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長い一月六日 編
法の裁きを受けろ
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「この事は警察にも伝えたし、実行犯側からも証拠を集めた。家族をひき殺した実行犯は別でも、指示役にはまた別の罪がある。腹を括れ」
尊さんに言われ、怜香さんは唇をワナワナと震わせて俯く。
やがて顔を上げると、涙を流しながら地獄の底から響くような声で怨嗟をぶちまけた。
「お前たちが悪いのよ! 私の幸せな結婚生活をぶち壊した、悪魔の親子! お前たちさえいなければ、私と風磨は幸せに生きてこられたのに!」
「やめるんだ!」
亘さんが立ち上がり、良き妻――だった女性の肩を掴む。
「すべての元凶は私にある。だからこれ以上息子を責めるのはやめてくれ。君が誰かを憎まなければ、やっていられなかった気持ちは理解する。本当にすまなかった。……でもさゆりとあかりを殺すよう依頼したのはやりすぎだ。恨むなら私一人を恨んでくれ」
亘さんが言った名前を聞いて、私は目を丸くした。
あかり!?
私が驚いて固まっている間も、言い合いは続いていく。
「開き直ればいいと思ってるの!? 私がこの二十二年、どんな思いで……っ! こんな侮辱はないわ!」
ヒステリックに叫んだ怜香さんに、尊さんが「おい」と声を掛けた。
「またお得意のキレ芸か? そうやって喚きちらせば、いつも親父や兄貴が宥めてくれたもんな? 赤ん坊みたいなコミュニケーションしかとれずに、なにが篠宮フーズの社長夫人だ」
彼は怒りでギラギラと光る目で怜香さんを睨みながら、ゆったりと彼女に近づいていく。
「あんたは図星を突かれたらすぐに怒鳴る。反省しなきゃいけない時だって、過ちを認めず、キレてごまかし続けてきた。表向き社長夫人、経理部長として社員たちに畏怖されてきただろうが、ただの恐怖政治で本当の人間関係なんて築けるはずがない。あんたは周りに尊敬されていたんじゃない。あんたを敵に回せばいつ自分が攻撃されるか分からないから、腫れ物扱いされてただけなんだよ」
怜香さんは容赦のない言葉を浴びせられ、真っ赤になってワナワナと震えている。
「あんたは人を許す寛容さも、優しさも、つらい目に遭っても耐え忍ぶ忍耐強さも、何も持ち合わせていない。自分ばかりが苦しい思いをしていると思っていたか? 俺や母がまったく苦しんでいなかったとでも?」
そこまで言い、尊さんは息を震わせながら吐き、凄まじいまでの怒りを表した。
「どんなにつらい目に遭っても、人殺しをしていい理由にはなんねぇんだよ!! 私刑しても許されるほど、自分は特別な存在だと思ったか!? この勘違い女が!」
尊さんは怜香さんの前に立ち、烈しく睨みながら怒鳴りつける。
私はあまりに苛烈な怒りを目の当たりにして、ビクッと肩を震わせてしまった。
――けど覚悟を決め、拳を握り、唇を引き結んで深呼吸する。
そうできたのは、脳裏に彼の言葉が蘇ったからだ。
『あの人と決着つける時、俺は多少なりとも感情的になり、取り乱すと思う。……そん時は援護頼んだぞ』
(……はい!)
私は目に涙を溜め、心の中で尊さんに返事をした。
彼は母親と姉、もしくは妹を轢き殺された過去を抱え、一人で苦しみ続けてきた。
いつ怜香さんが黒幕だと知ったか分からない。
もし同居中に知ったなら、家族の仇と同じ空間で生活しなければいけなかった日々は、地獄そのものだっただろう。
怒るな、悲しむな、憎むななんて言えない。
(やっちまえ)
私は心の中で彼の背中を思いきり押す。
(しっかり決着をつけて、怜香さんを警察に突き出して法の裁きを与えて、それから幸せになろう……!)
