上 下
38 / 454
篠宮家 編

彼の家族と顔合わせ

しおりを挟む
「右手と右足が一緒に出てる奴、初めて見たな」

 尊さんが私を見てボソッと呟くので、ハッとして立ち止まる。

「……なってました?」

 緊張していたとはいえ、普通に歩けていたはずだ。

 東京のど真ん中で変な歩き方をしていたなら、あまりにも恥ずかしすぎる。

「いや、嘘」

「はーい、針千本飲んでくださーい」

 私はジト目になり、尊さんを肘で小突く。

「ホントやめてください。怒りますよ?」

「悪かったって」

 彼氏になったからには、躾が大事だ。

「そう緊張するなよ。あの人は他人からよく見られたいと思ってるから、深入りするつもりはないなら、ニコニコして済ませると思うけどな」

「でも、結婚するんでしょう?」

「当たり前だ」

「じゃあ……」

「キレるだろうな」

 サラリと言われて、私はガックリ項垂れた。

「お前と結婚するって決めてるから、一緒に立ち向かうよ」

「……商品開発部部長VS経理部部長ですか?」

「すげーな、ゴジラVSモスラみてーだ」

「ふざけてないで」

 私はハーッと溜め息をつく。

「二人とも、立場が悪くなりませんか? 社長夫人が何か言ったら、社長が言いなりになりませんか?」

「それはどうかな? 俺も覚悟して、とっておきの切り札を用意してるし」

 またこの男は、煙に巻くような事を言う……。

「……その〝切り札〟って大丈夫ですか?」

「かなり強力だよ。それは自信がある」

「……ならいいんですが……」

 とはいえ、社長夫人をコテンパンに叩きのめして結婚したい訳じゃない。

 確かに尊さんに旧姓を名乗らせ、部長職に留めているのは陰湿で腹が立つ。

 けど尊さんと血が繋がっていないとはいえ、将来は義母になる人だ。

 やっつけるんじゃなくて、可能ならうまくヌルッとかわしてやっていければいいんだけど。

 そんな事を考えながら、私たちは予約している日本料理店へ向かった。



**



 日本料理店はビルの中にあるけれど、お店の前に家紋がついた暖簾があり、見るからに格式が高い。

 入り口の両脇には行灯スタイルのライトがあり、中から着物姿の女将さんが「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。

「予約していました、速水です」

 尊さんが女将さんに名乗ると、彼女は私たちを個室に案内してくれた。

 履き物を脱いで襖を開けると、掘りごたつの個室に入る。

 赤いカバーが掛けられた座椅子が五つ並び、正面には水墨画の掛け軸と一輪挿しがある。

 壁の隙間から間接照明の光が漏れ、壁際には玉砂利が敷き詰められていた。

「今、温かいお茶を持って参ります」

 クローゼットにコートをしまったあと、女将さんはそう言って退室していった。

「先に言っておくけど、また今度この店に来ような」

「え? はい」

「お前の事だから、『せっかくの料理なのに楽しめなかった』って言いそうだから……」

「人をハラペコ大魔神みたいに言うの、やめてくれます?」

 ジロリと尊さんを睨み付けると、彼は横を向いて肩を震わせていた。

 私たちがお店に着いたのが十一時四十分で、予約は十二時だ。

 社長と怜香さん、そして副社長は十一時五十分に来店した。

「お連れ様がお見えになりました」

 女将さんの声を聞き、私たちは立ちあがる。

 襖が開き、確かに尊さんに似ているとも言える、ダンディな社長――篠宮わたるさんと、社長夫人の怜香さん、そして長男で副社長の風磨さんが現れた。

 会社のトップを前にして、私はガチガチに緊張した。

 尊さんがプレゼントしてくれたワンピースは、フェミニンな雰囲気の物だった。

 ベージュピンクのヒラヒラした生地で、髪型もハーフアップにしているので、いつもの私にはないお嬢様感がある。

 多分これなら大丈夫だろう……と思っているけれど。

「今日はご多忙ななか、ありがとうございます」

 自分の家族だというのに、尊さんは他人行儀な挨拶をした。
しおりを挟む
感想 182

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

ナイトプールで熱い夜

狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…? この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

『逃れられない淫らな三角関係』番外編 ヘルプラインを活用せよ!

臣桜
恋愛
『逃れられない淫らな三角関係』の番外編です。 やりとりのある特定の読者さまに向けた番外編(小冊子)です。 他にも色々あるのですが、差し障りのなさそうなものなので公開します。 (他の番外編は、リアルブランド名とかを出してしまっている配慮していないものなので、ここに載せるかは検討中)

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。

青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。 その肩書きに恐れをなして逃げた朝。 もう関わらない。そう決めたのに。 それから一ヶ月後。 「鮎原さん、ですよね?」 「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」 「僕と、結婚してくれませんか」 あの一夜から、溺愛が始まりました。

処理中です...