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篠宮家 編
私は裏切りませんよ
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「喜ぶな」
尊さんは呆れたように言い、そのあとに「仕方ねーな」と苦笑いする。
前は尊さんの事を、スペックはいいのに、ぶっきらぼうで愛想がないのが難点だと思っていた。
けどよく注意してみれば、この人は魅力の塊だ。
確かに風磨さんは分かりやすいハイスペックイケメンで、世の女性が憧れる王子様みたいな人だ。
でも私は尊さんのほうが、ずっといいな。
「へへ……」
「何ニヤニヤしてんだよ」
私はしばらくニヤつきながらパフェを食べ、「そういえば……」と思いだす。
「『今まで決まった女性と付き合わなかった』んですか? 期待する相手もいなかった?」
怜香さんに邪魔されてきた話は聞いたけれど、好きな人すらいなかったのかな? と疑問に思ったからだ。
「……期待するだけ無駄だろ」
彼は眉を上げ、ブラックコーヒーを一口飲む。
「……女性不信になりました?」
今度はまじめな表情で尋ねると、尊さんは苦笑いする。
「人を信じるって、結構エネルギーいるよな」
その言葉が、何より彼のすべてを物語っていると思った。
「何人があなたのもとを去ったんですか?」
私の質問を聞いて、彼は少し考える素振りを見せる。
「篠宮家に移ったのが、十歳の冬だな。まぁ、当時はガキだったし、付き合うとかもなかったけど……。中学、高校、大学で五人に告白されたけど、気がついたら相手に避けられたりとか、『好きな人ができた』と言われたり」
「告白しておいて去るのか……」
私はある意味感心して頷く。
「この会社に入った当初は平社員だったけど、同期に元気のいい奴がいて勇気づけられた。曲がった事が嫌いでまっすぐな奴だったけど……。他社から引き抜かれた。その時に、裏にあの人がいたと知って、今まで自分の恋愛がうまくいかなかった理由を察したよ」
〝元気のいい奴〟ってのは、女性社員だったんだろう。
その時の彼の絶望を考えると、悲しくて堪らない。
「うまくいかないって分かっているのに、そのあとも性懲りもなく誰かに惹かれた。孤独だからこそ愛されたかったし、必要とされたかった。『こいつならきっと大丈夫』と思っても裏切られた。『次こそ』『今回は本当の愛だ』って頑張ったけど、……疲れちまったな」
絶望した話をしているのに、尊さんの顔はとても穏やかだった。
「誰かに期待しなくなると、すげぇ楽になるんだ。嫌われるのも憎まれるのも、何とも思わなくなる。誰かの顔色を伺う必要がなくなる。……まぁ、だからといって傍若無人に振る舞っていた訳じゃないけど」
微笑んで話す尊さんを、今すぐ抱き締めてあげたくなった。
「私は裏切りませんよ」
「分かってるよ。信じてる」
尊さんはやはり穏やかな表情で言う。
この人は最初からこうだ。
決して感情的にならず、焦りもせず、ゆったりと、淡々と、目の前にある出来事を見つめて対応していく。
事情を知らない人が見れば「大人」と思うだろう。
けれど本当のところ、彼はあまりに傷付きすぎて誰にも期待しなくなった、可哀想な人だ。
私たちはお互いに強く求め合い、信じて愛し合おうとしているのに、心はまだまだ遠いところにあった。
「しかし副社長と秘書さんと一緒に食事なんて、思ってもみなかったな」
「エミリはいい奴だと思うよ」
「いきなりの名前呼び!」
急に尊さんが「エミリ」と呼んだので、私は目を丸くして驚く。
「兄貴に紹介されて、プライベートでも知ってる相手なんだ。妬くなよ」
……またさっきと同じ事言われた……。
私はブスッとふてくされ、パフェの残りをスプーンですくう。
「いい奴だし、美人だ。気も利くし、男を愛したら一途だ」
「ほう、随分評価してますね」
私は半眼になって、尊さんの言葉をあしらった。
「でも兄貴の女に手を出そうなんて、欠片も思わねぇよ。常識はあるつもりだ。だから怜香さんに見合いの話を持ち込まれても、『アホか』と思って終わりだった」
「ふ、ふーん……」
少し嬉しくなんてなってない。うわずった声にもなってない。
「だから二人と食事する時、喧嘩売るなよ?」
「うっ、売りませんよ! 人の事を何だと思ってるんですか」
「お前、割と勢いでなんでもやっちゃうから……」
「しみじみと言わないでくださいよ。あと、上司の立場で色々思いだしてるでしょ。それもやめてください」
