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初夜1 ☆

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 二人が出会った春の舞踏会よりふた月が経った。

 その間にアリアの婚礼衣装は縫われ、繊細なレースやパールのついた豪奢なドレスができあがった。百合を基調にしたヴェールやブーケも、アリアにぴったりの清楚でいながら美しいデザインの物だ。

 そして初夏――。

 国をあげ、大勢の祝福を受けて二人は結婚した。

 ステンドグラスの美しい大聖堂で、二人は指輪の交換をして誓いのキスをする。

 いつまでも独り身なのかと心配されていた二人は、運命的な出会いを果たして晴天の下結ばれた。

 そして、その夜から二人の新婚生活が始まる――。





「しょや」

 何度か呟いた言葉を、アリアはまた口にする。

 彼女はいま、新居となる離宮の寝室にいた。

 香油で香らせた黒髪を流し、絹のネグリジェは彼女の肢体を上品に包んでいる。

 大きなベッドの上には花がまかれ、その甘い香りに嫌でも今晩が特別な夜なのだと思わされる。

 初夜、だ。

 どうにもそれはずっと憧れていた言葉のようで、いま体験しようとしていても実感できないようで。

「痛い……と聞いたけれど、大丈夫かしら?」

 アリアも無知な訳ではない。耳年増な友人から噂話を聞いたり、実際彼女たちが体験したことを耳にした。

 けれどそれらは、親友が体験したにしても自分には随分遠いことに思える。

 キスが気持ちいいとか、愛撫をされて気持ちいいとか……。

 湯浴みの時に自分で唇や胸、腹部などに触れてみても、特になんとも思わなかった。

 だがルーカスに出会って、キスというものが気持ちいいことは分かった。

「ルーカスさま……、とっても唇が柔らかいもの」

 ポツリと呟いて目を閉じると、彼の唇の感触を思い出せる気がする。

 潔癖そうな薄い唇なのに、触れたらフニュッと柔らかく温かい。

 あの唇にはむはむと何度もついばまれると、それだけで頭がボーッとしてしまう。

「キスだけでもあんなに気持ちいいのに……。それ以上のことってあるのかしら?」

 そう自分に問いかけても、誰も答えない。

「きっとこれから……、その答えは分かるんだわ」

 息をついてベッド周りを見ると、広いベッドには深紅の天蓋がかかり、タッセルは金色。ベッドサイドには休憩もできるようにと、水差しやグラス、果物も置かれてある。

「……至れり尽くせりだわ」

 果たしてその『男女の営み』というものは、それほど時間がかかるものなのか。

 親友の話を聞いていても、短いとか長いとか。訳が分からない。

「それにしても……。私、ちゃんと上手にできればいいけれど」

 そう独り言ちて溜息をついた時だった――。

 ドアをノックする音がして、アリアが返事をする前にルーカスが姿を現した。

「待たせたか?」

 ガウンを羽織っただけの姿で、彼がもう一日を終えようとしているのが分かる。

 今まで寝所は別だったので、ルーカスのガウン姿を見るのは初めてだ。

「い、いえ。結婚式の日も、することがあったのですね」

「あぁ、いや……。まぁ」

 正直、ルーカスは酒宴を適当なところで切り上げて、すぐにでも寝所に入りたかった。

 だが付き合いのある貴族たちや騎士につかまり、延々と絡まれていたのだ。

 やれ「あんな美女をよく射止めた」やら、「舞踏会の時の一目惚れ具合は見ていて爽快だった」やら……。

 おまけにいい精力剤や、『道具』を売っている店の場所まで教えられ、げんなりしていたところだったのだ。

 可愛い新妻と早く二人きりになりたいのに、なにが悲しくていつも見る顔に囲まれていなければならないのか。

 頭の中にふと浮かぶ愚痴を、ルーカスは小さく頭を振って追い払う。

「髪をおろした姿を初めて見たが、……美しいな」

 ベッドに腰掛けて微笑むと、アリアがはにかむ。

「触ってもいいか?」
