【R-18・連載版】部長と私の秘め事

臣桜

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長い一月六日 編

法の裁きを受けろ

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「この事は警察にも伝えたし、実行犯側からも証拠を集めた。家族をひき殺した実行犯は別でも、指示役にはまた別の罪がある。腹を括れ」

 尊さんに言われ、怜香さんは唇をワナワナと震わせて俯く。

 やがて顔を上げると、涙を流しながら地獄の底から響くような声で怨嗟をぶちまけた。

「お前たちが悪いのよ! 私の幸せな結婚生活をぶち壊した、悪魔の親子! お前たちさえいなければ、私と風磨は幸せに生きてこられたのに!」

「やめるんだ!」

 亘さんが立ち上がり、良き妻――だった女性の肩を掴む。

「すべての元凶は私にある。だからこれ以上息子を責めるのはやめてくれ。君が誰かを憎まなければ、やっていられなかった気持ちは理解する。本当にすまなかった。……でもさゆりとあかりを殺すよう依頼したのはやりすぎだ。恨むなら私一人を恨んでくれ」

 亘さんが言った名前を聞いて、私は目を丸くした。

 あかり!?

 私が驚いて固まっている間も、言い合いは続いていく。

「開き直ればいいと思ってるの!? 私がこの二十二年、どんな思いで……っ! こんな侮辱はないわ!」

 ヒステリックに叫んだ怜香さんに、尊さんが「おい」と声を掛けた。

「またお得意のキレ芸か? そうやって喚きちらせば、いつも親父や兄貴が宥めてくれたもんな? 赤ん坊みたいなコミュニケーションしかとれずに、なにが篠宮フーズの社長夫人だ」

 彼は怒りでギラギラと光る目で怜香さんを睨みながら、ゆったりと彼女に近づいていく。

「あんたは図星を突かれたらすぐに怒鳴る。反省しなきゃいけない時だって、過ちを認めず、キレてごまかし続けてきた。表向き社長夫人、経理部長として社員たちに畏怖されてきただろうが、ただの恐怖政治で本当の人間関係なんて築けるはずがない。あんたは周りに尊敬されていたんじゃない。あんたを敵に回せばいつ自分が攻撃されるか分からないから、腫れ物扱いされてただけなんだよ」

 怜香さんは容赦のない言葉を浴びせられ、真っ赤になってワナワナと震えている。

「あんたは人を許す寛容さも、優しさも、つらい目に遭っても耐え忍ぶ忍耐強さも、何も持ち合わせていない。自分ばかりが苦しい思いをしていると思っていたか? 俺や母がまったく苦しんでいなかったとでも?」

 そこまで言い、尊さんは息を震わせながら吐き、凄まじいまでの怒りを表した。

「どんなにつらい目に遭っても、人殺しをしていい理由にはなんねぇんだよ!! 私刑しても許されるほど、自分は特別な存在だと思ったか!? この勘違い女が!」

 尊さんは怜香さんの前に立ち、烈しく睨みながら怒鳴りつける。

 私はあまりに苛烈な怒りを目の当たりにして、ビクッと肩を震わせてしまった。

 ――けど覚悟を決め、拳を握り、唇を引き結んで深呼吸する。

 そうできたのは、脳裏に彼の言葉が蘇ったからだ。

『あの人と決着つける時、俺は多少なりとも感情的になり、取り乱すと思う。……そん時は援護頼んだぞ』

(……はい!)

 私は目に涙を溜め、心の中で尊さんに返事をした。

 彼は母親と姉、もしくは妹を轢き殺された過去を抱え、一人で苦しみ続けてきた。

 いつ怜香さんが黒幕だと知ったか分からない。

 もし同居中に知ったなら、家族の仇と同じ空間で生活しなければいけなかった日々は、地獄そのものだっただろう。

 怒るな、悲しむな、憎むななんて言えない。

(やっちまえ)

 私は心の中で彼の背中を思いきり押す。

(しっかり決着をつけて、怜香さんを警察に突き出して法の裁きを与えて、それから幸せになろう……!)

 本当は今すぐ「頑張ったね、つらかったね」って尊さんを抱き締めたい。

 ――でもまだだ。

(頑張って! ここで最後まで見届けるから)

 私はボロボロ涙を零しながら、掌に爪の痕が残るほどきつく拳を握った。

 場がシンと静まりかえり、尊さんと怜香さんが微かに息を荒げる音が響く。

「法の裁きを受けろ」

 最後に尊さんは低い声で言ってから、大股に部屋の出入り口に向かった。

 ドアを開けると、外には男女数人がいる。

「お願いします」

 尊さんが言ったあと、その人たちが室内に入ってきた。

「な……、何、何なの!!」

 ヒステリックに叫ぶ怜香さんは、彼らに気圧されて後ずさる。

 が、怜香さんが逃げようとするより前に、五十代ほどのがっしりとした体型の男性が彼女の腕を掴んだ。

「篠宮怜香さんですね。署まで同行願います」

 男性は怜香さんに警察手帳を見せた。

「残る方々にも事情をお聞きしたいと思っています」

 補佐らしい男性が声を掛け、亘さんと観念したらしい伊形社長が立ちあがった。

「篠宮尊さん、篠宮風磨さんにもあとで事情をお聞きします」

 最後に女性刑事が兄弟に言ったあと、刑事たちと三人は出ていった。

「尊さん……」

 部屋が静かになったあと、私は立ち上がり、尊さんに駆け寄る。

 その時には彼の顔色は蒼白になっていて、額に脂汗を浮かべていた。
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