私が本気で嫌がると、尊さんは横を向いてクツクツと笑った。
**
尊さんは呆れたように言い、そのあとに「仕方ねーな」と苦笑いする。
前は尊さんの事を、スペックはいいのに、ぶっきらぼうで愛想がないのが難点だと思っていた。
けどよく注意してみれば、この人は魅力の塊だ。
確かに風磨さんは分かりやすいハイスペックイケメンで、世の女性が憧れる王子様みたいな人だ。
でも私は尊さんのほうが、ずっといいな。
「へへ……」
「何ニヤニヤしてんだよ」
私はしばらくニヤつきながらパフェを食べ、「そういえば……」と思いだす。
「『今まで決まった女性と付き合わなかった』んですか? 期待する相手もいなかった?」
怜香さんに邪魔されてきた話は聞いたけれど、好きな人すらいなかったのかな? と疑問に思ったからだ。
「……期待するだけ無駄だろ」
彼は眉を上げ、ブラックコーヒーを一口飲む。
「……女性不信になりました?」
今度はまじめな表情で尋ねると、尊さんは苦笑いする。
「人を信じるって、結構エネルギーいるよな」
その言葉が、何より彼のすべてを物語っていると思った。
「何人があなたのもとを去ったんですか?」
私の質問を聞いて、彼は少し考える素振りを見せる。
「篠宮家に移ったのが、十歳の冬だな。まぁ、当時はガキだったし、付き合うとかもなかったけど……。中学、高校、大学で五人に告白されたけど、気がついたら相手に避けられたりとか、『好きな人ができた』と言われたり」
「告白しておいて去るのか……」
私はある意味感心して頷く。
「この会社に入った当初は平社員だったけど、同期に元気のいい奴がいて勇気づけられた。曲がった事が嫌いでまっすぐな奴だったけど……。他社から引き抜かれた。その時に、裏にあの人がいたと知って、今まで自分の恋愛がうまくいかなかった理由を察したよ」
〝元気のいい奴〟ってのは、女性社員だったんだろう。
その時の彼の絶望を考えると、悲しくて堪らない。
「うまくいかないって分かっているのに、そのあとも性懲りもなく誰かに惹かれた。孤独だからこそ愛されたかったし、必要とされたかった。『こいつならきっと大丈夫』と思っても裏切られた。『次こそ』『今回は本当の愛だ』って頑張ったけど、……疲れちまったな」
絶望した話をしているのに、尊さんの顔はとても穏やかだった。
「誰かに期待しなくなると、すげぇ楽になるんだ。嫌われるのも憎まれるのも、何とも思わなくなる。誰かの顔色を伺う必要がなくなる。……まぁ、だからといって傍若無人に振る舞っていた訳じゃないけど」
微笑んで話す尊さんを、今すぐ抱き締めてあげたくなった。
「私は裏切りませんよ」
「分かってるよ。信じてる」
尊さんはやはり穏やかな表情で言う。
この人は最初からこうだ。
決して感情的にならず、焦りもせず、ゆったりと、淡々と、目の前にある出来事を見つめて対応していく。
事情を知らない人が見れば「大人」と思うだろう。
けれど本当のところ、彼はあまりに傷付きすぎて誰にも期待しなくなった、可哀想な人だ。
私たちはお互いに強く求め合い、信じて愛し合おうとしているのに、心はまだまだ遠いところにあった。
「しかし副社長と秘書さんと一緒に食事なんて、思ってもみなかったな」
「エミリはいい奴だと思うよ」
「いきなりの名前呼び!」
急に尊さんが「エミリ」と呼んだので、私は目を丸くして驚く。
「兄貴に紹介されて、プライベートでも知ってる相手なんだ。妬くなよ」
……またさっきと同じ事言われた……。
私はブスッとふてくされ、パフェの残りをスプーンですくう。
「いい奴だし、美人だ。気も利くし、男を愛したら一途だ」
「ほう、随分評価してますね」
私は半眼になって、尊さんの言葉をあしらった。
「でも兄貴の女に手を出そうなんて、欠片も思わねぇよ。常識はあるつもりだ。だから怜香さんに見合いの話を持ち込まれても、『アホか』と思って終わりだった」
「ふ、ふーん……」
少し嬉しくなんてなってない。うわずった声にもなってない。
「だから二人と食事する時、喧嘩売るなよ?」
「うっ、売りませんよ! 人の事を何だと思ってるんですか」
「お前、割と勢いでなんでもやっちゃうから……」
「しみじみと言わないでくださいよ。あと、上司の立場で色々思いだしてるでしょ。それもやめてください」
私が本気で嫌がると、尊さんは横を向いてクツクツと笑った。
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