「はい。……だ、旦那さま」

 ちょっと迷ってからそう答えると、ルーカスは伸ばしかけた手ごと固まった。

「…………」
「あの……」

 調子に乗ってしまったかな? とアリアが心配になると、目の前でルーカスはジワァ……と頬を赤くしていく。

「きゃあっ」

 次の瞬間、ガバッと抱きしめられて押し倒され、アリアは仰向けになっていた。

「……可愛い」

 真上から熱のこもった視線がアリアを射貫き、彼が抱える情熱が伝わるような気がする。

 サラ……とアリアの黒髪を手ですくい、ルーカスは指の間からこぼしてゆく。

「あ……、の」

 ガウンのあわせから、ルーカスのたくましい胸板が見えてアリアは気が気でない。

 ルーカスの金色の目を見ては、チラッと目が泳いで胸板を見、その繰り返し。

「……俺の体が気になるのか?」

 クスッと笑い、ルーカスはアリアの手をとると自分の胸板に当てた。

 女性の胸とはまったく違う、『胸板』という言葉に納得できる感触。それに今度はアリアが顔を真っ赤にさせていった。

「キス……、していいか?」

 自分に触れて赤面しているアリアが愛しく、ルーカスは指先でゆっくりと彼女の顔の輪郭をたどってゆく。

 コクリとアリアが頷き、ルーカスはゆっくりと顔を近づけていった。

 二人きりの閨。

 互いの呼吸すら愛しく、キスをする過程に縮まる距離だけでドキドキする。

「ん……っ」

 フワッと唇が触れたかと思うと、ルーカスの舌がアリアの唇を舐め、本格的にむさぼってくる。

「ん……ぁ、ふぁ、……あ」

 スルリと舌が入り込み、アリアの唇をわって整った歯列をなぞった。

「ふぁぁ……っ」

 それだけで声が漏れ、舌先が前歯の裏側をたどってゆくと腰が浮く。

 キスだけで気がおかしくなりそうに気持ち良く、アリアは本能的にルーカスから逃れようとしていた。

 組み敷かれた下でなんとかアリアが身動きしようとするのだが、夫の腕は彼女の体のすぐ左右にあり逃げられない。

「逃がさない、アリア」

 唇をほんの少し離し、ルーカスが強い目で見つめる。

「結婚するまではキス以上のことはしないと決めて、やっと初夜になったんだ。もう……、抑えられないんだ」

 二十六歳の男性らしく理性は保っていたものの、その奥には初恋をした少年のような純粋さと熱量がある。

「逃げようなんて……、思ってません。……ただ、気持ちいいのが怖くて……」

 唇も眦も濡らしたアリアは、ドクドクとうるさく鳴り回る胸を手で押さえる。

 自分の中で鳴り響く鼓動があまりに大きく、ルーカスに聞こえてしまうのではと恐れた。

「ここには俺しかいない。君がどれだけ乱れても、どんな声を出しても、俺がちゃんと見て聞いていてやるから」

「そっ……、それが、……はずかしい。……のです」

 羞恥も頂点まできて、アリアはとうとう両手で顔を隠した。

 指の隙間からルーカスを見ると、この上なくご機嫌な顔をしてガウンをはだけていた。

「あ……っ」

 見たいと思いつつ、影になっていて見えなかった。

 けれど、「見たい」と口に出すのははしたない……。『夫の肌』がそこにある。

 思わず指の間からじっと見ていると、ルーカスがニヤリと意地悪く笑った。

「おや、君だけ見ているのは公平じゃないな。俺はアリアの姿も見たい」

「う……、は、はい」

『公平ではない』と言われれば、真面目なアリアも頷かざるを得ない。

 ルーカスの長い指が、ポツ、ポツ……とアリアのネグリジェのボタンを外してゆく。

 嬉しそうな顔をしている彼は、まるでプレゼントのラッピングでも取っているようだ。

 トロリとしたシルクの間から、布地にも負けないなめらかな肌が現れる。

 ふっくらとした胸元の谷間には、芸術的な影ができていた。そこにルーカスはトンと指先を当て、ツ……と下ろしてゆく。

「俺のものだ。――この胸も……、柔らかな腹も」

 言いながら、指は言葉の通りアリアの体をおりてゆく。
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