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美酒に酔って ☆

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「あの……、良かったのでしょうか?」

 生まれて初めて王宮の深部――王族のプライベートなエリアに立ち入り、アリアは緊張している。

「適当にくつろいでくれ。飲み物は酒にするか? それとも紅茶のほうがいいか?」

 ルーカスに手を引かれて王宮の奥へ来て、通されたのは彼の私室だった。

 想像では豪奢な調度品に囲まれた部屋――と思いきや、意外にシンプルな部屋だ。

 絨毯こそ毛足の長い凝った柄のものだが、テーブルセットもデスクなども、いい木材を使ったシンプルなものだ。

 座るように示されたソファも、落ち着いた濃紺で、彼の好きな色が分かるような気がする。

「なんでも飲みます」

 ドレスが乱れないようにそっと浅く腰掛けると、ルーカス手ずからキャビネットのほうで飲み物を準備してくれている。

 チラッと続き部屋を見ると、そちらは寝室になっているようだ。

 タッセルの下がった、やはり濃紺の天蓋つきベッドが見える。

 それを凝視するのは、あまりにルーカスのプライベートをのぞき見するようで失礼だ。そう思い、アリアは視線を室内に戻す。

(まだ夢をみているみたい)

 ボーッとしながらルーカスを見ると、舞踏会用の豪奢な刺繍入りのジャケットは脱いでいる。

 上質なシャツとクラバットだけの上半身は、その下にある立派な体躯が窺えるようだ。

 やがてルーカスはデキャンタに入った赤ワインに、ワイングラスを二個持ってくる。

 ――そして、ふと立ち止まった。

「……アリアの隣に座っていいだろうか?」

「えっ? ど、どうぞ! ルーカスさまのお部屋ですし」

 今までグイグイときていたルーカスが急にそう訊いてきて、アリアも調子を崩される。

 言葉の通りルーカスはアリアの隣に座ったのだが、なんだか急に二人ともその距離を意識してしまった。

「ま……、まぁ、飲め」

 クリスタルのデキャンタから赤ワインを注ぎ、ルーカスが勧めてくる。

「ありがとうございます」

 一国の王太子にワインを注がれるとは、なんという贅沢だろう。

 まだグラスに口をつけていないのに、注がれただけでワインが空気を含み芳醇に香る。

「いい香り……」

「ふふ、俺のとっておきだ」

 自分の分も注いでルーカスは悪戯っぽく笑い、乾杯をしようとグラスを掲げる。

「本当に……、とても光栄で夢のようです」

 燭台の明かりがいいムードを作り、脚に精緻な細工があるワイングラスも輝いている。

「運命の出会いに」

 ルーカスが呟き、グラス同士が軽くぶつかって透明な音がした。

「ん……」

 まずワインの香りを楽しんでから、アリアは一口くちに含んでみた。

 重厚で渋みがありながら、口の中から鼻へと強い香りが抜けてゆく。ブドウそのものを口に含んでいるような美味しさに、アリアは感動した。

「美味しい……! です」

 コクンと嚥下してから、驚いた顔でルーカスを見ると、彼はしてやったりという顔をしている。

「ワインで有名な産地がある、隣国の一番いい年の物だ。何か祝い事があった時に開けようと思っていたんだが、今日がその日だ」

 そう言って笑うと、魅力的な笑顔の中に少年のようなあどけなさを見つけた。

(男性の笑顔が可愛いって思ったの、初めてかも。ルーカスさまは格好いい方なのに、不思議だわ)

