
彼女が少し不安そうな顔をしたので、苦笑した。
『偏見があるみたいだけど、骨折したら整形外科行くのと同じだよ。ストレスが掛かりすぎて心が壊れそうになったら、完全に壊れる前に病院に行く。体だけじゃなく、心も健康じゃないと意味がねぇんだ』
少女は初めて知ったように感心し、頷いた。
彼女はまだ若いから、これからも色んな事を吸収して育っていくだろう。
本当に、子供は可能性の塊だ。
だからこそ、タイミング良く救えたこの子が、健やかに育っていく事を切に願った。
『送ってく。家は?』
『…………旅行で来たの。親戚の叔父さんが〝息抜きしなさい〟って、お母さんに旅行券をくれて。……あっちのホテルに泊まってる』
そう言って、彼女は歩いてきたほうを指さす。
『そっか』
俺は頷き、ゆっくり歩き始める。
『名前は?』
今後関わるつもりなんてないのに、無意識に尋ねてしまった。
『今野朱里』
――あかり。
その名前を聞いた瞬間、ズキンッと激しい頭痛が襲い、俺は立ち止まって頭を抱える。
『お兄さん?』
不安げにこちらを見上げた彼女――、朱里の顔に、――――が重なる。
地面にぐったりと横たわり、――――した、小さな――――。
――駄目だ。
俺は歯を食いしばり、溢れようとする記憶に蓋をした。
「………………大丈夫だ、あかり」
俺は表層の自分と深層の自分を切り離し、努めて冷静に返事をする。
――いつもつらくなっても誤魔化せただろ? 大丈夫、お前ならできる。
俺は心の奥で苦しむ自分に痛みを押しつけ、温泉街の景色を眺めながらゆっくり歩く。
『お兄さんの名前は? ……いつか、また会いたいな』
はにかんで言う朱里を見て、俺は苦笑いする。
『俺の事なんて覚えてなくていい。旅先ですれ違った一人だと思っておけばいいんだ』
『私の事、助けてくれたじゃない。死のうとしたのを止めて、私の人生を変えたんだから……。……覚えさせてよ』
朱里は俺のコートの袖を掴んで立ち止まり、心細そうな表情で訴えてくる。
(……確かに、それもそうか。普通なら、助けられたらお礼を言いたいとか、恩返しをしたいと思うのか)
遅れて俺は、一般的な考え方として思い直す。
(けど、俺みたいなのが関わったら駄目だ。一応篠宮家の人間だし、もしも怜香に知られたら何と言われるか分からない。俺がロリコンと呼ばれるぐらいならいいが、何も関係ない朱里に何かがあったら困る)
だが何かしらの答えを出さなければ、朱里は納得しないだろう。
(なら、偽名でも……)
その時思い浮かんだのは、〝篠宮〟の名字と〝東雲〟の叔母の顔だった。
『…………しの……』
『しの? お兄さん、しのっていうの? どういう漢字?』
朱里は俺が呟いた言葉を、名前だと勘違いしたようだった。
捻った偽名を考えても忘れてしまいそうなので、それを利用する事にした。
『……忍。耐え忍ぶの〝しの〟だ』
言いながら、あまりに自分に合いすぎて笑ってしまった。
『忍、スマホ持ってる?』
そう言って、朱里はコートのポケットからスマホを出し、メッセージアプリを開く。
死のうと思って橋まで来たのに、スマホを持っているのが今の子らしくて、つい笑いそうになる。
『……いや、急いで出てきたから、宿に忘れたな』
本当はコートのポケットに入っているが、嘘をついた。
朱里は孤独を感じているし、母親に頼りづらくなっているだろう。
母子家庭になり、寂しい分甘えたい気持ちはあるだろうが、自立心もあるからこそ、素直になれず反発してしまっているかもしれない。
同い年の友達とは価値観が異なっているだろうし、相談しやすい第三者の大人がいたら、そいつを頼るに決まっている。
頼られるのはやぶさかではない。
自分の意志で朱里を助けたし、励ましたいと思って言葉を送った。
けど、この先ずっとアプリ越しに朱里に頼られる未来を想像すると、『依存させてはいけないと』心で警鐘が鳴った。
『それって、精神科?』
彼女が少し不安そうな顔をしたので、苦笑した。
『偏見があるみたいだけど、骨折したら整形外科行くのと同じだよ。ストレスが掛かりすぎて心が壊れそうになったら、完全に壊れる前に病院に行く。体だけじゃなく、心も健康じゃないと意味がねぇんだ』
少女は初めて知ったように感心し、頷いた。
彼女はまだ若いから、これからも色んな事を吸収して育っていくだろう。
本当に、子供は可能性の塊だ。
だからこそ、タイミング良く救えたこの子が、健やかに育っていく事を切に願った。
『送ってく。家は?』
『…………旅行で来たの。親戚の叔父さんが〝息抜きしなさい〟って、お母さんに旅行券をくれて。……あっちのホテルに泊まってる』