本当は今すぐ「頑張ったね、つらかったね」って尊さんを抱き締めたい。
――でもまだだ。
(頑張って! ここで最後まで見届けるから)
私はボロボロ涙を零しながら、掌に爪の痕が残るほどきつく拳を握った。
場がシンと静まりかえり、尊さんと怜香さんが微かに息を荒げる音が響く。
「法の裁きを受けろ」
最後に尊さんは低い声で言ってから、大股に部屋の出入り口に向かった。
ドアを開けると、外には男女数人がいる。
「お願いします」
尊さんが言ったあと、その人たちが室内に入ってきた。
「な……、何、何なの!!」
ヒステリックに叫ぶ怜香さんは、彼らに気圧されて後ずさる。
が、怜香さんが逃げようとするより前に、五十代ほどのがっしりとした体型の男性が彼女の腕を掴んだ。
「篠宮怜香さんですね。署まで同行願います」
男性は怜香さんに警察手帳を見せた。
「残る方々にも事情をお聞きしたいと思っています」
補佐らしい男性が声を掛け、亘さんと観念したらしい伊形社長が立ちあがった。
「篠宮尊さん、篠宮風磨さんにもあとで事情をお聞きします」
最後に女性刑事が兄弟に言ったあと、刑事たちと三人は出ていった。
「尊さん……」
部屋が静かになったあと、私は立ち上がり、尊さんに駆け寄る。
その時には彼の顔色は蒼白になっていて、額に脂汗を浮かべていた。
尊さんに言われ、怜香さんは唇をワナワナと震わせて俯く。
やがて顔を上げると、涙を流しながら地獄の底から響くような声で怨嗟をぶちまけた。
「お前たちが悪いのよ! 私の幸せな結婚生活をぶち壊した、悪魔の親子! お前たちさえいなければ、私と風磨は幸せに生きてこられたのに!」
「やめるんだ!」
亘さんが立ち上がり、良き妻――だった女性の肩を掴む。
「すべての元凶は私にある。だからこれ以上息子を責めるのはやめてくれ。君が誰かを憎まなければ、やっていられなかった気持ちは理解する。本当にすまなかった。……でもさゆりとあかりを殺すよう依頼したのはやりすぎだ。恨むなら私一人を恨んでくれ」
亘さんが言った名前を聞いて、私は目を丸くした。
あかり!?
私が驚いて固まっている間も、言い合いは続いていく。
「開き直ればいいと思ってるの!? 私がこの二十二年、どんな思いで……っ! こんな侮辱はないわ!」
ヒステリックに叫んだ怜香さんに、尊さんが「おい」と声を掛けた。
「またお得意のキレ芸か? そうやって喚きちらせば、いつも親父や兄貴が宥めてくれたもんな? 赤ん坊みたいなコミュニケーションしかとれずに、なにが篠宮フーズの社長夫人だ」
彼は怒りでギラギラと光る目で怜香さんを睨みながら、ゆったりと彼女に近づいていく。
「あんたは図星を突かれたらすぐに怒鳴る。反省しなきゃいけない時だって、過ちを認めず、キレてごまかし続けてきた。表向き社長夫人、経理部長として社員たちに畏怖されてきただろうが、ただの恐怖政治で本当の人間関係なんて築けるはずがない。あんたは周りに尊敬されていたんじゃない。あんたを敵に回せばいつ自分が攻撃されるか分からないから、腫れ物扱いされてただけなんだよ」
怜香さんは容赦のない言葉を浴びせられ、真っ赤になってワナワナと震えている。
「あんたは人を許す寛容さも、優しさも、つらい目に遭っても耐え忍ぶ忍耐強さも、何も持ち合わせていない。自分ばかりが苦しい思いをしていると思っていたか? 俺や母がまったく苦しんでいなかったとでも?」
そこまで言い、尊さんは息を震わせながら吐き、凄まじいまでの怒りを表した。
「どんなにつらい目に遭っても、人殺しをしていい理由にはなんねぇんだよ!! 私刑しても許されるほど、自分は特別な存在だと思ったか!? この勘違い女が!」
尊さんは怜香さんの前に立ち、烈しく睨みながら怒鳴りつける。
私はあまりに苛烈な怒りを目の当たりにして、ビクッと肩を震わせてしまった。
――けど覚悟を決め、拳を握り、唇を引き結んで深呼吸する。
そうできたのは、脳裏に彼の言葉が蘇ったからだ。
『あの人と決着つける時、俺は多少なりとも感情的になり、取り乱すと思う。……そん時は援護頼んだぞ』
(……はい!)
私は目に涙を溜め、心の中で尊さんに返事をした。
彼は母親と姉、もしくは妹を轢き殺された過去を抱え、一人で苦しみ続けてきた。
いつ怜香さんが黒幕だと知ったか分からない。
もし同居中に知ったなら、家族の仇と同じ空間で生活しなければいけなかった日々は、地獄そのものだっただろう。
怒るな、悲しむな、憎むななんて言えない。
(やっちまえ)
私は心の中で彼の背中を思いきり押す。
(しっかり決着をつけて、怜香さんを警察に突き出して法の裁きを与えて、それから幸せになろう……!)
本当は今すぐ「頑張ったね、つらかったね」って尊さんを抱き締めたい。
――でもまだだ。
(頑張って! ここで最後まで見届けるから)
私はボロボロ涙を零しながら、掌に爪の痕が残るほどきつく拳を握った。
場がシンと静まりかえり、尊さんと怜香さんが微かに息を荒げる音が響く。
「法の裁きを受けろ」
最後に尊さんは低い声で言ってから、大股に部屋の出入り口に向かった。
ドアを開けると、外には男女数人がいる。
「お願いします」
尊さんが言ったあと、その人たちが室内に入ってきた。
「な……、何、何なの!!」
ヒステリックに叫ぶ怜香さんは、彼らに気圧されて後ずさる。
が、怜香さんが逃げようとするより前に、五十代ほどのがっしりとした体型の男性が彼女の腕を掴んだ。
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「篠宮尊さん、篠宮風磨さんにもあとで事情をお聞きします」
最後に女性刑事が兄弟に言ったあと、刑事たちと三人は出ていった。
「尊さん……」
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