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再度の願い

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「……もう、駄目。だわ」

 アリアが今にも死にそうな声で力なく呟いたのは、親友のフェリシアの屋敷だった。

 新婚初夜から十日が経ち、最初から変わらない激しさでルーカスは毎日求めてくる。

 アリアは身動きをとるのがやっとだというのに、ルーカスは昼間精力的に仕事をこなしているというから驚きだ。

 離宮で休んでいるとルーカスがやってきて、休憩にもならなくなる。なのでアリアは親友のところへ遊びに行くと言って、ある意味逃げ出したのだった。

 フェリシアの屋敷まで、ルーカスは馬車に同乗して送ってくれる。

「たまには同性の友達と話すのも、気晴らしにいいのかもしれないな」と送り出してくれた彼は、あまりにも完璧な夫だ。

 だからこそ、アリアはルーカスを拒絶することなどできず、こうして日に日に体力を奪われているのだった。

「殿下って……絶倫だったのね」

 長椅子をまるごとアリアに貸し、フェリシアはしみじみと言う。

「みんな……そうなんじゃなかったの?」

 急な来訪だったので他の親友たちは来られず、サロンにはアリアとフェリシアだけだ。

 本当なら王子との性生活など、みだりに口にしてはいけない。けれど秘密を守れる相手なので、アリアはここへ来た。

「私たちが嫁ぐ相手となると、身分の高い方だと少し年上になるから……。そんなに激しくないとは思うわよ? でも、三十代の旦那さまを持つ子もいるし、いるって言えばいるのかしら……?」

 紅茶とお茶菓子をのんびりと楽しみ、フェリシアは気の毒そうにアリアを見る。

 浮世離れしていた親友が夫を持って幸せな結婚をしたのは、本当に喜ぶべきことだと思う。

 けれど性生活において、一方的に求められて体が辛くなるのは大概女性だということも、耳年増なフェリシアは知っている。

「私……、まったく無知だった訳ではないけれど、『一度愛し合う』って一回で終わりなのかと思っていたわ……」

 クッションに顔を埋めて少し顔をずらし、アリアは手持ち無沙汰に四隅の房を弄んでいる。

「朝まで離してくれないって言っても、インターバルは挟むでしょう?」

「……それが、ほぼないのよ。果てたあとにまたすぐに復活してしまうの。お水を飲みたいと言っても、口移しで飲ませてくださって、それでさらに燃え上がってしまうみたいだわ」

「……っく」

 ルーカスのあまりの絶倫ぶりに、フェリシアは噴き出しそうになったのを懸命に堪える。

「……あなたいま、笑い出しそうになったでしょう」

「ごめんなさい……っ。いや、あの。おかしいとかじゃなくて、あまりに溺愛されていてつい……」

「もう……。いいわよ」

 はぁ、と溜息をつきアリアは目を閉じる。

 紅茶と王都で流行りのパティスリーのお菓子を食べたくても、腰がだるくてまともに縦になっていられない。

 だからといって、ルーカスを恨む気持ちにもならない。

 彼は自分を一途に愛してくれて、だからこそあんな風に激しく求めてくれている。

 ありがたいと感じることはあっても、やめてほしいとは思わない。

「私、もう少し運動とかをして体力をつけたらいいのかしら?」

 そう呟いてお腹に触れてみると、コルセット越しに柔らかな肉が感じられる。

「あんまり筋骨隆々になると、殿下が悲しむわよ?」

 まじめに言っているのか茶化しているのか、フェリシアはそんなことを言う。

「もう……」

 今度こそ大きな溜息をついたアリアは、どうしたものかと上等な織物のじゅうたんを見つめる。

「でも、そんなにお盛んなら懐妊するまでの辛抱じゃない?」

「それもそうなのだけれど……。体的に愛されるのが嫌という訳じゃないけれど、もう少しこう、恋愛のフワフワした心の部分を楽しみたいの。……私が少女趣味なだけなのかしら?」

 アリアの本音を聞けば、フェリシアもなるほどと思う。

「そうねぇ。アリアはまともに恋愛してこなかったから、ちょっとしたイチャイチャでもきっと嬉しいのよね。肉体的に深く愛されるよりも、手を繋いでドキッとしたり、キスをして笑い合ったりとか……。そういうことよね?」

「そうなの! ルーカスさまの求めることも嫌じゃないんだけれど、もっとこう……甘酸っぱくてフワフワとした気持ちを味わいたいの!」

 親友の同意を得られて、アリアは腰が重たいのも構わず起き上がった。

「それ、ちゃんとご本人にお伝えした?」
「……いいえ」

 フェリシアに見つめられ、アリアは力なくうなだれる。

「だってそれを言ってしまったら、ルーカスさまの愛し方を否定してしまう気持ちになるもの。体と心と、両方通じ合っているけれど……、男女できっと比重は違うんだわ」

「うーん。私なら遠慮せずに旦那さまに伝えるけれど……。あなたは優しすぎるのかもしれないわね」

 フェリシアもほんの少し前までは『新婚』という立場だったが、今は後輩新妻であるアリアを気遣っている。

「ねぇアリア。例のマグノリアさまは? もう花の時期は過ぎているから効果があるか分からないけれど……。お願いしてみるぐらいはいいんじゃない?」

「そうね……」

 そういえば、ルーカスと一緒にお参りをしに行こうと思っていて、まだ行っていない。

 自分にこの過分すぎる幸せを与えてくれたマグノリアの神なら、なんとかしてくれるかもしれない。アリアの心にそんな期待が芽生えた。
「私、行ってみようかしら」

「付き合いましょうか?」

「いいえ、きっとまた、私一人で行かないと意味がないんだわ。でもありがとう」

 座り直して紅茶を飲むと、気持ちが引き締まった気がした。

「私、明日行ってみるわ。ありがとう、フェリシア」

「いいえ。あなたの役に立てたのなら嬉しいわ」

 フェリシアがマリッジブルーになっていた時も、初夜直後に泣いていた時も、慰めてくれたのはアリアと親友たちだ。

 だから、いまは自分がアリアのために何かをする時だと思っている。

 美しく同性から憧れられていたアリアは、なんの欲も持たずポワンとしていて少し危なっかしい存在だった。

 それが自分たちと同じように人を好きになり、悩んでいるとなると嬉しくなる。

「アリア、私たち幸せになりましょうね。きっと数年後には皆で娘や息子を伴って、お茶会をしているんだわ」

「ええ、フェリシア」

 親友が示してくれた未来は、幸福で満たされている。

 目を閉じて幸せな家庭を想像し、そのために……と思ってアリアは青い瞳に強い光を灯した。



**



 例によって昨晩もルーカスにたっぷり愛され、正直腰がだるくて今にも座り込みそうだ。

 だがまたフェリシアの所へ行くと言って、アリアはまたあの山へ来ていた。

 御者には麓で待つように言い、ちょっとした小山を登り始める。

 マグノリアの木々はもう花を散らせていて、今は緑の葉がついていた。

「あの時みたいに、道が分かるといいけれど……」

 願いが叶ったあの不思議な体験のあとは、自分で進むべき道が不思議と分かった。

 今回も正しい道を進むことができれば、迷うことなくあの神木にたどり着ける。

 そう思って足元を見ても、前回アリアが訪れてから時間は経っていて、前の自分の足跡などはもちろんない。

「勘を信じましょう。そして、あの時いただいたマグノリアさまのご加護も」

 呟いて目を閉じると、意識をあの神木に向ける。

(マグノリアさま、どうぞお導きください)

 祈ってから、アリアはバスケットを手に山道を登り始めた。

 バスケットには、マグノリアに供えるワインや果物がある。

 小さなブーケも作ろうかと思ったが、植物に花を供えるとはなんだろう? と疑問になりやめた。

 またあの祠が汚れていた時のことも考え、今度はちゃんと掃除をする道具も持ってきた。

「あなたに会わせてください」

 心に想いの火を灯し、アリアは山道をひた歩く。
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