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尊の傷 編
介抱
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『自分の人生は平凡だ』という人だって、親や兄弟を亡くしたら大きな悲しみに見舞われるだろう。
両親が離婚した、再婚した、親が毒親だった、施設育ちだった、いじめに遭った、病気をした、事故に遭った、恋人や配偶者にDVされた、自分自身が離婚、再婚をした……。
それぞれ、本人にとっては大事件だ。
関わりのある人が犯罪者になったとか、有名人になったとかもあるだろう。
私たちは交差点ですれ違った人が、どんな人なのかまったく分かっていない。
人生のドラマはそれぞれだけれど、地位や名誉、お金がある人ほど嫌な事に関わりやすいイメージがある。
イケメンで若くして部長職につき、若い男性たちに憧れられる彼の人生に、何もないはずがない。
(人それぞれだ。私には私の人生、悲しみがあるし、他の人も同じ。部長だって泥酔して泣きたい事だってあるはず)
私は大きな悲しみを得て人生に挫折しかけた事があるからか、少しだけ大人びた考え方をするようになっていた。
だから同年代の友達と、うまくやれなかったのだけれど。
(部長を家まで送り届けて、ちゃんと介抱して寝かせてあげよう。そのあとは〝なかった事〟にする。私は駅で部長を見なかったし、昭人と恵と別れたあとまっすぐ帰った)
そう決意したあと、車は十分ほどで部長が住んでいるマンション前に着いた。
(すっご……。セレブ?)
彼に肩を貸して恐る恐るマンションに入ると、高級ホテルのようなロビーが広がっている。
ボーッとしていると『どうかなさいましたか?』と声を掛けられた。
歩み寄ってきたのはコンシェルジュで、四十代後半の彼は部長の顔を見て『あぁ……』と納得した顔をした。
『速水部長の部下で、上村と申します。酔い潰れてしまっていた彼を見かけて、送りに来ました』
ここまで説明する必要はないかもしれないけど、私は怪しまれないために名乗った。
コンシェルジュは納得し、部長の部屋を教えてくれた。
『……あの、彼が私を覚えているかどうかで変わってきますが、コンシェルジュさんからは、上村が一緒にいたとは言わないでください。……会社の上司なので、あまり深入りしたくないので……』
気まずく言うと、彼は『承知致しました』と了承してくれた。
四階までエレベーターで上がったあと、右側のドアに向かう。
マンションに入る時に部長がカードキーを出したので、それで鍵を開けて玄関になだれ込んだ。
『はぁ……っ、重い!』
私はキレ気味に言い、部長の靴を脱がせる。
こんだけ面倒を見たんだから、美味しい物でもご馳走してほしいけど、あとあと変に関わりたくない。
『部長、立てますか? 寝室どこ?』
『…………んっ、…………ぷ』
『マジか!』
彼が手に口を当てたので、真っ青になった私は靴を脱いでトイレを探した。
なにせ初めて上がる他人の家だし、どこに何があるか分からない。
あちこちドアを開けたあと、ホテルみたいに広くて綺麗なトイレを見つけた。
『ほら! 行きますよ! 我慢して!』
再び彼に肩を貸し、トイレまで引きずっていく。
彼は便器を見て我に返ったのか、思いきり吐き始めた。
(あぁー……、もう……)
これがただの酔っ払いなら放っておくところだけど、吐きながらも泣いているので、何とかしてあげたい気持ちになる。
しばらく彼の背中をさすって必要な物がないか考えたけれど、いまいち分からない。
私はお酒を飲むほうだけれど、吐くよりは記憶を失うからだ。
そのうち部長がトイレットペーパーで洟をかみ始めたので、私は慌てて洗面所からティッシュボックスを持ってくる。
『他に必要な物はありますか?』
『…………みず……』
ガラガラになった声で言われ、私はすぐさまキッチンに向かう。
『広い家! 凄いなもぉ……』
こんな状況でなければ、ゆっくり見せてもらいたいところだ。
キッチンの収納をあちこち開けてようやくグラスを見つけたあと、水道水でいいやと思って彼のもとに持っていった。
部長は口をゆすぎ始め、一杯じゃ足りないと察した私は、またキッチンに戻って『失礼します!』と冷蔵庫を開けた。
そして水のペットボルを出して彼のもとに持っていき、次から次にグラスに注いでいく。
この際、ミネラルウォーターが勿体ないという事には目を瞑っておいた。
