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尊の傷 編
私が部長を嫌いになった理由
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『ちょ……っ』
ギョッとしている私の前で彼はジャケット、ベスト、シャツにアンダーシャツを脱ぎ、ベルトにも手を掛けてスラックスを半分脱いだ。
『もおおおおお……』
こうなったらヤケだ。
私は他の部屋も確認してベッドルームを見つけたあと、下着一枚の部長を支えて何とかベッドに寝かせた。
『おやすみなさい! 風邪引くなよ!』
最後にフカフカの羽布団を掛け、私は大きな溜め息をつく。
『……疲れた……』
今すぐ帰りたいけれど、少しだけ座って休憩したい。
ベッドルームにソファがあったので、私はそこに腰かけて溜め息をついた。
彼を起こさないように、部屋の照明はつけていない。
夜の静けさの中で混乱した心を落ち着かせていると、また嗚咽が聞こえ始めた。
(……よっぽどつらい事があったのかな)
少しだけ『事情を知りたい』と思ったけれど、部長は個人的に関わるにはリスキーな人だ。
上司だし、何より彼を狙っている女性が多い。
へたに関われば入社一年目で目を付けられて、嫌な目に遭うかもしれない。
それに彼を介抱したと申し出て恩を感じられたら、堪ったもんじゃない。
新入社員の私がイケメン部長に気を遣われるなんて、地獄そのものだ。
今までずっと人と積極的に関わらず、静かにマイペースに生きてきた私の生活が台無しになってしまう。
(陰ながら応援してますよ。……いい事がありますように)
落ち着いた頃、私は溜め息をついて立ちあがった。
グラスは流しに置き、ティッシュボックスも元の場所に置いた。
でも脱ぎ散らかした服までは面倒を見られないと思い、そのままにして家を出た。
ロビーでまたコンシェルジュに挨拶をし、くれぐれも私がいたという事は言わないでほしいと釘を刺したあと、部屋の施錠を頼んだ。
週明け、ビクビクしながら出社したけれど、部長はいつも通りだった。
ショックな事があったからか、心なしかいつもより殺伐とした雰囲気を醸し出している。
でも部下に当たる人ではないし、淡々と仕事をこなしている。
――良かった。
そう思うものの、あれだけ私が大変な思いをしたのに、何も覚えていない彼を見るとシンプルにムカついた。
だから私は、昭人に関する事で部長にズケズケと言われる前から、彼の事が嫌いだった。
――人の気も知らないで。
当時は部長に恋愛感情はまったく持っていなかったし、訳アリの面倒な人という印象しかない。
黙っていると決めたのは自分だけれど、私の苦労を知らず、美人な先輩たちに騒がれている部長を見ると、ムカムカして堪らなかった。
**
「………………マジか…………」
仰向けになった尊さんは、両手で顔を覆っている。
「ふふ、そういう反応になりますよね。めちゃ大変でした」
彼の横に寝転がっている私は、苦笑いする。
尊さんは大きな溜め息をついたあと、顔から手を離した。
「……あの時、不思議だったんだよ。しこたま飲んだあと記憶をなくして、気がついたら家で寝てた。トイレで脱ぎ散らかしていて、酷い状態だったのは察したけど、コンシェルジュに聞いても一人で戻ってきたと言われたから、てっきり……」
「まぁ、今は沢山いい思いをさせてもらってますから、プライマイゼロっていうか、めっちゃプラスですけどね」
「……いや、悪い。本当に悪い。今度四年越しに侘びをさせてくれ」
落ち込んでいる彼を見て、私はクスクス笑う。
「じゃあ、期待しておきます。何がいいか考えておきますね」
言ったあと、私は彼の手を握った。
「あの時、何があったんですか?」
質問された尊さんは、しばらく天井を見て黙っていたけれど、溜め息混じりに言った。
「命日になって墓参りに行ったら、先客がいた。……母と妹を轢いた男の妻と娘だった」
それを聞いて私は静かに衝撃を受け、納得する。
「何をしているのか聞けば、『父がこの墓の人に迷惑を掛けたから』と言って……」