そう言って、彼女は歩いてきたほうを指さす。
『そっか』
俺は頷き、ゆっくり歩き始める。
『名前は?』
今後関わるつもりなんてないのに、無意識に尋ねてしまった。
『今野朱里』
――あかり。
その名前を聞いた瞬間、ズキンッと激しい頭痛が襲い、俺は立ち止まって頭を抱える。
『お兄さん?』
不安げにこちらを見上げた彼女――、朱里の顔に、――――が重なる。
地面にぐったりと横たわり、――――した、小さな――――。
――駄目だ。
俺は歯を食いしばり、溢れようとする記憶に蓋をした。
「………………大丈夫だ、あかり」
俺は表層の自分と深層の自分を切り離し、努めて冷静に返事をする。
――いつもつらくなっても誤魔化せただろ? 大丈夫、お前ならできる。
俺は心の奥で苦しむ自分に痛みを押しつけ、温泉街の景色を眺めながらゆっくり歩く。
『お兄さんの名前は? ……いつか、また会いたいな』
はにかんで言う朱里を見て、俺は苦笑いする。
『俺の事なんて覚えてなくていい。旅先ですれ違った一人だと思っておけばいいんだ』
『私の事、助けてくれたじゃない。死のうとしたのを止めて、私の人生を変えたんだから……。……覚えさせてよ』
朱里は俺のコートの袖を掴んで立ち止まり、心細そうな表情で訴えてくる。
(……確かに、それもそうか。普通なら、助けられたらお礼を言いたいとか、恩返しをしたいと思うのか)
遅れて俺は、一般的な考え方として思い直す。
(けど、俺みたいなのが関わったら駄目だ。一応篠宮家の人間だし、もしも怜香に知られたら何と言われるか分からない。俺がロリコンと呼ばれるぐらいならいいが、何も関係ない朱里に何かがあったら困る)
だが何かしらの答えを出さなければ、朱里は納得しないだろう。
(なら、偽名でも……)
その時思い浮かんだのは、〝篠宮〟の名字と〝東雲〟の叔母の顔だった。
『…………しの……』
『しの? お兄さん、しのっていうの? どういう漢字?』
朱里は俺が呟いた言葉を、名前だと勘違いしたようだった。
捻った偽名を考えても忘れてしまいそうなので、それを利用する事にした。
『……忍。耐え忍ぶの〝しの〟だ』
言いながら、あまりに自分に合いすぎて笑ってしまった。
『忍、スマホ持ってる?』
そう言って、朱里はコートのポケットからスマホを出し、メッセージアプリを開く。
死のうと思って橋まで来たのに、スマホを持っているのが今の子らしくて、つい笑いそうになる。
『……いや、急いで出てきたから、宿に忘れたな』
本当はコートのポケットに入っているが、嘘をついた。
朱里は孤独を感じているし、母親に頼りづらくなっているだろう。
母子家庭になり、寂しい分甘えたい気持ちはあるだろうが、自立心もあるからこそ、素直になれず反発してしまっているかもしれない。
同い年の友達とは価値観が異なっているだろうし、相談しやすい第三者の大人がいたら、そいつを頼るに決まっている。
頼られるのはやぶさかではない。
自分の意志で朱里を助けたし、励ましたいと思って言葉を送った。
けど、この先ずっとアプリ越しに朱里に頼られる未来を想像すると、『依存させてはいけないと』心で警鐘が鳴った。
47
お気に入りに追加
816
あなたにおすすめの小説
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!
臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。
そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。
※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています
※表紙はニジジャーニーで生成しました
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
男友達を家に入れたら催眠術とおもちゃで責められ調教されちゃう話
mian
恋愛
気づいたら両手両足を固定されている。
クリトリスにはローター、膣には20センチ弱はある薄ピンクの鉤型が入っている。
友達だと思ってたのに、催眠術をかけられ体が敏感になって容赦なく何度もイかされる。気づけば彼なしではイけない体に作り変えられる。SM調教物語。
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる