【R-18】やさしい手の記憶

臣桜

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家族

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「つわりですね」
 客室の豪華な布団に寝かされたクロエを看た王宮医師が、ケロリとした表情で告げた言葉に、三人は顔を見合わせてからギルベルトがフリッツを指差す。
「……」
 医師は眼鏡の奥からじっとりとフリッツを見てから、にやりと黄色い歯を見せた。
「妊娠初期は交わりがあっても大丈夫ですが、くれぐれも母体を冷やさないようにお気をつけ下さい」
「……わかった」
 医師がにやにやしたまま部屋を去り、安心したバルトルトとギルベルトの親子が室内にある応接セットにドサリと腰を下ろした。
 クロエはポカンとした表情でフリッツを見上げていて、今は吐き気なども治まっているようだ。
 フリッツはベッドの縁に座ってクロエの小さな手を握り、優しく髪を撫でていた。
「あのさぁ、親父殿」
 まだどこか疲れている声でギルベルトが声を出し、少し濡れている茶金髪を指先で弄りながら素朴な質問をする。
「親父殿が俺にどうこうして、いい思いをさせたいとかはいいんだよ。母上が亡くなったのは仕方のない事だし、今の俺は親父殿が思い描いている理想の息子じゃないかもしれないが、楽しくやれている。
 それよりもさっきフリッツが言った通り、クロエが俺の妹で親父殿の娘なら、ちゃんと優遇してやってくれ。それがクロエの兄貴として、俺が言ってやれる初めての言葉としたい。
 あと、クロエがフリッツと結婚したら、親父殿としては万々歳じゃないか」
 一番最後は声をひそめて言い、ギルベルトが元の明るい笑顔を浮かべると、バルトルトはフリッツを見やる。
「俺からもお願いします、叔父さん。俺も父さんと母さんを精一杯説得しますし、これからフースとロシェの絆を結ぶのに尽力します。クロエの幸せのためにも、この子を正式にシェーンベルグの娘にして下さい」
 不可抗力ながらも世継ぎの座を自分の息子のものにしようとしたのに、甥は自分の愛した女のために真っ直ぐにこちらを見、曇り一つない目で頼んできている。
 ここで断っては人ではない。
 兄夫婦がどう言おうが、自分は贖罪のために息子は勿論、娘とその未来の夫になろうとしている王子のために、今まで以上に駆けずり回ろうじゃないか。
 そう決意した先にバルトルトが浮かべた笑みは、とても穏やかなものだった。
「わかった……。私の大切な二人の子のため、甥のために腹を括ろう」
「よし!」
 ギルベルトが声を上げ、フリッツとクロエに向かって親指を突き出してみせる。
 フリッツはそれに応えてから、自分が妻にすると決めた少女に向かって甘い笑みを浮かべた。
「クロエ、これからはもう一人で立たなくていいんだよ。俺が側にいる。父として叔父さんもいるし、兄としてギルもいてくれる」
「……甘えて……いいのかしら?」
 不安そうに揺れるクロエの飴色の目は、まだあまり現実の状況を把握できていない。
 雨の酷い日も、晴れて暑い日も、ずっと一人であの小屋にいた。
 小屋を建ててくれたのは恩人だが、修理は自分でやって畑も自分で耕した。
 十五まで育ててくれた義理の両親の元で培った知恵と技術で、レース編みを町で売り、その対価で畑の作物では得られない食品を得た。
 害虫が入って来ても、どんなに寂しくても一人だったのに、急に回りに人ができてしまった。
「君は甘えることを知らなさすぎた。どうか俺を夫にして愛され、その身に宿った子を産んでくれないか?」
 上等な羽根布団越しにクロエの腹部にそっと触れると、とても愛しい。
 羽根布団の下からクロエの手が出て、そっとフリッツの手に重ねられる。
「はい……。私でいいのなら」
 長い間張り詰めていた糸が切れたような、清々しい笑みを浮かべたクロエに、フリッツが彼女にだけ見せる笑顔で応え、二人の唇が近付く。
「行こうぜ、親父殿。俺たちがやる事は盛り沢山だ」
 小声でギルベルトが言って笑い、バルトルトを促して二人がそっと部屋を出て行った。
 残されたのは、甘く交わる吐息のみ。
 窓の外の雨は小降りになり、雲間から光が差して大地を照らしていた。
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