尊さんは荒々しく息を吐き、私の手をギュッと握ってくる。
ギョッとしている私の前で彼はジャケット、ベスト、シャツにアンダーシャツを脱ぎ、ベルトにも手を掛けてスラックスを半分脱いだ。
『もおおおおお……』
こうなったらヤケだ。
私は他の部屋も確認してベッドルームを見つけたあと、下着一枚の部長を支えて何とかベッドに寝かせた。
『おやすみなさい! 風邪引くなよ!』
最後にフカフカの羽布団を掛け、私は大きな溜め息をつく。
『……疲れた……』
今すぐ帰りたいけれど、少しだけ座って休憩したい。
ベッドルームにソファがあったので、私はそこに腰かけて溜め息をついた。
彼を起こさないように、部屋の照明はつけていない。
夜の静けさの中で混乱した心を落ち着かせていると、また嗚咽が聞こえ始めた。
(……よっぽどつらい事があったのかな)
少しだけ『事情を知りたい』と思ったけれど、部長は個人的に関わるにはリスキーな人だ。
上司だし、何より彼を狙っている女性が多い。
へたに関われば入社一年目で目を付けられて、嫌な目に遭うかもしれない。
それに彼を介抱したと申し出て恩を感じられたら、堪ったもんじゃない。
新入社員の私がイケメン部長に気を遣われるなんて、地獄そのものだ。
今までずっと人と積極的に関わらず、静かにマイペースに生きてきた私の生活が台無しになってしまう。
(陰ながら応援してますよ。……いい事がありますように)
落ち着いた頃、私は溜め息をついて立ちあがった。
グラスは流しに置き、ティッシュボックスも元の場所に置いた。
でも脱ぎ散らかした服までは面倒を見られないと思い、そのままにして家を出た。
ロビーでまたコンシェルジュに挨拶をし、くれぐれも私がいたという事は言わないでほしいと釘を刺したあと、部屋の施錠を頼んだ。
週明け、ビクビクしながら出社したけれど、部長はいつも通りだった。
ショックな事があったからか、心なしかいつもより殺伐とした雰囲気を醸し出している。
でも部下に当たる人ではないし、淡々と仕事をこなしている。
――良かった。
そう思うものの、あれだけ私が大変な思いをしたのに、何も覚えていない彼を見るとシンプルにムカついた。
だから私は、昭人に関する事で部長にズケズケと言われる前から、彼の事が嫌いだった。
――人の気も知らないで。
当時は部長に恋愛感情はまったく持っていなかったし、訳アリの面倒な人という印象しかない。
黙っていると決めたのは自分だけれど、私の苦労を知らず、美人な先輩たちに騒がれている部長を見ると、ムカムカして堪らなかった。
**
「………………マジか…………」
仰向けになった尊さんは、両手で顔を覆っている。
「ふふ、そういう反応になりますよね。めちゃ大変でした」
彼の横に寝転がっている私は、苦笑いする。
尊さんは大きな溜め息をついたあと、顔から手を離した。
「……あの時、不思議だったんだよ。しこたま飲んだあと記憶をなくして、気がついたら家で寝てた。トイレで脱ぎ散らかしていて、酷い状態だったのは察したけど、コンシェルジュに聞いても一人で戻ってきたと言われたから、てっきり……」
「まぁ、今は沢山いい思いをさせてもらってますから、プライマイゼロっていうか、めっちゃプラスですけどね」
「……いや、悪い。本当に悪い。今度四年越しに侘びをさせてくれ」
落ち込んでいる彼を見て、私はクスクス笑う。
「じゃあ、期待しておきます。何がいいか考えておきますね」
言ったあと、私は彼の手を握った。
「あの時、何があったんですか?」
質問された尊さんは、しばらく天井を見て黙っていたけれど、溜め息混じりに言った。
「命日になって墓参りに行ったら、先客がいた。……母と妹を轢いた男の妻と娘だった」
それを聞いて私は静かに衝撃を受け、納得する。
「何をしているのか聞けば、『父がこの墓の人に迷惑を掛けたから』と言って……」
尊さんは荒々しく息を吐き、私の手をギュッと握ってくる。
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