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生涯の愛と忠実の印
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そんなディアルトが、今は正当な風の意志の担い手になり、自分の夫になろうとしている。
まったくもって、運命とは分からないものだ。
ヴァージンロードの〝過去〟を歩き終わり、中盤の〝現在〟でディアルトがライアンと役を交代する。
これからリリアンナは、父の手を離れてディアルトと歩いてゆく。
そう思うと、触れているディアルトの腕がとても頼もしく思えた。
祭壇の前には司祭がいて、二人が歩んでくるのを待っている。
やがて花婿と花嫁が祭壇の前に着き、司祭が挨拶と祈りをした。
王宮の敷地内にある大聖堂には、風の精霊の父と母を中心に、その子供たちである精霊がステンドグラスに描かれている。そこから緑や青を主軸に、黄色や白、赤や紫の光が広い大聖堂内に降り注いでいた。
美しい場に響く歌声に、リリアンナは不思議な気持ちを抱いていた。
(以前から殿下に求婚はされていたものの、いま自分が式を挙げているなんて信じられないわ。お母様も……私を産む前は、同じようにお父様と式を挙げたのかしら)
そう思うと、母にこの姿を見て欲しいという、娘としての思いが湧き起こる。
母への想い、甘えたいという気持ちなど、もう忘れたと思っていた。
けれど胸に蘇ったのは、目を覚ます直前に見た母とウィリアの夢だった。
(陛下と一緒に、見守ってくれているのかしら)
思わず目が潤みそうになって、リリアンナは俯きかけていた顔をグッと前に向けた。
精霊聖歌斉唱が終わり、精霊創世記より司祭が一箇所を朗読する。
「では、ディアルト・レシア・ウィンドミドル。あなたはリリアンナ・アム・イリスを妻とし、良き風の日も風の吹かぬ日も、共に笑い、祈り、生きることを誓いますか?」
「誓います」
司祭の言葉に、ディアルトは真っ直ぐな宣誓をする。
「リリアンナ・アム・イリス。あなたはディアルト・レシア・ウィンドミドルを夫とし、良き風の日も風の吹かぬ日も、共に笑い、祈り、生きることを誓いますか?」
「…………誓います」
緊張したリリアンナは口が渇いてしまい、一瞬舌先で唇を湿らせてから宣誓した。
その僅かな間に、ディアルトが肝を冷やしたのは言うまでもない。
手を握り合った二人の手に、司祭が己が手を重ねる。同時に首から下げたストラを触れさせ、祝福の言葉を口にした。
そしてディアルトが待ち侘びたヴェールアップとなる。
緊張と期待で少し震えた手が、美しい花嫁の顔を隠しているヴェールを上げる。
「……綺麗だ」
現れたリリアンナの顔を見て、思わずディアルトの唇から本音が漏れた。
リリアンナはうっすら化粧をし、唇には薔薇色の紅が差されてある。白粉をはたかれていつもより少し白い肌は、この世ならざる美しさを醸し出している。
トロンとした目でリリアンナを見ているディアルトは、あきらかに欲情していた。
そんなディアルトを、リリアンナは小声で「殿下」と窘める。
しかしその後に目を閉じて少し顔を上向けたので、誓いのキスを思いだしたディアルトはハッとしたようだ。
リリアンナの肩と二の腕に手がまわり、彼の気配が近付く。
「これで君は、ずっと俺のものだ」
もう一度呟き、ディアルトはリリアンナに誓いのキスをした。
ふわりと重なった唇は、天使の祝福かと思った。
特別な場所、特別なシチュエーションでされるキスは、リリアンナの脳を甘美に蕩けさせる。自然と手がディアルトの軍服を掴んでいた。
チロリと唇のあわいを舌で舐められ、リリアンナはビクッとして目を見開いた。
「……は」
存分に新妻の唇を堪能したディアルトは、悪戯っぽい顔で笑い顔を離す。
(もう、殿下ったら……)
