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初デート 編

怒り

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 その一言だけで、尊さんは相手が誰なのか理解したようだ。

「こんばんは。君が朱里の元彼くん?」

 尊さんが気さくに話しかけ、昭人は彼の言葉に牽制めいたものを感じて皮肉げに笑う。

「そうですけど、もう何も関係ないのでお気にせず」

 何も関係ないとハッキリ言われ、ズグンと胸が鈍く痛んだ。

「やだ、昭人。元カノさん?」

 昭人と腕を組んでいる彼女が、私を見て微かに優越感に浸った表情をする。

 彼女は百五十センチぐらいで可愛らしい印象だ。体つきも華奢で、こういうのを小動物系というのかもしれない。

 ピンクブラウンに染めた髪にふんわりとパーマを掛け、長さは肩につくぐらい。
 服装はファーのついたベージュのコートに、チュールスカート。

 何もかもが可愛くて、守ってあげたくなる印象だ。

 私はあまりフワフワした服装が似合わない。

 今日は袖の外側がレースになっている黒のトップスに、バックスリットが入ったグレーのタイトスカート。靴は黒いブーティーだ。

 髪はアッシュブラウンで、今日はデートだというから緩く巻いてるけど、仕事の時はきっちり纏めている。

 身長は百六十四センチあるし、彼女とは対象的だ。

 イメージで言えば、私はブルベ冬のクールな感じ、彼女はイエベ春辺りのフワフワ可愛いタイプだ。

 加えて私は、可愛げのある性格……とは言いにくい。

 学生時代には、『上村って黙ってると怒ってるように見える』と言われたぐらいだ。

 家庭環境で悩みがあり、いつもニコニコ楽しい学生生活を送っていた訳ではないから、そういう雰囲気があったのは仕方がないんだけど。

「そう、元カノ。でも、もう関わってないから安心して。俺は加代かよ一筋だから」

 私が考え込んでいる間にも、昭人は加代さんというらしい婚約者にデレデレした顔を向けている。

 昭人のその顔を見て、私の心の中にあった恋慕がスッと冷えた。

 まだ彼への未練はあるけれど、「もうこの人の心の中に、私が占めている部分はないんだな」と理解したからだ。

「お幸せに」

 私は努めて笑顔を浮かべ、二人に言う。

 けれど無理に笑ったからか、その笑みはとてもぎこちなくなってしまった。

 そんな私の表情を見て、昭人が少し不安そうな顔になった。

 もしかして……。

「朱里、頼むから俺たちの邪魔をしないでくれよ?」

 そう言われて、ブチッと何かが切れた。

「~~~~っ! 頼まれても邪魔なんてしない! 自惚れるのも大概にしてくれる!? あんた、仮にも九年付き合った彼女の事を何だと思ってるの? 私は絶対そんなみっともない真似なんかしない! ふざけんな!」

 ささやかな誇りすらも馬鹿にされ、私はブチ切れて大きな声を上げていた。

 周囲の人が驚いてこちらを見るけれど、これだけは譲れなかった。

「何のために私が大人しく引き下がったと思ってるの!? 仮にもあんたの事がまだ好きだったから、せめて邪魔はせず、私の見えないところで幸せになってほしいから黙っていたんでしょう!?」

 私の怒鳴り声を聞いて、加代さんが「やだ、こわぁい」と怯えて身を引いた。

 昭人は彼女の反応を見て、加代さんを庇うように前に出た。

「熱くなるなよ。加代が怖がってる。お前はただでさえ恐そうなんだから、少しは考えろって」

「っ~~~~!!」

 あまりの怒りに、涙がこみ上げてしまった。

 私が今怒っているのは、嫉妬でも何でもない。

 未練はあるけれど、人としてやってはいけない事ぐらいわきまえている。

 昭人はその誇りすら台無しにしたのだ。

「っあんた……」

 私がさらに何か言おうとした時、尊さんが私の前に進み出た。

 大きな背中に遮られて昭人が見えなくなり、私は言葉を途切れさせる。

「……田村昭人くん? だっけ? 仮にも元カノなんだから、朱里の事を侮辱するのは、それぐらいにしたらどうだ?」

 尊さんはいつもと変わらない口調で言う。

「君の言う通りなら、わざわざ足を止めてまで関わらなければいいじゃないか。それなのに君は声を掛けてきた。そして婚約者を安心させるために、わざと朱里を悪者にした」

「な……っ、ち、違う!」

 昭人が焦った声を上げたけれど、尊さんはせせら笑う。

小金崎こがねざき商事の営業部、田村昭人くん? 君の上司の勢野せのとは友達なんだ。あまり俺の好きな人を侮辱するようなら、勢野に一言いわなければならないけど」

 余裕たっぷりの尊さんの言葉を聞いて、昭人が鋭く息を吸ったのが聞こえた。
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