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初デート 編

じゃあ、まじめに結婚するか?

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「尊さんが本気で私と付き合って、結婚してくれるなら話は別です。でも違うでしょう? あなたはお兄さんの恋人との縁談を回避したいから、私に付き合ってほしいだけ。一度だけ恋人のフリをすればいいだけなら付き合いますよ? でも継続的な付き合いを求めているなら、お互いマイナスにしかならないと思います」

 そこまで言って私は大きな溜め息をつき、食器を下げにきた店員に会釈をした。

 尊さんはしばらく私をジッと見つめていたけれど、小さく首を傾げてとんでもない事を言ってきた。

「じゃあ、まじめに結婚するか?」

「『じゃあ』ってなんですか!」

 私はとっさに突っ込んでいた。

「結婚ですよ? 人生の一大事! 仮のお付き合いができないなら、本当に結婚するかって軽々しく言える事じゃないんです。何考えてるんですか。頭スッカラカンですか」

 今度こそ本当に尊さんが何を考えているか分からなくて、私は苛立ちまで感じてしまう。

 あまりにムカついたので、上司に向かって暴言を吐いてしまった。

 腕を組んで肘の辺りを指でトントンしていると、尊さんは水を一口飲んで言う。

「まじめに言ったつもりなんだけど」

 私は怒りを示したのに、やっぱり尊さんは調子を崩さない。

 はぁ……。

 なんかこの人を相手にしてると、一人でカリカリしてる自分が馬鹿みたいに感じる。

 大きな溜め息をついて肩を下げた私を見て、彼はゆったりと脚を組んで笑う。

「結婚を大切なものと捉える気持ちは分かる。お前の言う通り、結婚は人生で最初のゴールと言えるし、転機になるよな。結婚した相手によって、その後の生活、人生が大きく左右される」

 一応分かってくれているみたいで、私はコクンと頷く。

「でもさ、世の中の既婚者が全員、ドラマみたいなプロポーズを経て立派な結婚式を挙げて、思い出に残る新婚旅行にいって、後悔のない幸せな結婚生活を送っていると思うか?」

「……思いません」

 言われなくても、世の中には色んな人がいるのは分かっている。

 幸せな結婚をして皆ハッピーエンド! ……は、お話の中の世界だ。

 現実はそのあとも生活が続いていく。

「結婚だって色んな形があるんだよ。親に決められた結婚、お見合い、マチアプ、紹介、デキ婚。……今は授かり婚って言うんだっけ。結婚雑誌が掲げてるような、テンプレートなキラキラした結婚がすべてじゃない。入り口はどんな形をしていてもいいんだ。朱里は結婚に何を求めてる?」

 見つめられて尋ねられ、私は少し考えた。

『結婚したい』というキラキラした想いは、一年前に沈んでしまった。

 だから〝結婚に求めるもの〟と言われても、すぐ期待した気持ちで言えない。

 まるで一度は諦めた夢を、もう一度探っているような感覚だ。

「……落ち着きたいですね。恋愛で一喜一憂しないで、決まった人に愛されて不動の幸せがほしいです。……あとはこういう事を言ったら、男性には『打算的』って言われそうですけど、住む所も家計とかも助け合って、一人暮らしの今よりもう少し安定できたらな、と思います」

「まぁ、生きていくために必要な事だから、俺は打算的とは思わないけど。今の日本で、女性がバリバリ働いていくには、スキルとか環境とか、条件が複数揃ってないと無理だろ。ガツガツ働く営業の男性社員と、事務職やってる女性社員とで同じ……とは言えないしな。それは打算じゃなくて現実だよ」

「……ご理解をありがとうございます」

 昨今、結婚したい理由や男性に求める条件などを軽々しく口にしたら、SNSとかですぐ叩かれるイメージがある。

 高望みしているつもりはないけど、責められなくて少しホッとした自分がいた。

「男も結婚するにあたって、安定を求めるもんだと思うよ。朱里がいったように、俺はまぁまぁモテる。その気になったら、ちょっとバーで一杯ご馳走して話したら、お持ち帰りできる自信はある」

「凄いですね」

 そういう話を聞くと、ヒヤリと冷たい対応になってしまう。

「そんな顔するなよ。……やろうと思えばできるけど、やらないって言いたかったんだ。もうそういうのは飽きたし、この歳になって遊び歩いてるのは、格好悪いって自分でも分かってる。同級生なんてもう子供がいるしなぁ……」

 そういって尊さんは遠くを見て、自虐的な笑みを浮かべる。

 その時パスタが運ばれてきて、気持ちを取り直してフォークを手に取った。

 私は「いただきます」と小さく言って、香りのいいキノコとチーズが掛かったクリームパスタを食べ始めた。

「話は戻るけど、結婚の入り口にこだわらなければ、そこそこ幸せな結婚は約束できるけど」

 尊さんは一口パスタを食べ、私に言う。
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