 出会ったばかりで一目惚れをしたと言われ、それからすぐに二人きりになっている。そのドキドキもある上で、ルーカスもアリアも互いの魅力を次々に見つけていた。

 ワインを飲んで感嘆の息をついているアリア。その横顔や塗れた唇を、ルーカスはそっと盗み見している。

「チーズやオリーブもあるから、一緒につまんでくれ。他に必要な物はないか?」

「ありがとうございます。十分です」

 だが言われた通り、つまみと一緒に楽しんだほうが胃にもいいと思う。アリアは銀のフォークで、スライスされたチーズを口に入れた。

「! まぁ、こっちもとっても美味しいです」

 赤ワインに負けないぐらい、ねっとりと濃厚なチーズが口の中に絡んでくる。これはワインを飲まないとと思って一口飲めば、なんとも言えないハーモニーが生まれた。

 目の前で「美味しい」の顔をしているアリアが可愛くてならず、ルーカスは笑っている。

「アリア、ワインを楽しみながらでいいから、君の家族のことなど話してくれないか?」

「はい」

 それからアリアは両親や妹、そしてフォーサイス伯爵領のことを話しだした。

 加えて、友人のフェリシアに会いに行ったところからの、マーサへの縁。妖精の魔法の真実からの、マグノリアの神への道のり。そしてこの舞踏会――。

 アリアの話をルーカスは真剣に聞き、時に微笑んだり質問を挟んだ。妖精に関わる時は身を乗り出して聞き、最後は感心したように何度も頷いていた。

 その間に二人は上等なワインを開け、いつのまにかルーカスは二本目も持ってきていた。

「大丈夫か? アリア。顔が赤い」
「はい、美味しいです」

 二人で過ごす時間が楽しくて、ついついワインも進んでしまう。

 アリアはすっかりいい気分になり、顔はもちろん大きく開いた胸元まで赤く染まっている。

 ダンスホールでアリアを目の前にした時から、鮮やかなブルーのドレスの胸元には目がいっていた。

 コルセットによって細く締め上げられた腰に、対比するかのような胸元。いまにもこぼれ落ちそうな双丘は、アリアが呼吸するのと同時に息づいている。

 いつのまにかアリアはルーカスにしなだれかかっていて、彼女からはワインの香りと一緒に、どこか上品ないい香りがする。

 それは何の香りだろう? と思いつつ、ルーカスは自分の本能に負けないようにするのが精一杯だった。

「苦しくないか? 呼吸が辛そうだ」
「はい……、平気です……」

 先ほどから大丈夫、平気。そんな言葉ばかり言っているアリアだが、窮屈な下着に包まれて苦しそうなのはルーカスにも伝わる。

 ルーカスもアリアがもたれかかるようになってから、頻繁に隣室のベッドを見ていた。

 が、彼女を抱き上げてベッドに連れて行っていいのか悪いのかは、ルーカスも自分自身と相談しているところだ。

「アリア、水を飲むか?」
「……はい。お水、ほしいです……」
「少し待っていろ」

 立ち上がって水差しを持ってくると、その少しの間でアリアはソファの背もたれに完全に寄りかかっている。

 おまけに、寝息とも深い息ともつかない音が聞こえていた。

「アリア……?」
「……ふぁい」

 寝ぼけたような声が愛しく、ルーカスはつい無防備なアリアにキスをしていた。

「ん……」

 柔らかな唇を堪能して顔を離すと、アリアの青い瞳が不思議そうにこちらを見上げている。

 その少女のような無垢な目が、逆にルーカスのオスを煽った。

「……っ」

 タンッと水差しをテーブルに置き、ルーカスはアリアを抱きしめる。そのまま、何度もキスを繰り返した。

「ん……っ、は……、あ、……ん」

 アリアは自分の唇を覆う柔らかなものはなんだろう? と思いながら、必死にルーカスにすがりつく。

 ――苦しい。
 ――けど、気持ちがフワフワする。

 柔らかくて気持ちのいい『それ』をもっと感じたい。

 そう思ってアリアは自分もはむはむと唇を動かした。

「可愛い……。アリア」

 ルーカスはクスッと笑い、さらにキスを深くした。

 アリアの小さな口が開いた隙に、スルリと舌が入り込む。舌先が唇の内側をなぞり、小さく整った歯列をたどった。