『うぅ……』
落ち着いた頃、部長は胡乱な目でネクタイに手を掛け、服を脱ぎ始めた。
両親が離婚した、再婚した、親が毒親だった、施設育ちだった、いじめに遭った、病気をした、事故に遭った、恋人や配偶者にDVされた、自分自身が離婚、再婚をした……。
それぞれ、本人にとっては大事件だ。
関わりのある人が犯罪者になったとか、有名人になったとかもあるだろう。
私たちは交差点ですれ違った人が、どんな人なのかまったく分かっていない。
人生のドラマはそれぞれだけれど、地位や名誉、お金がある人ほど嫌な事に関わりやすいイメージがある。
イケメンで若くして部長職につき、若い男性たちに憧れられる彼の人生に、何もないはずがない。
(人それぞれだ。私には私の人生、悲しみがあるし、他の人も同じ。部長だって泥酔して泣きたい事だってあるはず)
私は大きな悲しみを得て人生に挫折しかけた事があるからか、少しだけ大人びた考え方をするようになっていた。
だから同年代の友達と、うまくやれなかったのだけれど。
(部長を家まで送り届けて、ちゃんと介抱して寝かせてあげよう。そのあとは〝なかった事〟にする。私は駅で部長を見なかったし、昭人と恵と別れたあとまっすぐ帰った)
そう決意したあと、車は十分ほどで部長が住んでいるマンション前に着いた。
(すっご……。セレブ?)
彼に肩を貸して恐る恐るマンションに入ると、高級ホテルのようなロビーが広がっている。
ボーッとしていると『どうかなさいましたか?』と声を掛けられた。
歩み寄ってきたのはコンシェルジュで、四十代後半の彼は部長の顔を見て『あぁ……』と納得した顔をした。
『速水部長の部下で、上村と申します。酔い潰れてしまっていた彼を見かけて、送りに来ました』
ここまで説明する必要はないかもしれないけど、私は怪しまれないために名乗った。
コンシェルジュは納得し、部長の部屋を教えてくれた。
『……あの、彼が私を覚えているかどうかで変わってきますが、コンシェルジュさんからは、上村が一緒にいたとは言わないでください。……会社の上司なので、あまり深入りしたくないので……』
気まずく言うと、彼は『承知致しました』と了承してくれた。
四階までエレベーターで上がったあと、右側のドアに向かう。
マンションに入る時に部長がカードキーを出したので、それで鍵を開けて玄関になだれ込んだ。
『はぁ……っ、重い!』
私はキレ気味に言い、部長の靴を脱がせる。
こんだけ面倒を見たんだから、美味しい物でもご馳走してほしいけど、あとあと変に関わりたくない。
『部長、立てますか? 寝室どこ?』
『…………んっ、…………ぷ』
『マジか!』
彼が手に口を当てたので、真っ青になった私は靴を脱いでトイレを探した。
なにせ初めて上がる他人の家だし、どこに何があるか分からない。
あちこちドアを開けたあと、ホテルみたいに広くて綺麗なトイレを見つけた。
『ほら! 行きますよ! 我慢して!』
再び彼に肩を貸し、トイレまで引きずっていく。
彼は便器を見て我に返ったのか、思いきり吐き始めた。
(あぁー……、もう……)
これがただの酔っ払いなら放っておくところだけど、吐きながらも泣いているので、何とかしてあげたい気持ちになる。
しばらく彼の背中をさすって必要な物がないか考えたけれど、いまいち分からない。
私はお酒を飲むほうだけれど、吐くよりは記憶を失うからだ。
そのうち部長がトイレットペーパーで洟をかみ始めたので、私は慌てて洗面所からティッシュボックスを持ってくる。
『他に必要な物はありますか?』
『…………みず……』
ガラガラになった声で言われ、私はすぐさまキッチンに向かう。
『広い家! 凄いなもぉ……』
こんな状況でなければ、ゆっくり見せてもらいたいところだ。
キッチンの収納をあちこち開けてようやくグラスを見つけたあと、水道水でいいやと思って彼のもとに持っていった。
部長は口をゆすぎ始め、一杯じゃ足りないと察した私は、またキッチンに戻って『失礼します!』と冷蔵庫を開けた。
そして水のペットボルを出して彼のもとに持っていき、次から次にグラスに注いでいく。
この際、ミネラルウォーターが勿体ないという事には目を瞑っておいた。
『うぅ……』
落ち着いた頃、部長は胡乱な目でネクタイに手を掛け、服を脱ぎ始めた。
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