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初デート 編

一年前に負った傷

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「仕事のこと、食らいついてるとか評価してくれてたんですね」

「あぁ、これでも一応上司だからな。部署内の雰囲気はちゃんと見てるつもりだ」

 私たちは映画館のロビーを出て、同じ施設内にあるレストランに向かう。

 ぶらぶらと歩きながら、さらに会話を続ける。

「だから、もともとお前には好感を持っていたんだ。バーで潰れてるのを見た時、上村なら介抱して世話を焼いてもいいって思った」

「介抱どころか、襲ってきたじゃないですか」

 呆れて溜め息をつくと、部長は悪びれもせず笑う。

「お前だって悦んでたくせに」

 ……それは否定できない。

「でも、好意を持ってる奴じゃないと、抱こうなんて思わない」

 彼が少し真剣な調子で言ったので、何と言えばいいのか分からなくなる。

 部長にとって私が〝何〟なのか分からない。

 セフレと言ったと思ったら、条件付きで付き合うかと言われ、何が望みなのか想像すらつかない。

「……私、部長の事何も知りません。知らない人に不用意な事は言えません」

 ……こういう事を言うから、心のシャッターが下りたとか言われるのかな。

 自分でも可愛げのない性格をしているのは分かっている。

 元彼の昭人はできた人だったけど、やっぱり素直じゃない私よりは、可愛らしくて頼ってくれる女性が良かったんだろう。

 友達から昭人が結婚すると聞いた時、相手がどんなタイプなのか思わず聞いてしまった。

 そしたらこう言われた。

『悪いけど、朱里とは正反対のタイプかな。犬系彼女じゃないけど、パッと見、素直で可愛くて男受けしそうな感じ。男ってああいうの好きだよねー。田村くんって、商社勤めでコーヒーショップでノートパソコン開いてるタイプでしょ? 趣味は読書、好きな音楽はジャズ。物腰柔らかで大人っぽくて、皆が騒いでるのを一歩退いたところで見てるタイプ。頭いい人だと思ってたんだけどなぁ……。だから大人びた朱里とお似合いだと思ってたんだよ。……なのに結局、男は可愛くてゆるふわな女が好きなんだね』

 親友の恵は、キレッキレの毒舌で昭人の婚約者を批判していた。

 彼女は、長年付き合っていたのに、昭人が私を簡単に捨てた事についてキレてくれた。

『朱里が田村くんに掛けた時間も、想いも、何もかも無駄にしたんだよあいつは。そういう奴だと思わなかった!』

 恵は中学生からの親友で、高校時代からの昭人との付き合いを、ずっと見守ってくれていた。

 だから、私の信頼を裏切った昭人を許せないんだろう。

 昭人と恵は、私を挟んで付き合いがあり、ずっと友達関係だった。

 でも恵は私の親友だからという理由で、昭人の結婚式には招待されていないらしい。

 私も恵も、客観的に考えたら元カノ関係を結婚式に招待しないもの、なんて分かってる。

 けど、フラれて一年経っても、私はまだ九年近く続いた交際に未練を抱いている。

 思いだしては泣き、お酒に逃げてしまう事もたびたびだ。

 恵はそんな私の姿を知っているからこそ、寄り添ってくれている。

 自分でも昭人を悪者にしたいのか、まだ好きで「捨てないで。復縁して」と言いたいのか分からない。

 でも零れた水は元には戻らない事だけは知っている。

 そして私はひねくれている上にプライドが高いから、結婚が決まった彼にみっともなく縋る事だけはしまいと思っていた。

 彼の結婚の邪魔も絶対にしない。

 ――でも、悔しくて堪らない。

 どうして私じゃ駄目だったのか。その答えは自分が知っているようなものだけれど、どうしても納得できない。

 グルグル考えすぎて、この一年何を食べても味気なく、生きてるんだか死んでるんだか分からない毎日を送っていた。

 恵はそんな私を見かねて、『あいつの結婚式には、二人で温泉に行って豪遊しようぜ!』って言ってくれてる。

 そんなふうに心に深い傷を負った私だから、部長みたいに突然距離を詰めてきて、自分と付き合えと言う人を信頼できるはずがなかった。

 身を任せれば、一時的にでも昭人を忘れられるかもしれない。でも……。

「だから、今日お互い色んな事を話して知り合うんだろ?」

 不意に部長の声がクリアに聞こえ、私はハッとする。

 気がつくと私は立ち止まってボーッとしていたらしい。

 部長とデートしていたのに、昭人の事で頭が一杯になっていたのは、さすがに失礼だ。

「……すみません。ボーッとしていました」

 謝ると、彼は溜め息をついてポンと私の頭を撫でてきた。

「ま、大失恋したなら、すぐに切り替えられないよな」

 彼はエスカレーターに乗り、私を見て軽く笑む。
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