「ふ……、あぁ……っ」

 途端、ゾクゾクッとアリアの体に知らない感覚が襲い、彼女は腰を反らせる。

「……は」

 さんざんアリアの唇を愛したあと、やっと顔を離したルーカス。その口元に一瞬銀糸が引いた。

 アリアはクタリと脱力し、ルーカスの腕の中で力なく呼吸している。

「……アリア」

 あともう少しで自分の理性は瓦解してしまう。

 理解しつつも、ルーカスは最後まで彼女の意思を尋ねようとしていた。

「横になって休むか?」
「……はい」

 蚊の鳴くような小さな声が返事をし、ルーカスは軽々とアリアを抱き上げた。

 ズキズキと痛むほどルーカスの下肢はオスの本能を見せ、そのせいかいつも自分が寝起きをしているベッドが、やけに淫猥なものに見える。

「ドレス、苦しいだろう?」
「……はい。苦しい……です」

 アリアをベッドに横たえると、ルーカスはどこか罪悪感を感じながらアリアのドレスを脱がせ始めた。

 背面のくるみボタンを外すと、窮屈そうなコルセットが確認できた。袖から腕を抜かせ、「これはアリアを楽にするためだから」とコルセットの紐を緩め始める。

「あ……、は……ぁ」

 次第に楽になってゆく呼吸に、アリアは安堵の息をつく。

「すみません……。私、こんな失態を……」

「いいんだ。飲ませたのは俺だから。誰もこないから、今夜はここでゆっくり寝るといい」

 ルーカスも興奮していないと言えば嘘になる。

 だが初めて好きになった女性を、飲ませて酔ったところで、そのしどけない肢体を頂こうとも思わなかった。

 酒の強い弱いは人それぞれで、酔った女性の気持ちも確かめないで体を奪うのは卑劣な行為だ。

 そう思いながら、ルーカスはやっかいなファウンデーションなどを取り払った。

 目の前には、白い肌を赤く染めたアリアが寝ている。

 魅惑的な双丘は、着痩せしていたのか思っていた以上にボリュームがある。

 その先端は淡く色づいていた。

 柔らかそうな腹部に、ちょこんと申し訳ていどに凹んだ小さなへそ。

 そこから下は白いレースの下着に包まれ、柔らかそうな太腿も途中から絹の長靴下に覆われている。

「…………」

 ゴクリ、とルーカスの喉が鳴ってしまったのは、責めることができない。

「……ちゃんと求婚して、了承を得てからだ」

 自身に言い聞かせるように呟いてから、ルーカスは自分も寝ようと服を脱ぎ始める。

 空気の流れに従って時々燭台の明かりが揺れるなか、ルーカスは見事な肉体を晒してゆく。

 陰影を刻まれた肌は彫刻のようで、軽く伏せられた睫毛が落とす影も色っぽい。ツンツンとした髪も野性的に顔にかかっていた。

 パサッと布の音がし、ルーカスはトラウザーズのみの姿でベッドに潜り込んだ。いつもは裸で寝ているのだが、アリアが起きた時に自分が裸だというのはあんまりだ。

 誤解させないためにもそういうスタイルをとり、羽根布団を上から被るとルーカスはゆっくり息をついた。

「こんなことになると……思わなかった」

 スゥッと息を吸い込めば、アリアの香りがする。

 やはり、ワインの香りと一緒に、なにか花のような香りがすると思った。気になってスンスンと鼻を鳴らしていると、アリアがクスッと笑った。

「……アリア?」

 だがアリアは起きているわけではなく、深い寝息をたてながら何かいい夢をみているようだ。

「アーリア」

 その様子にルーカスも小さく笑い、指先でちょいちょいと彼女の唇や鼻、耳などをつつく。

「……んふっ……、ふふ……」

 それがくすぐったかったのか、アリアは天使のように笑う。

 初めて好きだと思った女性が、腕の中にいてくれる。それが何より嬉しくてならないルーカスは、生まれてこのかた一番の幸福だと思った。

「アリア、好きだ。……君を好きになれて良かった。……君がほしい」

 甘い声で囁いても、愛しい人は幸せそうに眠っているだけ。

 ルーカスはもう一度アリアの香りを吸い込んでから、彼女の体を抱いて眠りに就いた。
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