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送り狼 編

お前さ、俺と条件ありで付き合ってみない?

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「……それ、褒め言葉ですか? 嬉しくないんですけど」

 私はパイプ椅子に座ったまま、外されたイヤリングをつけてブスッとふてくされる。

「不感症で濡れない女より、ずっといいと思うけど」

 部長は資料を配り終え、私の向かいに座った。

「……まぁ、確かに……」

 もともと、気持ちよくなれないからセックスを好きじゃなく、昭人との行為を断った挙げ句フラれてしまった訳で。

 それを思うと、普通に気持ちよくなれる女性のほうがいいのは当たり前だ。

(けど、ここで『部長がうまいからです』なんて言いたくない)

 私は渋い顔になり、横を向く。

 しばらくの沈黙のあと、チラッと彼を見るとスマホを弄っている。

 誰かに連絡をとっているのか、メールでも打っているような手元だ。

「……じゃあ、私行きます」

 あまり時間を掛けすぎていても、サボったと思われそうで嫌だ。

 立ちあがると、「上村」と部長が声を掛けてきた。

「……なんですか」

 私は髪や服の乱れがないか確認しながら、少し嫌そうに彼を見る。

「今週末、飯行かないか?」

「何でですか」

 私は本気で嫌がる。

 部長の事が生理的に嫌いとかじゃない。

 彼は客観的に見てとても格好いいし、魅力的だ。

 身長は百八十センチメートル以上あるし、着ているスーツや身につけている時計、靴なども、男性社員いわく「さすが」と言うぐらいのいい物らしい。

 いつもどこか気怠げな表情をしていて、やる気があるんだかないんだか分からない雰囲気だけれど、陰を帯びた色気がある……ともとれる。

 ワックスで無造作にセットした髪は、地毛が少し色素が薄いのか、光に当たると茶髪っぽく見える。

 眉毛はキリリとし、二重の幅は広い。左目の下の泣きぼくろはチャームポイント……かもしれない。

 鼻梁は高く、肉感的な唇はセクシーだ。

 でもそこまで外見が整っていながら、三十二歳なのに独身と言われると〝訳アリ〟に思える。

 確かに彼とのセックスは良かった。良すぎた。

 だからこそ、どんな人なのか分からない部長に沼るのが恐かった。

 部長は座ったまま私を見ていたけれど、ニヤッと笑った。

「虎ノ門のフレンチで、ワインを好きなだけ飲ませてやる」

 ぐ……。

 フレンチなんて、自分ではなかなか行けない。

 スペシャルな日に奮発して行く事はあるけど、日常的には高価すぎる。

「……そういうトコ、ワインを好き放題飲む場所じゃないですし……」

 美味しい物を食べたい気持ちはあるけれど、これですぐ飛びついたら格好悪い。

「ふぅん? じゃあ、美味い飯を食って、そのあとバーで飲む。お前が酔っぱらってもきちんと送る。今度はしたくないなら、送り狼はしない」

 安全ですと主張しているのに、めちゃめちゃ狼に見えるのは気のせいだろうか。

「……なんで私にそんなにこだわるんですか」

 私は腕組みをし、わざとしかめっ面をして部長を睨む。

 そうじゃないと、心がグラグラ揺れているのが伝わってしまいそうだった。

 部長は立ち上がり、ゆったりとテーブルを回り込むと私の前までくる。

 そしてテーブルに寄りかかり、変な事を言い出した。

「お前さ、俺と条件ありで付き合ってみない?」

「はい!?」

 今度こそ彼の言う言葉の意味が分からず、私は素っ頓狂な声を上げた。

「あー……、どこから説明したもんかな」

 部長は頭を掻き、腕を組んで斜め上の空間を見る。

「実は結婚を勧められている」

「良かったじゃないですか。脱独身」

 私はスンッと素のまま拍手をする。

 本当は一瞬胸がざわついたけれど、ここで諦められれば傷は浅くて済む。

「良くない。俺はその相手と結婚するつもりはないから」

「どうしてですか? 好きな人でもいるんですか?」

 私の問いを聞き、部長は目を逸らして小さく溜め息をついた。

 ……あ、親しくない私でも分かります。話したくないやつですね。

(……なんかモヤモヤする。部長がどんな事情を抱えていようが、どうでもいいはずなのに)
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