リリアンナは頬を染め、珍しく照れた顔で視線を落としていた。
「あなた方新しき夫婦に、精霊のご加護があらんことを。あなた方の歩む新しい人生に、良い風が吹きますことをお祈り致します」
司祭が祝福の言葉を述べ、祭壇に用意されてある指輪に聖水をかけた。
「それでは、指輪の交換を」
ディアルトが用意した結婚指輪は、王家のしきたりに従った物だ。
指輪そのものは良質なプラチナや宝石で作った物を用意し、それを七日『聖風殿(せいふうでん)』と呼ばれる神殿に保管した。
聖風殿には良い風が下りるとされる小部屋があり、古来よりウィンドミドルの王家の催事で重要な役割を果たす物がある場合、そこで清められることになっていた。
「この指輪をもって、私は妻リリアンナに生涯の愛と忠実の印とします」
リリアンナの手を取り、ディアルトは彼女の左手の薬指に指輪を通す。
上品なプラチナに、青緑がかった光を宿したダイヤモンドが並んだ指輪。そのような特殊な色を選んだのも、風の精霊の祝福を願ってのことだ。
「この指輪を持って、私は夫ディアルトに生涯の愛と忠実の印とします」
同様にリリアンナも、ディアルトの指に誓いの指輪を通す。
パイプオルガンの演奏が奏でられるなか、二人は証明書にサインをし司祭が祝福をする。
司祭が十字を切ったあと、二人はフラワーシャワーのなか退堂した。
「ディアルト兄様! リリアンナ! おめでとう!」
堪らずナターシャが涙を光らせた顔で祝福をし、手に持っている小さなバスケットからバッと花びらを撒く。
その勢いに思わず二人とも笑ってしまい、カダンやシアナ、バレルにオリオも同様に花びらを撒く。
反対側からは、ライアンとリオンが二人を祝福してくれた。
続く親族たちからも花を降らされ、聖堂を出る頃には二人はすっかり花びらまみれになってしまっていた。
二人の姿が扉の外に出ると、騎士団が整列して最敬礼をしている。
その中にディアルトとリリアンナにもよく馴染んだ顔がある。彼らに祝福されていると思うと感慨深くなった。
まったくもって、運命とは分からないものだ。
ヴァージンロードの〝過去〟を歩き終わり、中盤の〝現在〟でディアルトがライアンと役を交代する。
これからリリアンナは、父の手を離れてディアルトと歩いてゆく。
そう思うと、触れているディアルトの腕がとても頼もしく思えた。
祭壇の前には司祭がいて、二人が歩んでくるのを待っている。
やがて花婿と花嫁が祭壇の前に着き、司祭が挨拶と祈りをした。
王宮の敷地内にある大聖堂には、風の精霊の父と母を中心に、その子供たちである精霊がステンドグラスに描かれている。そこから緑や青を主軸に、黄色や白、赤や紫の光が広い大聖堂内に降り注いでいた。
美しい場に響く歌声に、リリアンナは不思議な気持ちを抱いていた。
(以前から殿下に求婚はされていたものの、いま自分が式を挙げているなんて信じられないわ。お母様も……私を産む前は、同じようにお父様と式を挙げたのかしら)
そう思うと、母にこの姿を見て欲しいという、娘としての思いが湧き起こる。
母への想い、甘えたいという気持ちなど、もう忘れたと思っていた。
けれど胸に蘇ったのは、目を覚ます直前に見た母とウィリアの夢だった。
(陛下と一緒に、見守ってくれているのかしら)
思わず目が潤みそうになって、リリアンナは俯きかけていた顔をグッと前に向けた。
精霊聖歌斉唱が終わり、精霊創世記より司祭が一箇所を朗読する。
「では、ディアルト・レシア・ウィンドミドル。あなたはリリアンナ・アム・イリスを妻とし、良き風の日も風の吹かぬ日も、共に笑い、祈り、生きることを誓いますか?」
「誓います」
司祭の言葉に、ディアルトは真っ直ぐな宣誓をする。
「リリアンナ・アム・イリス。あなたはディアルト・レシア・ウィンドミドルを夫とし、良き風の日も風の吹かぬ日も、共に笑い、祈り、生きることを誓いますか?」
