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旅先で出会った〝朱里〟 編

〝あかり〟と〝しの〟

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『病院に通って薬をもらってる。気持ちを落ち着かせるやつとか、眠れない時は睡眠導入剤とかな。どうしてもしんどい時は病院使うのが一番だ』

『それって、精神科?』

 彼女が少し不安そうな顔をしたので、苦笑した。

『偏見があるみたいだけど、骨折したら整形外科行くのと同じだよ。ストレスが掛かりすぎて心が壊れそうになったら、完全に壊れる前に病院に行く。体だけじゃなく、心も健康じゃないと意味がねぇんだ』

 少女は初めて知ったように感心し、頷いた。

 彼女はまだ若いから、これからも色んな事を吸収して育っていくだろう。

 本当に、子供は可能性の塊だ。

 だからこそ、タイミング良く救えたこの子が、健やかに育っていく事を切に願った。

『送ってく。家は?』

『…………旅行で来たの。親戚の叔父さんが〝息抜きしなさい〟って、お母さんに旅行券をくれて。……あっちのホテルに泊まってる』

 そう言って、彼女は歩いてきたほうを指さす。

『そっか』

 俺は頷き、ゆっくり歩き始める。

『名前は?』

 今後関わるつもりなんてないのに、無意識に尋ねてしまった。

今野こんの朱里』

 ――あかり。

 その名前を聞いた瞬間、ズキンッと激しい頭痛が襲い、俺は立ち止まって頭を抱える。

『お兄さん?』

 不安げにこちらを見上げた彼女――、朱里の顔に、――――が重なる。

 地面にぐったりと横たわり、――――した、小さな――――。

 ――駄目だ。

 俺は歯を食いしばり、溢れようとする記憶に蓋をした。

「………………大丈夫だ、

 俺は表層の自分と深層の自分を切り離し、努めて冷静に返事をする。

 ――いつもつらくなっても誤魔化せただろ? 大丈夫、お前ならできる。

 俺は心の奥で苦しむ自分に痛みを押しつけ、温泉街の景色を眺めながらゆっくり歩く。

『お兄さんの名前は? ……いつか、また会いたいな』

 はにかんで言う朱里を見て、俺は苦笑いする。

『俺の事なんて覚えてなくていい。旅先ですれ違った一人だと思っておけばいいんだ』

『私の事、助けてくれたじゃない。死のうとしたのを止めて、私の人生を変えたんだから……。……覚えさせてよ』

 朱里は俺のコートの袖を掴んで立ち止まり、心細そうな表情で訴えてくる。

(……確かに、それもそうか。普通なら、助けられたらお礼を言いたいとか、恩返しをしたいと思うのか)

 遅れて俺は、一般的な考え方として思い直す。

(けど、俺みたいなのが関わったら駄目だ。一応篠宮家の人間だし、もしも怜香に知られたら何と言われるか分からない。俺がロリコンと呼ばれるぐらいならいいが、何も関係ない朱里に何かがあったら困る)

 だが何かしらの答えを出さなければ、朱里は納得しないだろう。

(なら、偽名でも……)

 その時思い浮かんだのは、〝篠宮〟の名字と〝東雲〟の叔母の顔だった。

『…………しの……』

『しの? お兄さん、しのっていうの? どういう漢字?』

 朱里は俺が呟いた言葉を、名前だと勘違いしたようだった。

 捻った偽名を考えても忘れてしまいそうなので、それを利用する事にした。

『……忍。耐え忍ぶの〝しの〟だ』

 言いながら、あまりに自分に合いすぎて笑ってしまった。

『忍、スマホ持ってる?』

 そう言って、朱里はコートのポケットからスマホを出し、メッセージアプリを開く。

 死のうと思って橋まで来たのに、スマホを持っているのが今の子らしくて、つい笑いそうになる。

『……いや、急いで出てきたから、宿に忘れたな』

 本当はコートのポケットに入っているが、嘘をついた。

 朱里は孤独を感じているし、母親に頼りづらくなっているだろう。

 母子家庭になり、寂しい分甘えたい気持ちはあるだろうが、自立心もあるからこそ、素直になれず反発してしまっているかもしれない。

 同い年の友達とは価値観が異なっているだろうし、相談しやすい第三者の大人がいたら、そいつを頼るに決まっている。

 頼られるのはやぶさかではない。

 自分の意志で朱里を助けたし、励ましたいと思って言葉を送った。

 けど、この先ずっとアプリ越しに朱里に頼られる未来を想像すると、『依存させてはいけないと』心で警鐘が鳴った。
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