「…………誓います」
緊張したリリアンナは口が渇いてしまい、一瞬舌先で唇を湿らせてから宣誓した。
その僅かな間に、ディアルトが肝を冷やしたのは言うまでもない。
手を握り合った二人の手に、司祭が己が手を重ねる。同時に首から下げたストラを触れさせ、祝福の言葉を口にした。
そしてディアルトが待ち侘びたヴェールアップとなる。
緊張と期待で少し震えた手が、美しい花嫁の顔を隠しているヴェールを上げる。
「……綺麗だ」
現れたリリアンナの顔を見て、思わずディアルトの唇から本音が漏れた。
リリアンナはうっすら化粧をし、唇には薔薇色の紅が差されてある。白粉をはたかれていつもより少し白い肌は、この世ならざる美しさを醸し出している。
トロンとした目でリリアンナを見ているディアルトは、あきらかに欲情していた。
そんなディアルトを、リリアンナは小声で「殿下」と窘める。
しかしその後に目を閉じて少し顔を上向けたので、誓いのキスを思いだしたディアルトはハッとしたようだ。
リリアンナの肩と二の腕に手がまわり、彼の気配が近付く。
「これで君は、ずっと俺のものだ」
もう一度呟き、ディアルトはリリアンナに誓いのキスをした。
ふわりと重なった唇は、天使の祝福かと思った。
特別な場所、特別なシチュエーションでされるキスは、リリアンナの脳を甘美に蕩けさせる。自然と手がディアルトの軍服を掴んでいた。
チロリと唇のあわいを舌で舐められ、リリアンナはビクッとして目を見開いた。
「……は」
存分に新妻の唇を堪能したディアルトは、悪戯っぽい顔で笑い顔を離す。
(もう、殿下ったら……)
リリアンナは頬を染め、珍しく照れた顔で視線を落としていた。
「あなた方新しき夫婦に、精霊のご加護があらんことを。あなた方の歩む新しい人生に、良い風が吹きますことをお祈り致します」
司祭が祝福の言葉を述べ、祭壇に用意されてある指輪に聖水をかけた。
「それでは、指輪の交換を」
ディアルトが用意した結婚指輪は、王家のしきたりに従った物だ。
指輪そのものは良質なプラチナや宝石で作った物を用意し、それを七日『聖風殿(せいふうでん)』と呼ばれる神殿に保管した。
聖風殿には良い風が下りるとされる小部屋があり、古来よりウィンドミドルの王家の催事で重要な役割を果たす物がある場合、そこで清められることになっていた。
「この指輪をもって、私は妻リリアンナに生涯の愛と忠実の印とします」
リリアンナの手を取り、ディアルトは彼女の左手の薬指に指輪を通す。
上品なプラチナに、青緑がかった光を宿したダイヤモンドが並んだ指輪。そのような特殊な色を選んだのも、風の精霊の祝福を願ってのことだ。
「この指輪を持って、私は夫ディアルトに生涯の愛と忠実の印とします」
同様にリリアンナも、ディアルトの指に誓いの指輪を通す。
パイプオルガンの演奏が奏でられるなか、二人は証明書にサインをし司祭が祝福をする。
司祭が十字を切ったあと、二人はフラワーシャワーのなか退堂した。
「ディアルト兄様! リリアンナ! おめでとう!」
堪らずナターシャが涙を光らせた顔で祝福をし、手に持っている小さなバスケットからバッと花びらを撒く。
その勢いに思わず二人とも笑ってしまい、カダンやシアナ、バレルにオリオも同様に花びらを撒く。
反対側からは、ライアンとリオンが二人を祝福してくれた。
続く親族たちからも花を降らされ、聖堂を出る頃には二人はすっかり花びらまみれになってしまっていた。
二人の姿が扉の外に出ると、騎士団が整列して最敬礼をしている。
その中にディアルトとリリアンナにもよく馴染んだ顔がある。彼らに祝福されていると思うと感慨深くなった。
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